第20話 アイラブ、エマ

「……何? あの蒼い蛙……」


 魔法陣から蒼蟇が出てくる瞬間を見ていたロイは、二つの意味で驚愕していた。まず、なぜ眠っているはずのエマが自分の使い魔を召喚しているのか。さっきジークがすんなり目を覚ましたことといい、エンニーの魔法はガバガバすぎるとロイは内心不満タラタラである。


 そしてもう一つは……てっきり出てくるとしたらカッコいい使い魔が出てくると思っていたのに、出てきたのは間抜け面の蛙だったことに、ロイは不意をつかれるとともに少しガッカリしていた。


「……って、ガッカリしているヒマじゃねぇ! エンニーの戦いに割り込まれないようにアイツを……」


 ロイは二枚の布のうち一枚を使って蒼蟇を拘束しようと試みたが、それを使うために布二枚がかりで捕まえているドーラの拘束を弱めた瞬間……


「……………………ッ!!!」


「………………こわっ……」


 ドーラの放つ爆風のごとき圧倒的な威圧がロイに直撃すると同時に、ロイは再び二枚の布を用いて彼女を全力で拘束した。ドーラが威圧を放ったのも、ロイが拘束を弱めたのも、時間にして一秒に満たぬもののほんの一瞬。その一瞬のやり取りで、ロイはドーラを全力で拘束し続けなければならないと悟ったのだ。


(……無理無理無理無理。あの蛙よりも、このバーさんの方がよっぽど自由にしちゃいけねぇよ。だから悪いな、エンニー。お前一人でジークさんと蛙の相手頼むわ)






(……ようやく、少しずつ目が慣れてきたぜ!)


 ジークは人間離れした動きを見せるエンニーを相手に相変わらず劣勢のままだが、だんだんと彼の動きには対応出来るようになっていた。


(動きは不規則。規則性なんて欠片もない以上、行動の一手先を読むなんて芸当はまず不可能。この戦いで頼れるのは、己の目と肉体だけ! 目も体も、死ぬ気で相手の動きについていけ!)


 ジャブを三発。顔面に向かってストレートを打ってくると思いきやフェイントで、本命は足払いの蹴り。ジークはジャブを受け止め、フェイントにモロに引っ掛かりながらも、無理やりな体勢でジャンプすることで足払いを回避する。


 が、無理やりな体勢からの行動に定評があるのは相手も同じ。エンニーは不安定な体勢からクルリと一回転すると、その回転の勢いのまま回し蹴りを、今度は足下ではなくジークの顔面に向けて放つ。


「うおっ!?」


 しかしジークは、髪の毛を蹴られながらも頭の位置を下げることで辛うじてこれを回避。そしてそのまま思い切り大地を蹴り、低い体勢からエンニーに向かっての突進を敢行する。


 エンニーは蹴り終わった後の足で下から来るジークを踏みつけようとするが、そうなる前にジークがタックルを当ててエンニーを押し倒す。そしてそのまま、彼の足を掴み……


「ウオラアアッ!!!」


 遠くに向かって全力で投げ飛ばしたのである。


「……どうだオラ。人間投げの世界記録待ったなしじゃねぇのかい?」


 しかし、エンニーは何事もなかったかのように立ち上がる。彼の顔に貼り付いたその涼しい寝顔は、「お前の攻撃なんて利いていない」とジークを煽っているようにも見える。


「……やれやれ。痛いんだろ? そんな涼しい顔せずにそろそろ降参……」


 ウンザリしたようなジークの言葉を最後まで聞くことなく、エンニーは再びジークに向かって接近してくる。そんなエンニーを迎え撃つべく、ジークも再び拳を構えたその時……


「ゲロンッ」


 どこからか飛んできた蛙のような長い舌が、エンニーの体に巻きついて彼を拘束した。


「舌? ……まさか、蒼蟇!?」


「ゲロンッ」


 なんで、エマの使い魔である蒼蟇がここにいるのか。エマはおそらくまだ眠っているのに、なぜ蒼蟇だけが動いているのか。そんな細かい疑問は、「きっとエマが何かやってくれたんだろう!」というジークのエマへの全幅の信頼があっさりとかき消した。


「いいぞ蒼蟇! ほんの僅かでもソイツの動きを止めてくれるなら、俺の本気を叩き込むには充分だ!」


 ジークは愛するエマを思い、その魔力をどんどんと強めていく。そうやって限界まで強化された魔力はジークの右腕に纏われ、ジークはエマへの気持ちを爆発させながら必殺の拳をエンニーに叩き込む。


「『瑛茉愛拳えいまあいけん』!!!」


 ジークの最高の一撃をモロに食らってしまい、流石のエンニーも倒れたまましばらく立ち上がれずにいる。もはや彼の体は魔法による酷使とジークの与えたダメージによって限界を迎えていることは明らかであり、ジークもこのまま彼が倒れたままでいることを望んでいたが……それでもエンニーは、立ち上がる。


「……これは方針転換だな。どれだけ痛めつけたところで、アイツは魔力によって体を動かしている限り戦うことをやめないだろう」


「ゲコ」


 蒼蟇は、ジークに対し肯定の鳴き声をあげる。


「……だから、アイツを止めるには魔力が尽きるまでその動きを封じるしかない。……ったく、本当にエマは完璧で可愛い、最高の奥さんだぜ。こうなることを見越して、蒼蟇を俺に寄越したんだろ?」


「ゲコ?」


 「それはどうだろ?」とでもいいたげに蒼蟇は首を傾げるが、エマへの愛を爆発させている今のジークに彼の疑問の声は届かない。


「お前なら、アイツの動きを止められる技を持っていたはずだ。俺は今からお前がその技を当たられるように動くから、お前は絶対に攻撃を当ててくれ」


「ゲコ!」


 元気よく舌を動かしながら、蒼蟇はそう応えた。

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