プロローグ「流星降り注ぐ大天災」

天道龍征

 天道龍征が生まれた町は、バスも疎らな田舎町だった。

 時刻はちょうど昼休みが終わった頃。花の高校生たちは、退屈だけど時々大事な授業風景に身を置いている。だが、その当たり前からドロップアウトした若者は、当然ながらに存在するのだ。


「今日という今日は百年目。白黒はっきりつけてやる!」


 勇む少女は、くたびれたスカジャンを羽織り、木製バッド片手に凄みを利かせる。地元の不良グループ『スターズ』を率いる女番長。喧嘩も爆走もゴミ拾いも家事手伝いも何でもござれの集団を率いているこの少女は、頭の中身はともかく、只者ではない少女だった。圧倒的なカリスマで人を集める彼女は、地元じゃ有名な愛されキャラである。

 ナックル吉田。

 この一帯に幅を利かせる大地主のグレ娘はそう名乗っていた。

 小柄だが、決して華奢ではない引き締まった体躯。黙っていれば整っているだろう顔が、凄もうとしてぐにゃりと歪んで台無しだ。さらに、舎弟の少年三人がマウンテンバイクで標的を取り囲む。何故か円周上を駆けながら。


「二年目だ、鳥頭。だがな、ふっかけられた喧嘩は受けて立つぜ」


 燃えるような赤シャツの上に学ランを羽織る少年は不敵に笑う。大柄とは言い辛く、だからと言って決して小柄ではない中途半端な体格の少年は、地元じゃ負け無しの不良筆頭格だった。


「鳥じゃねぇ…………狼だッ!」


 意味が分からないので相手にしない。その代わりに、少年は拳を前に突き出した。


「バカはぶん殴らないと治らないらしいな。知ってるだろうけど、俺は女相手にも容赦しないぜ?」


 四対一。それでも少年は決して怯みはしない。勇猛果敢に拳を突き出す。


「んなっ、バカって言った方がバカなんだぞ!」

「はっ、だからバカはお前だ。こんな時間から学校も行ってねー奴らを率いてお山の大将かよ?」

「うるせえお前もだろバーカ!」

「黙れよバカバーカ! バカとバカで結構。いいからかかってきやがれッ!」

「バ、バカ同士お似合いとか……んなこと言われてもょぅごにょごにょ」


 顔を赤くして俯いて。程よい肉付きの少女は両手の指を絡ませる。

 ひゅーひゅー、とマウンテンバイクの舎弟たちが囃したてた。よせやい、と後頭部をがしがし掻く少女。少年は拳を強く握った。

 

「は、女ごときが俺を倒せたら考えてやるよ!」

「マジかッ!? じゃなかった、ごときってなんだ! 女だからって舐めんなよぉ!」


 大変不幸なことに、二人はバカだった。





 そう、天道龍征はバカだった。

 高校に入って勉強についていけなくなった彼は、いつのまにかドロップアウトしていた。こんな田舎町にロクな娯楽があるはずもない。唯一の得意科目だった体育を引きずってか、喧嘩っぱやい不良少年となってしまった。

 物心ついた頃から両親がいない龍征を育てたのは、祖父の竜玄だった。厳格で偏屈な老人に育てられた反動が表れたのかもしれない。拳を握れば天下無双。悪そうな奴はだいたい腐れ縁。それでも硬派を気取って酒・煙草・女遊びはしなかった。くたびれた学ランの前をはだけさせ、赤いシャツをパタパタさせて風を送る。

 ナックル吉田一派との小競り合いはここ最近の日課になりつつあった。一番初めに喧嘩を売ったのは龍征であったが、それ以降、何故か彼女はしつこく付きまとってくるのだ。


「じいちゃん、帰ったぞ」


 拳を握れば天下無双、などというのはバカの張った意地でしかない。ちっぽけな男一人、勝てないものは存在する。祖父、天道竜玄。龍征少年が敵わないと痛感している韋丈夫。正座で瞑想していた老人は、齢七十を越えながらも、その心身を衰えさせていなかった。毎朝の組手で龍征が勝てたことなど一度もない。


「喝。また学校も行かずにふらふらしおって……」

「ふらふらじゃねえ。ステゴロだ。今日も負けなかったぜ」

「無論。しかし、闇雲に拳を振るうだけでは力にならん」


 未熟、と一言で斬って捨てる。

 竜玄は不登校自体を責めてはいなかった。彼が諌めているのは、勉強についていけないからといって逃げるように喧嘩に明け暮れていること。


「学籍簿には未だ貴様の名が載っておろうに。明日は登校せよ」

「イ、ヤ、だ。これが俺なんだ。じいちゃんいつも言ってただろ!」


 己を貫き通せ。それが真なる力となる。


「半端は止めよ、龍征。意義ある逃走は立派だが、貴様は自分から逃げているに過ぎん」


 ぐぅ、と言葉に詰まる。燻った男道に小言が染みる。


「出来ることを成せ。後悔するぞ」


 すっと竜玄が立ち上がる。百八十を越す長身だった。龍征よりも頭一つ高い、鍛え抜かれた肉体が風を切る。そのゴツゴツした手が未だ自分に向き合えない少年の頭に乗せられた。


「精進せよ、若人よ」

「じいちゃん、俺――――……」


 途端、警報が鳴り響いた。

 耳をつんざくような高音。危機感を煽る音色。背筋にぞくりと駆け出す忌避感。この特徴的な警報は、ニュースで聞き覚えがあった。ここ十年ほどで多発するようになった特別警報。


「星獣警報!?」

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