第10話 生きよう

「……これで、うるさいのは帰ってくれたな。……うーんっ、それなりに疲れたな……」


 ユルゲン、エドワーズが相次いでジーク達の前から退散したことで、気を緩めたジークはうんと大きく伸びをした。


「腕、だいぶやられてるねぇ。包帯とってきてあげるから、それ以上出血しないようにじっとしてな?」


「そうするよ、悪いな、エマ」


「そんじゃ、動けないジークに代わって後片付けは俺がやるかな……おい、ティキ!」


「は、はいっ! なんでしょうか!」


 ダニーがそう呼び掛けると、ずっと物陰に隠れていたティキが背筋を正してダニーの前に飛び出てきた。


「お前結局最後まで隠れてばっかで戦わなかったろ。お前の魔法ならコイツら全員都まで送り返せるだろうし、後片付けくらいちゃんと働け」


 庭の方には、ダニーが蹴散らした魔術師達が気を失って倒れている。彼らの中で意識を保っているのは、ダニーにビビって戦闘を放棄していたティキだけだった。


「は、はいぃっ! ところで、この人達は都の下水道に捨ててこればいいんですか!?」


「そんなわけねぇだろ。なんでお前はビビりのクセに発想がおっかないんだよ。……まあ、都までは俺とエリックがついていってやる。お前一人じゃ、後片付けも不安で任せられねぇしな」


「おおっ、それはありがたい! ダニーさんがそう言わずとも、こっちからついてきて下さいと頼むところでしたよぉ~っ」


「はいはい、そんじゃあさっさと片すぞ。……ジーク、エマ。俺らはここでお暇すっから、お前らは家族団欒しててくれ」


「おう。今日は助かったぜ、ダニー。……これからも、宜しくな」


「分かってるよ。俺も勇者だからな」


「ついでに、ウチの壁の修繕代も忘れないでね♪︎」


「お、おう……流石、嫁さんはそういうところ抜かりないねぇ……」


 いつの間にか包帯を片手に戻ってきていたエマに向けて苦笑いを見せながら、ダニーは後片付けのためにティキとともに庭へと出ていった。


「……じゃあ、ジークさん。俺もここでお暇します」


「おう、エリック。お前にも今日は助けられた、ありがとな」


「……はい。ジークさんに褒められるだけでなく、自分でも自分を認められるように精進します」


「相変わらずお前は硬いなぁ、エリック。……まあいいや、お前にはお暇する前に、一つやってもらいたいことがあるんだ」


「やってもらいたいこと……なんですか?」


「それはだな……アテネ」


「は、はいっ……なん、ですか……?」


 ジークに呼ばれ、エマの後ろに隠れていたアテネは恐る恐るジークの側に寄る。どうやら彼女はまだ、エリックに若干怯えているようである。


「エリック、アテネに自己紹介してやれ。お前まだ自分からアテネに名乗っていないだろ?」


「……は?」


「このままじゃアテネがお前にビビったままで初対面が終わっちまうぞ。初対面の印象って大切なんだから、次以降にビビったままにならないためにもちゃんといい印象も植え付けないと」


「いや、その……俺は別に、そこの魔族に良い印象を持たれたいとかは思ってなくて……」


「いいから! アテネと仲良く出来ない奴は俺の味方として認定しないぞ!」


 そこまで言うジークに押しきられ、エリックは渋々アテネに目を合わせる。無表情のエリックに対してアテネは恐怖心を隠せておらず、いつエリックから目を背けてしまってもおかしくはない。


「……エリック・バーンズだ。歳は16。今日ジークさんと出会ったばかりのお前よりも、何年もジークさんに師事している俺の方がずっとあの人のことを知っている。分かったな」


(……どこでマウントとってんだか。エリック君て、クールな見た目のクセして結構お馬鹿だよね)


(アイツは俺が絡むと馬鹿になるからな。俺もエマが絡むと馬鹿になるから、人のこと言えねぇが)


 エリックがどれだけジークを崇拝しているかを知らない者が聞いても理解不能な自己紹介を聞き、ジークとエマは心の声のやりとりをしながら呆れていた。

 一方、アテネは心の中にいくらでも湧いてくる疑問符を極力スルーして、やけに上から目線のエリックに対して自己紹介を返した。


「……アテネといいます。エリックさんの言うとおり、私はまだジークさんのことも、エマさんのこともまだ全然知りませんけど……これから、頑張って知っていきたいと思います。……もちろん、エリックさんのことも……よければ、ですけど……」


 震える声を精一杯出しきり、アテネはエリックへの自己紹介を終えた。それでも最後の方は力尽きたのかどんどん声がしぼんでいったが……その一生懸命に自分を伝えようとする健気な少女の姿に、エリックの心は僅かながら動かされていた。


「……ジークさんは……甘い食べ物が好きで、辛い食べ物が苦手だ」


「……え?」


「……後は、酒に弱い。朝が苦手だ。若いクセに趣味がジジ臭い。……そして、エマさんには頭が上がらない」


(……何急に俺の弱点バラしてんの? アイツは)


(多分そんなつもりないと思うよ? 本人は)


「……ジークさんのことなら、俺はいくらでも知っている。……ジークさんについて聞きたいことがあるなら、いつでも俺に聞きにこい」


「……はいっ。エリックさんって、本当にジークさんのことが好きなんですね」


「ジークさんは、それほどまでに素晴らしい人間なんだ。お前は、そんな人に守ってもらえる立場にあることを有り難く思えよ」


「……それは、言われなくても分かってます」


 エリックは、不器用ながらも自分なりにアテネとの距離を詰めようと努力していた。そんなエリックの気持ちを汲み取ったアテネも、彼に対して怯えることをやめ……精一杯の笑顔を見せたのだ。


「……俺は、何があろうとジークさんの味方だ。そのジークさんがお前を守り続ける限り、俺もお前を守ってやる」


 その言葉を最後に、エリックはアテネに背を向けてダニーとティキのもとへと歩を進める。アテネはそんなエリックに対して何か声をかけようとしていたが……その言葉を聞く前に、エリックはティキが作り出した異空間に消えていった。


「……行っちゃった……」


「……近いうちにまた会えるさ。……さて、これでようやく、三人でゆっくり出来そうだな」


 ジークの家からはようやく全ての客人が姿を消し、ジーク、エマ、アテネの三人が家に開いた大穴から差す西陽に照らされている。


「その前に、晩御飯の支度させてよ。もう日も暮れかかってるしさ」


「ああ、もうそんな時間か。それじゃあアテネ、折角だしエマの手伝いでもしてみるか? きっと喜んでくれるぞ?」


「あ……えっと、いや……」


「そりゃ喜ぶけどさ、ジークもちょっとは手伝ってよ? 私がいなくてもアテネちゃんに料理作ってあげれるようになってほしいし」


「いやー、それは……善処します……」


「あ、あのっ……! ……本当に、よかったんですよね……?」


 全てが終わり、ジークとエマは何事もなかったかのようにいつもの日常へと戻る。しかし、そのあまりにもスムーズな日常への移行にアテネはついていくことが出来ず、困惑を招いていた。


「……何が?」


「い、いや、その……皆さん、私のためにお友達だった人と争うようになって……本当に、よかったんですよね……?」


「……もちろんだよ。私達は、私達の信念に従って動いているだけだから。他人と好き好んでぶつかるわけじゃないけど、アテネちゃんみたいな子を見捨てるよりはずっとマシだよ」


「俺達はもうお前の親だ。親が子供を守ったり褒めたりすることはあっても……悪いことをしていないのに、責める理由はどこにもないよ。……だからお前も子供らしく、親の背中を見て自分の好きなように生きればいいんだよ」


「……自分の、好きなように……」


 その言葉の意味を、アテネはじっくりと考える。果たして自分は、どのように生きたいのだろうか? 何をするために生きるのだろうか? ただ、生きるために生きてきたアテネには、まだその答えは見つけられない。だから今は……自分を受け入れてくれる人と生きたい。そんな目先の願望を第一に考えた。


「……はい。これから宜しくお願いします、二人とも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る