最終決戦

 星詠みの高見台。その壁面からいくつもの砲身が伸びた。眩い光線が複数放たれる。そうでなくともこれだけの星獣の数。スタードライブ・ゼロを装着して余裕の笑みを浮かべるシーカーまで辿り着けない。


「ふむ、一筋縄ではいかないか」

「出鱈目じゃないか!」


 全方位からの攻撃が絶え間なく迫る。頼みの綱は、同じく手数の多いリヴァだった。


「ペンタグラム・マーク!」


 リヴァの光線が束になってようやく高見台の砲撃を打ち消す。同じドライブゲンマの干渉力を利用したものだが、単純な出力が段違いだ。星獣の攻撃を、高見台からの砲撃を。一発一発防いでいる光や龍征からしたら埒があかない。リヴァのサポートで辛うじて五分五分に持ち込んでいるが、体力が尽きればすぐにでも押し潰される。


「鉄砲玉っていったら……俺しかいねえぜ」


 バカでもどん詰まりなのは分かった。このままではジリ貧のまま全てが終わる。司令塔の光、後方支援のリヴァ。温存するならばこの二人だ。


「天道、バカなことは考えてないな?」

「死んでやるかよ。けど、バカはやらせてもらうぜ」


 龍征がリヴァに目配せを飛ばす。後は任せたのサイン。双銃とチョークを振り回しながら、リヴァが頷く。だが。


「阿呆」

「え、先輩?」

「突貫なら私も行くぞ。天乃、お前も続け。……一番槍はその気概に譲る」


 女傑の目が爛々と輝いていた。その先は勝利の二文字を見据えている。生きて、勝って、帰る。そのための道筋を見据えている。頼りになることこの上ない。感極まった龍征が飛び出す。


「先輩……愛してるぜ! 大好きだ!」

「ぇ」


 ぎょっとしたのがリヴァ少年である。当の光本人は真顔のまま背中を押すばかりだ。勢いながらも一世一代の告白を流されて龍征の顔が曇る。それでも、突貫の勢いは衰えない。より、一層、加速する。


(この人照れると真顔になるって、教えてあげた方がいいのかな……)


 静かに悩むリヴァが光る虎を描く。光の合図で上を向く。高見台からの砲撃が一層激しくなる。リヴァは足装備をローラーブレードに変形させて縦横無尽に動き回る。砲撃の相殺に集中する。囲う星獣を光の刃が突き崩す。


「先輩ッ!?」

「止まるな! 笛がある限り星獣はいくらでも復活する。笛の奪取が最優先だ!」

「「了解ッ!」」


 声は後ろからも。不意をつかれた光が振り返る。その姿を抜き去る黄色いスーツ。この三人の中で最も機動力に優れるのは誰か。その答えがここにあった。


(ふ、そういう風に猛るのだな)

「リヴァ、おいッ!?」

「星獣の笛。決着をつけるのは僕しかいないだろ……責任を、果たすッ!」


 龍征を抜きん出てリヴァが飛び出した。高見台のマークが外れて、星光の雨が降り落ちる。足が止まった龍征の頭上で白銀が閃き、砲弾が弾き飛ばされた。


「呆けるな。続くぞ――道を作ってやれ」


 シーカーの哄笑が戦場に谺する。雪崩れ込む星獣の群れと星光の雨。だが、リヴァは速かった。そして迷わない。瞬時に最適解を見いだしては行動に変換している。天乃リヴァ、その才能故か。


「は、お前あの化け物に踊らされていた消耗品だろ! そんな僕ちゃんが何をするってえ!?」

「『も』、て認めてるじゃないか。いっつもナンバーツー。負け犬はお互い様だ、ジョン=シーカー!」

「むっっきいい! 気にしていることを……ッ!」


 最適解を踏み続けるリヴァは、遠回りながら確実にシーカーに近付いていく。シーカーは密かにほくそ笑んだ。腐ってもあの桜花道の遺伝子を持つ少年。それくらいはこなすと踏んでいた。

 だからこその罠。

 事実、途中からリヴァの軌道は完全にシーカーの予測通りだった。

 まずは一人、と。笛を吹きながらシーカーは嗤う。安全地帯、その想定が覆った。両脇からカタパルトのように飛ばされてくる星獣二体。誘導されていた。この地点こそが、天乃リヴァの死地である、と。しかし、リヴァは迷うことなく前に。

 拳と剣。星獣二体は粉々に吹き飛んだ。


「なにぃ……ッ!?」


 シーカーがずり落ちた眼鏡を直す。そんなコンマ数秒の内にリヴァが目前に迫っていた。


「お前には、いないんだよな。隣にいて、引っ張り上げてくれるような仲間が。だから、僕が戦える理由が分からない」


 スタードライブ・ゼロ。その性能を十全に発揮する前、彼は星獣の笛に神経を尖らせていた。自分の研究成果ではなく、桜花道の研究成果を。


「……同情するよ。自信のなさが、その虚勢なんだろ」


 反撃らしい反撃が出来なかった。まるで掠めとるかのように。シーカーの手から星獣の笛が喪われる。


「それは僕が与えられたもの……責任は僕が取るさ」

「ロハで渡すほど安くはない……散れよ、亡霊」


 きっと、少年には分かっていたことだった。何らかの報いを受ける。やってしまったことへの責任を果たす。こういう運命だろうことはどこかで予見していた。無理な体勢で星獣の笛を奪取したリヴァは、無防備だった。それでも、死地を踏破することに誇りを持って。メアに、そして自分自身に胸を張るために。それが天乃リヴァが貫く『自分』だった。

 破滅の星光が殺到する。星獣に囲まれる光が叫び声を上げた。龍征の雄叫びが戦場を揺らした。それでも、どうにもならないことがある。全身灼け爛れた、破損したドライブ2を纏う少年。その指先は、動かない。


「リヴァ!」


 涙混じりに龍征が拳を振り抜いた。力任せに星獣を薙ぎ倒し、哄笑を上げるシーカーに迫る。殺到する破滅。倒れた仲間に駆け寄ることすら許されない。


「我を見失うな」


 数秒か、数分か。あまり長い時間ではないはずだが、龍征の意識は飛んでいた。それを護りつつ星獣を斬り伏せる女丈夫。スタードライブは破損し、血を吐きながらも龍征の盾になるその背中は。


「見失ったものは――貫けないぞ」


 強烈なデジャヴ。あれは、初めてリヴァと相対した時か。龍征を庇って負傷し、問答無用の自爆技を放つあの背中を。あれから全く成長していないのか。龍征は力強く首を振った。

 並び立つと、決めたのだ。


「……応。先輩、俺は貴女の隣に立てますか?」

「立てるかどうかは自分で決めろッ!」


 決めて、そんな『自分』を貫け。

 光と龍征。二人は果敢に挑みかかる。高見台からの砲撃。それだけではない。星獣からの猛攻は続く。笛ごと集中砲火を受けたはずのリヴァ。未だ星獣の支配がシーカーの手の内にある理由。


(あの高見台以外に何がある……ッ!)

「ククッ、あれで僕が終わったと本気で思っているのかい?」


 両手を天に掲げるシーカーが甲高い声を上げた。星獣の群れが、波のように押し寄せる。その攻撃を二人は凌ぎきった。高見台からの砲弾を逃れる。


「天道、気付いたか?」

「なんか動きが……雑ッスね。普通の星獣よりよっぽど楽だぜ」

「星獣の支配に特化した笛の方が効果は大きいと見るべきか……だが、それでもこの脅威は見逃せない」

「こんな状況で作戦会議かいぃ?」


 声に白刃が反応した。光が放つ突きが確かな感触を捉える。摺り足の前進、そして突き崩し。その切っ先は、しかしスタードライブ・ゼロの装甲に阻まれる。


「防刃鎧か……ッ!」

「僕がお前らの対策をしていないと思ったかッ! 防刃・耐ショックの安心設計さ!」


 それに、と。不吉な言葉が続く。戦場にまで響くホイッスルの音。高見台の砲身が角度を上げる。龍征や光が目標となっていない。もっと先。守るべき、そして戦っている命たちに向けて。



「お前たちは、


――――何を守りたかったんだっけ?」


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