第17話・先約者

 白鳥と目を合わせている最中、不意に後ろの方から幼さを感じさせる声がこちらに向かってくるのが聞こえてしまい意識が一気にそれる。



「こっちくんな!!」

「なに言ってんだよ。鬼ごっこなんだから追いかけるに決まってんだろ!!!」

「うるせぇ!どっか行け!!」

「断る!せっかくの獲物を逃がすかよ!」


 鬼ごっこだと、頼むからこっちに来んなよ。

 これはただの直感だが鉢合わせたら面倒な感じがプンプンしやがる。


「障害物発見!!」

「これを使えばなんとか巻け…って…うわぁ!!」


 甲高い声と共に白鳥の後ろの方で重たい音が地中に響いた。


「いてて」

「石ころのせいで転んじまった…」


(なんでこういうときに限って嫌な方が当たるんだ)


 鉄雄は心底絶望した顔で眉間にシワを寄せ、目の前の麗音が転んだ相手に駆け寄るのを横目で見る。


【大丈夫ですか!?】


 いや、スケッチブックを開いてる場合じゃないか。

 凄い音が鳴ったし。とりあえずスケッチブックは一旦置いといて、この人の傷を見ないと。

 転んだ相手の足に手をかけ膝の方を見てみると、かなり広範囲で擦りむいており血が滲んでいた。

 痛そう、とりあえず早く洗い流して…  


 頭を急速に回転させていると目の前の相手がいきなり数歩後ろに後ずさる。


「うわっ!」

「えーと…その」

「めっちゃ美人!!」


「──────は?」


 後ろの方で静かに一連の流れを見ていた鉄雄が呟く。


 よく分からないけど、とりあえずスケッチブックに文字を書いて早く洗いに行ってもらわないと…

 横に投げた自分のスケッチブックに左手を伸ばしスケッチブックに指先が触れる瞬間だった。


「俺と付き合ってください!!」


 傷主は麗音の手を素早く取り自身の両手で強くホールドしていた。

 

 





 付き合う?いきなり何言ってやがんだコイツ。

 駄目だ馬鹿が移ったのか頭上手く回んねぇし無性にイライラしてきた。


(────とりあえずその手どけろや)


 傷主は麗音の後ろの方に居た鉄雄にようやく気がつき何か言おうと舌を回し始めるが険しい鉄雄の表情を見て黙り込む。心と体が一瞬で直結した鉄雄は後ろから麗音を自分の元へと強く抱き寄せ感情を見せないトーンで呟いた。


「悪いけど、こいつは先約済みだ」


(心瞳くん?)


 なんで僕は今心瞳くんに抱きしめられているんだろ?心瞳くんの方を微かに振り向いて顔を見ようとするけれど影のせいで上手く見えない。心瞳くんは今どんな顔をしているの?

 弾力のある心瞳くんの肌はとても温かくてすぼめるような小さい呼吸が直に聞こえる。

 中間テスト前のハグぶりかな?まさか今日心瞳くんにされるなんて思ってもいなかった。

 それは嫌な意味では決してなくて、心の準備的な意味なんだけど…

 一人だけ静かに観察している僕は途中でそれ全部を後ろめたくなって視線をゆっくりと地面に落とす。

 どうしよう、僕は今どうしたらいいんだろ?

 分からないので動かすにじっとしておく。


「はぁ…はぁ急に足速くなるとか意味不…」

「えーと、ごめんどういう状況?」


 鬼ごっこで鬼をしていた男が息を切らしながら少し遅れてやってくる。

 自分が追いかけていた友人は尻もちをついて口を大きく開けており膝を擦りむいている。

 そしてその友人の目の前に居る二人はバックハグをしたまま動かない。



「やっと見つけた。おい田中、なんか知んねぇけど先生がお前をすげぇ探してたぞ?」

「へ?…まじで!」

「大まじ」

「山田と二人で一緒に来いってさ、お前ら何かやらかしたの?」


 その場で固まっていた田中と山田が急いでその場を後にすると、新たに現れた爽やかな声の主と、麗音、そして鉄雄の3人だけがその場に残される。


「これで邪魔ものは消えたね」


 突然現れた爽やかな声を僕は知っている気がして無意識に耳を澄ませていた。

 間違いない。この爽やかな声と場に合わない香水の香りはあの人しかいない。


「久しぶりお二人さん」

「久我…!」

「俺だね」

「てんめぇ」


 白鳥を抱きしめていた両手を自然と解き、流れるようにして俺は久我の襟を強く掴み上げていた。


「おうおう久しぶりだな。会いたかったよ。」

「お前には沢山聞いとかないといけないことがあるからさ」

「その様子じゃあ上手くいったみたいだね」


 自分の仕業だと簡単に認めた久我の態度が気に入らず襟を掴む両手に力が入るも、久我は反省する所かヘラヘラと楽しそうに笑っていた。


(本当に人を煽るのが得意なチャラ男だ)


 鉄雄の眉間にシワが集まる。


「麗音ちゃん…効果抜群だったでしょ?」


 突然自分の名前を呼ばれ肩がピクリと上がる。効果抜群…久我くん、どうやらあの時言ってたハグは僕にも効果抜群だったみたい。

 頭の中でそんな事を思いながら久我くんの襟を掴む心瞳くんを止めようと後ろから引っ張てみるけど、心瞳くんはビクともしなかったが、それでも必死で引っ張り続けていたら何故か体の重心が後ろに傾き僕は背中から地面にぶつかる。


「白鳥!」


 後ろで転んだ白鳥に気がついて駆け寄り、直ぐに上体を起こしてやる。


「大丈夫!?」


 鬱陶しい久我の野郎もそばに来る。


 地面にぶつかった自分の背中を手で確認している白鳥は少し痛そうな表情をしていた。

 これも全部…


「久我お前のせいだからな?」

「俺!?」


 心瞳くんが久我くんをまだ責めているので、たまたまお尻のクッションではなくカバーになったスケッチブックを取りだし相棒のマーカーペンを走らせる。


【僕なら大丈夫!】

「久我の奴がヘラヘラしやがるから」

「だって面白くなっちゃってさ」 

「何にも面白くねぇよ!」

 

 心瞳くんに秒速で否定されてしまい落ち込んでいると、大きく雄大な鈴の音が浅野中に響いた。

 どうして鈴が?ていうかここまでハッキリと届いて聞こえるんだ。特殊な鈴かな?


「鈴だと」

「あれだよ、浅野恒例の漢気勝負」

「漢気勝負だぁ?」


 わざと煽るような口調で返す鉄雄。


「そう漢気勝負。僕も初めてなんだけどどうやら武器を使って決闘方式で勝負するらしいよ。担任から聞かなかった?」

「ちなみに優勝者には遊園地の入場券が2枚貰えるとか」

「優勝者は一人だけなのに、入場券が2枚貰えるのほ面白いよね。そういうわけで出場者はカップルの彼氏が多いらしい」


 駄目だ…ウズウズする。

 浅い呼吸でスケッチブックに文字を書き起こす。


【僕行ってくる!】

「は!?」


 スケッチブックとマーカーペンを両手に鈴の鳴った方へと走りながら向かう。

 僕なんかが優勝できるか分からないけど、優勝できたら遊園地の入場券が2枚手に入る。

 遊園地はそもそも行ったことがないけれど、優勝して心瞳くんと一緒に遊園地に行きたい!


 自分の口角が上がっているのがわかる。

 視界の端で他の人達も鈴の方に向かっているのが見えて体が少し強張る。


「あらら、麗音ちゃん行っちゃった」

「どうするよ…彼氏さん?」

「誰が…!!」


 久我の太い首に両腕をまわしさっきよりも更に強い力で締めてやる。


「冗談冗談」

「…早く!…行かないと…参加でき…ないぜ?」

「───麗音ちゃんを一人にしてもいいんだ?」


 久我の煽るような口調にめちゃくちゃ腹が立ったが今は全力でそれを抑え、両腕の力を緩めてやる。


「バーカ」


 舌を出して煽り返し白鳥の元へ猛スピードで向かう。


「行ってらぁ…」

「二人とも応援してるぜ」


 大樹の木陰に一人残されたので仰向けになり大の字でくつろいでいると彼女の声が頭上から聞こえてきた。


「心太郎は参加しない訳?漢気勝負」

「しないよ」

「あんま興味ないし」

「あっそ」  


 失望した女が立ち去ったので口笛を吹き後頭部の方で腕を組みながら親友の元をゆっくりとマイペースに追いかける。

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