星詠巨塔

 ジョン=シーカーは19××年1月1日、英国のスコットランドに産まれた。

 

「そう、その日こそ世界が始まったと言ってよござんす」

(よござんす、じゃねえよ)


 龍征には、この光景が信じられなかった。星詠みの高見台。生命体として持つ危機感が掻き立てられるあの存在感。今もじわじわとその高さを増している。その周辺には岩石が積み重なり、星獣が次々と生まれ出でる。そんな終末の光景。今日、世界は終わるのだ。そして、その破滅に抗うためスタードライバーズは戦うのだ。

 そんな究極の場面でどうしてこの男は身の上話を始めたのか、である。


「あの輝かしいエレメッッタリィースクール! 利発で早咲きのジョン少年はクラスでも人気者でね。かけっこはいつも一等賞、テストの点数は百点満点が常だった。僕は控えめに言って天才児なのだよ」


 星獣の笛をその手で弄びながら。住民の避難はまだ済んでいない。シェルターより外に連れ出す必要があった。ここで星獣を一斉に解き放たれたら未曾有の大惨事になる。こちらが動けないのをいいことに、ジョン=シーカーは華麗にステップを踏む。


「ああ、そうだ。何年生だったかな? 僕は両親の転勤で日本の滋賀県に引っ越してきたんだ。もちろん、日本語をすぐにマスターした僕は日本の小学校でもちょべりぐだったさ。家庭教師のお姉さんが日本語がうまくてね……今思えば、あれが僕の初恋だったのかもしれない。小中学校で女の子から何度も告白されたけど、やっぱりお姉さんのことが忘れられなくてね。お年玉をはたいて買った花束を手にプロポーズしたんだ。……既婚者だったら仕方がないね」


 スタードライバーズ、反応に困る。


「歴史的な失恋だった。まさに世界有数の悲劇に数えられるだろう。ロミオとジュリエット。そう……僕はロミオだった。失意の高校時代、僕は科学部に所属して勉学に打ち込んだ。辛く苦しい学生時代だった。それでも、琵琶湖はいつもそこにあった。あの広大な湖を見て僕は育った。このおおらかな心、分かるだろう? この頃の全てが僕の人格を形成してきたんだ。だが、そんな僕に決定的な、大きな挫折が訪れた。あれは大雪の日だった。暖房が弱くて手がかじかんでいたのを今でも覚えている。大学受験、あの忘れもしないセンター試験。

 回答用紙の回収時、僕はマークが一つずつずれていることに気付いたんだ。

 あの絶望は筆舌に尽くしがたい。帰りの電車で何度も飛び降り自殺を考えたさ。それでも僕は踏み止まった。二年間に及ぶ浪人時代、まさに暗黒の時代だった。それでも挫折を乗り越えて人は強くなる。僕はそれを証明した! 見事ケンブリッジ大学物理科学コースに合格した僕は、その才覚を遺憾なく発揮した。次席で卒業! 桜主任に引き抜かれる形で特異災害対策本部の技術班副主任の栄光を与ったのさ!」


 やはり天才、と両手を挙げるシーカーに龍征は一つ気付いたことがある。あの本物の天才、桜花道。彼がジョン=シーカーを抱き込んだ理由について。腕のいい技術屋であるのは確かだが、それ以上に扱いやすさを重視したのだ。主席ではなく次席、そんなコンプレックスにまみれた男を籠絡するのは桜ならば簡単だっただろう。何しろ、この三人も何かしらの因果でずっと彼の手の内にあったのだから。それ自体を責められる立場にはない。

 頭がいいだけのバカ。ちらりと他の二人の表情を盗み見ると、静かに頷かれた。共通認識となってしまったらしい。代表して光が口を開いた。


「で、桜主任にいいように利用されていたと」

「だまらっしゃい! 今ここで僕が覇権を握っているのが真実です! あの高慢ちきな怪物を僕の知性の力で下してやったんだよッ!」

「……なら、貴方はそこで何をやっているのですか?」


 桜花道の野望は潰えた。しかし、周到に準備された仕掛けは未だ残されている。シーカーは計画の一部を担っていたのだろう。そのいくつかを知っていた。桜が敷いたレールを強引に乗っ取ったのだ。


「これ、星詠みの高見台っていうんだ。すごいぞ? 元々はドライブゲンマの観測装置として発案されたものなんだ。それが星獣のコントロール機能に発展して、ドライブゲンマの吸収放出段階に至り、ついには月面への宇宙エレベーターと来た! 計画段階で頓挫したけどね! 星獣の笛だってこれのコンパクトモードに過ぎない……いや、それも奇跡の産物だから量産は難しいけどね。とにかく、この高見台は本部の増設とセキュリティ増強に併せてチマチマ改造してきた人類の叡知さ。知性の力は星をも支配する。文明の頂点を掌握した僕が世界を見下ろすための高見台」


 だからこそ、と。


「僕が世界の中心だ」


 シーカーは両手を広げた。情熱的な声だった。込められたもの。危うい覚悟。それらを全て余すことなく乗せられた魂の叫びだった。


「僕なら出来る。この力で世界を完璧にしてみせる。世界征服だなんてチンケな野望を掲げる悪党なんかじゃない。星詠みの高見台と星獣の笛。この力があれば資源の問題は解決出来る! 愚かな戦争を撲滅出来る! 星獣問題も根絶出来る! 誰もが幸福を享受出来る世界を実現する! 僕にはそのプランがある! だからお前らパンピーどもはこの僕に従えってんだよおおッ!!」


 光は静かに剣を抜いた。笛の支配がなくとも、星獣は活動を始めるだろう。ジョン=シーカーの説得は不可能だ。ならば、ここで斬るしかない。龍征も拳を構えた。リヴァが双銃を抜く。星詠みの高見台。あの禍々しい存在感こそが恐らくは計画の要。あれを破壊して、星獣の笛を奪取して、ジョン=シーカーを捕縛する。それこそが、最終目標。

 遠くから、一際強くホイッスルの音が響いた。


「……多分合図だぜ、先輩」

「みんな、戦っているんだ。僕だって」

「応。体勢を整えろ」


 圧倒的な力を手にするシーカーは、つまらなそうにそれを見下ろしている。スタードライブ、三機。それでも恐るるに足りない、と。


「こんな奴のせいで父が死んだとは胸糞悪い」

「ふん、なるべきしてなった結果。それとも今度は僕に尽くしてくれるのかい?」

「言語道断。貴様は私が斬るッ!」


 愉快そうに笑うシーカーに、金属のアーマーが飛来する。ぐにゃぐにゃとゴムのように蠢く金属体はシーカーの身体にまとわりついて、装着した黒アーマー姿こそは。


「スタードライブシステム……?」

「これこそが僕の完成形だ。一々適合者を見つけなきゃならない桜の欠陥品と一緒にするな! なぁにが使用者の特性を最大限に発揮だ! 誰もが使えて一定の性能を引き出せるのが兵器の絶対条件だろうが!」


 星詠みの高見台。星獣の笛と星獣の群れ。そして。


「スタードライブ・ゼロ。いずれ量産も視野に入れた新時代の戦略兵器さ。世界中がこの戦いに注視しているのはとっくに気付いてんだよお!? バカな旧時代の政治家どもに見せつけてやるッ! これが新時代だッ!」


 スタードライブ・ゼロ。

 無数の星獣の雄叫びが、最終決戦の号砲となった。

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