第9話 理解し合えぬ

「……っと、ちょうどそっちも終わったみたいだな」


 ジークの戦いが終わったのとほぼ同時に、戦いを終わらせたダニーとエリックがエマとアテネのもとにやって来る。


「あっ、ダニーもおつか……って、こりゃまた随分おっきな穴を開けてくれたねぇ……まあ、ある程度は覚悟してたけどさ……」


「いや、聞いて驚けエマ。あの穴は敵さんじゃなくて、なんとダニー自身で開けた穴だよ」


「……は?」


「ハハッ、悪い悪い。ちょっとテンション上がりすぎて……い、いや! 弁償はする! するから、エマさん怒らないで! 子供が見てるよ!」


「……まあいいや。アテネちゃんのために戦ってくれた結果としてのそれなら、私は許すよ。弁償代は払ってもらうけど」


「寛大なご処置に感謝します! エマさん!」


「えっと……ダニーさん、お疲れ様、でした……」


「おうっ! アテネちゃんもありがとな! 可愛い女の子に褒められるのは、やっぱりモチベーションが上がるぜ!」


「……そうかダニー、お前もそういう趣味……」


「いやちげーよ!?」


 そんなジーク達四人の和気あいあいとした会話を、エリックは輪から外れたところで静かに見つめていた。もっとも、今の彼の中にあるのはジーク達への羨望ではなく……悔しさである。


(……何も、出来なかった……ダニーさんの戦いについていけずに、俺はただ棒立ちしていただけで……やはり俺の実力はまだ、勇者達の足下にも及んでいないのか……)


「……そうだ、エリック君もありがとうね。私達の……アテネちゃんの味方になってくれて」


「えっと、エリックさん……ありがとうございました……」


「……俺は、褒められるようなことは何もしていませんよ。……それに、俺はジークさん、エマさん、ダニーさんに味方しただけで……そこの魔族に、礼を言われる筋合いはありません」


 エリックはきっぱりとアテネではなくジーク達の味方をしただけだと断言し、そんな彼の突き放すような態度にアテネは露骨に気を落としていた。


「ったく、エリック君は……他人の好意は、もっと素直に受け取っとけばいいのに」


「まあどんな理由であれ、エリックが俺達の味方になってくれるのは嬉しいよ。……だからありがとうエリック。アテネのことは、これからゆっくり理解してくれればいい」


「……ジークさんがそう言うなら、理解出来るように善処します」


 エリックは再び目線をアテネに合わせようとするが、当のアテネはエリックに怯えてエマの後ろに隠れてしまっている。

 そんなアテネを見てエリックは溜め息をつき、エマはアテネの頭を撫でながら「もっと笑顔で!」と口パクでエリックに伝え……


「理解出来るわけねぇだろ。お前らみたいな異常者とは違う、普通の人間にはな……!」


 ユルゲンは、傷だらけになりながらも立ち上がってアテネを睨み付けていた。


「ひっ……」


「大丈夫……私の後ろに、隠れてて……」


「……いや、前に出してくれ、エマ」


 アテネを庇おうとするエマとは正反対に、ジークはアテネを自分の側に引き寄せてユルゲンの目の前に立たせた。


「……ユルゲン、紹介するよ。この子が俺達の新しい家族……いや、俺とエマの娘、アテネだ」


「……はぁ?」


「……娘……? 私が、ジークさんの……?」


「ああ……あ、別に嫌なら嫌でいいんだぞ?」


 ついさっき格好つけて言ったばかりなのに、ジークはもう自分の発言を不安がってアテネとエマに確認をとる。確かに、実の娘でもない少女を娘扱いするのは、一歩間違えば気持ち悪さの方が勝る宣言ではあるのだが。


「……年の差を考えれば、娘というよりは妹の方が近いけど……私はそれでいいよ。そっちの方が守ろうっていう気持ちは強くなるし」


「だよな。……で、アテネはどうだ? 嫌か?」


「……全然、嫌じゃありません。むしろ、私でいいんですか? 本当のお父さんからは、何も必要とされていなかった……こんな私が……」


「ああ」


「もちろんだよ」


「……はい……喜んで……!」


 弾けるような笑顔を見せて、アテネはジークに抱きついた。そんなほほえましい光景をただ一人無表情で見つめているのは、負の感情をどんどん内面に募らせはじめていたユルゲンだった。


「……正直に、今の俺の気持ちを話していいか? ジーク」


「……ああ、どうぞ?」


「……非常に不愉快だ。虫唾が走る。魔族相手に下らない家族ごっことは……勇者も墜ちるところまで墜ちたものだな」


「俺の居場所は最初から変わっていないよ。お前達が勝手に、俺が高みにいると決めつけていただけだろう」


「ハンッ……お前は本当に、敵を不愉快にさせることにかけては天才的だな」


 ユルゲンはジークを、次いでジークに抱きつくアテネをしばらくの間睨み続けた後、歯軋りをしながらジーク達に背を向けた。


「……今の俺達では、お前には勝てない……だから今日のところは退いてやろう。……だが! その魔族の存在を知っているのは俺達だけではない! やがてこの話は国全体に広がり、お前は魔族を憎むあらゆる人間の敵になるだろう! そして俺が……俺と志を同じくする同士達が! 必ずその魔族を殺すッ!!!」


「殺させねーよ。俺がいる限りは、な」


「……なら、俺はお前を殺すことをも厭わないよ……薄汚い魔族の血を、この世界から絶やすためならな」


 その言葉を捨て台詞にして、ユルゲンはジーク達の目の前から姿を消す。

 そして、それと入れ替わるようにエドワーズが音もなくジークの横に立ったのだった。


「……ユルゲン君はああ言っているが、きっと本心では君を殺したいとは思っていないはずだ。もちろん私も、ともにいくつもの死線を潜り抜けた戦友である君を殺したいなどとは思わないし……君がどれだけ人間のために尽くしてきたかを考えれば、好き好んで君を殺したがる人間なんぞ存在しないだろうよ」


「……じゃあ、俺達家族の平穏な暮らしを壊さないでくれませんかね……」


「平穏が崩れない保証があるのなら、そうするさ。しかし、私達にとっての『保証』は……魔族の殲滅に他ならないのだよ」


「……どうしても、理解してくれませんか」


「それはこちらの台詞だよ……どうして君達は、私達の苦しみを理解してくれないんだ」


 エドワーズは心底悔しそうな声を最後に残し、ジーク達の前からいつの間にか立ち去っていた。

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