第11話 思いやり





 朝の十時過ぎだった。

 仕事の途中で環状線に乗った。

 対面シートの通勤列車だ。

 客がそこそこいる。立っている者も少なからずいた。

(空いている席はないだろう)

 と思いながら探すともなく車内を見回すと、車両の先頭にある三人掛けのシートだけが、優先座席でもないのに、ぽっかり空いていた。

ラッキーと思うよりも、

(何でここだけ空いているのよ?)

 と不審感が先に立った。

(シートに汚れでもついているかしら?)

 そんな感じもない。

 だけど、周囲を見渡して、わたしは納得した。

 近くに松葉杖の女の人だ立っていたのだ。

(ああ、そういうことね)

 その女の人が何時でも遠慮なく座れるようにと、皆の暗黙の了解あったのだ。

 女の人は座らないまま、次の駅で降りたが、日本人ってこういう感性を持っているのだと、わたしはホッとした。

 奨学金の返済が始まり、下がっていたわたしのモチベーションが、再び上昇する瞬間だった。

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