第4話 穴掘りの達人

 開けて次の日。シロは炎天下の空の下に居た。


「えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ」

 

 頬に汗をたらして何をしているのかと言えば、穴を掘っていた。使い古された円匙スコップ握って、えんやこらと、穴を、街の外の大地を、言われるままに掘っていた。


 もちろん趣味ではない。仕事である。

 

 仮にも病み上がりに、なんて思うかもしれないが、人が溢れて物資の足らない街で、仕事がもらえるだけマシ、というか、コネも金もない今の彼に休んでいる暇などあるはずもないのである。まぁ仕事を紹介してくれたヴィガルも、もっと軽度の労働をした方がいいのでは、と心配していたが、別に身体に問題はないのだ。記憶の件がそもそも嘘なので、もっとも稼ぎがいい肉体労働を選んだわけである。


 ただ、本当に条件はよくない。金の払いは良いが、与えられる食事は雀の涙。ほっそい根菜を煮詰めただけのお湯みたいなスープと半切れのパンのみ。それだけ与えられて炎天下で肉体労働だ。実際に厳しい仕事だとシロにも思えた。実際に気絶したり、倒れて動けなくなってしまう人も珍しくはない。


『……こうなってくると、生まれた時代のありがたさを感じるな』

『そうですね。もっとも主の場合はそれだけではないですが』


 シロは後天的に肉体を科学的、魔法的に調整されている。例えば人体の効率化。必要な栄養は可能な限り少なく、長時間の稼働を可能にする。魔法が使えれば、魔力が尽きるまで、何の補給もなく戦い続けることも不可能ではない。

 魔法が使用できない今でさえ、超人といって差し支えない肉体といえた。


『せめて真面目に働いとこう』


 ちなみにこの穴を掘る仕事は当然シロだけではない。平野一面にガタイのいい穴掘り軍団が散らばっている。


 これは一体何をしているの? と聞かれると、魔獣対策のために地雷を埋めるための穴を掘っているんだよ、なんて物騒な答えが返ってくる。


 科学世界で言う爆薬の詰まった地雷ではない。魔法式の地雷だ。

 仕組みは簡単で、掘った穴に魔力の込められた魔晶石ラクリマを埋めるのである。あとは特定の魔法で遠隔から起爆。地面の上を吹っ飛ばす、という代物である。

魔法世界では魔力や魔法を込められる物質が発見されると、わりかしすぐに生まれるポピュラーなものである。


 だがこの魔法地雷、実は科学世界ほど多用されない。理由はいくつかあるが、一番大きなもので言えば、単純に費用対効果がよろしくない。魔法世界において、魔法を込められるものは、何よりも有用なものである。それを大量に地面に埋めて爆発四散させるのだ。コスパがいいはずがない。それに埋めるために時間も人手もかかる上、埋めたら易々と回収も出来ないのである。その上対抗策も多く、相応の魔力が籠った物質である以上、探知魔法にも引っかかりやすい。地面に埋めているので、相手の掘られて持って行かれるなんてこともある始末だ。


 他にも理由があるが、とにかく人同士の戦争ではあまり使われない。

 科学技術による地雷の特性や設置方法を考えれば、同じ様な使われ方がされるわけがない事がわかるだろう。精々が自軍拠点の爆破に使われるくらいだ。


 もっとも多い使われ方はやはり手榴弾だ。だが起動に魔法が必要で、しかも単品だと威力が出にくく、その上、技術者が一つ一つ造らなければならない。そのため、量産が難しくまた値段も高い。あくまで非常用のアイテムという認識が一般的だろう。


 しかし今回の敵は魔獣だ。人ではない。それでも有用な手段なのか、といわれると疑問に思うが、ここはシロの知らぬ未知の世界だ。


 この仕事を指示しているのが領主であるグレアか、グレアの側近かはわからないが、何かしら考えがあっての事だろう。


 もしかしたら、溢れる人々に仕事を提供する、という公共事業としての役割が一番の目的なのかもしれない。そう考えると、いろいろと納得も出来た。


「えっさ、ほいさ、ほいさ、こらさ」


 そんなことを考えながら、シロは指示されるまま、延々と穴を掘り続けた。


 術式を使用する魔法は使えないが、有り余る魔力は持っている。術式を介さなくても、魔力はそれそのものが生命を活性化させるエネルギー。身にまとえば、肉体は強化されるし、勢いよく放出するだけでも固い岩くらい簡単に砕くことが出来る。穴掘りの適正としては百点満点の人材といっても過言ではなかった。


 掘られた穴に、魔道師が魔晶石を置いていく。その後、掘った皆で穴を埋める。これをひたすら日が暮れるまで繰り返した。


「お前、良く働くナァ」


 仕事を終えて円匙を返しに行くと、熊の顔をした獣人が感心したように言った。

 見覚えがある顔だ。彼は、シロの上司にあたる監督官であった。監督官とは、シロ達短期労働者がさぼっていないか監視する見張り役である。


「でも悪いナ、本当は報酬を増やしてやりたいんだけどナぁ」


 バツが悪そうに頭をかく監督官。なんだか顔には愛嬌が感じられた。


「まぁ俺、体力有り余ってるんで」


 それは強がりではない。彼の肉体は、科学技術によって後天的に強化、調整されている。見た目にはわからないが、普通の人間よりはるかに強靭な肉体なのである。それに加え、魔力の運用技術においても、魂と融合している人工知能、ウルスによる制御補整によって、通常の人間では考えられない高い精度、効率を実現している。


 魔法が使えなくとも彼は普通とは到底言えるような人間ではなかった。この程度の肉体労働など、不眠不休で一週間やっても問題ないようなレベルの生物なのだ。

 

「それじゃ、失礼します」


 軽く頭を下げてシロはその場を後にした。

 穴掘りに従事していた大勢に人の流れに乗って、街へと戻っていく。

 大勢の中の一人。流れに任されるまま動いていく様は、今の自分には相応しいように思えた。


 目的もなく、あてもない。何もない。しかしそれが、妙に心地良くもあった。


『主』


 シロの心情を察したように、ウルスが脳内で彼を呼んだ。


『これからどういたしますか?』

『……どうしようかねぇ』


 最低限の知識を得た昨日の夜から、ずっと頭の隅で考えてはいた。

 この世界で、これからどう生きていくか。考えてはいたが、明確な答えは出せないでいた。


『元の世界に帰る気はありますか?』

『……うーん』

『気が進みませんか?』

『気が進まないというか……帰ってどうするよ? また死ぬまで戦うか?』


 過去に戻れる、あるいは死んだ瞬間に戻れるというのならば、一考の余地はあると思うが、あの戦争はおそらくあれで終結しただろう。今更帰ったところで、何にもならない。それは会いたい知り合いくらいはいるが、死人から蘇って会われても相手もきっと迷惑だろう。


『それに、なんというか気持ち悪いんだけどさ』

『?』

『多分、帰れないと思う』


 この世界に来たのが、偶然か、もしくは何かの意志によるものかはわからないが、どうしてか確信がある。水が上から下へ流れるように、あちらからこちらへは来れても、その逆はない。そんな風になぜか心が悟っている。


 その感覚がひどく気持ちが悪かった。


『なるほど。では、件の魔獣でも見に行きますか?』

『行ってどうするよ。俺は今魔法使えないんだぞ』


 魔法は使えなくとも、人同士の戦争ならいくらか知識は持っている。戦いようもあるだろう。だが相手は魔獣だ。それも国家が戦うような相手である。わざわざ首を突っ込んでいい事もない。そもそも王都に着く頃には戦闘なんて、とっくに終了しているだろう。


『では気ままに旅でもいたしますか?』

『……まぁ、それもいいかもな』

『これからの事は、情報を集めながらゆっくりと考えればいいのではないでしょうか?』


 最低限の旅費でも貯めたら、目的もなく旅に出る。戦いばかりだったかつての世界では考えられなかったことだ。


 余生を謳歌するというのはこういう感覚なのだろうか。そんな事を思いながら、シロはこれからの事を考えて胸を躍らせた。

 

『しかし気軽に旅する情勢でもなさそうで心配ではありますが』


 ウルスの心配はもっともであった。魔獣とそれに伴う二次災害。ヴィガルにそれとなく聞いたところ、周辺諸国も良い状況ではないらしい。


『ま、危険なんていつでもどこにでもあるだろ。臭いがしたらさっさと逃げちまえばいいよ』

 

 何も知らぬ国だからだろうか、それとも魔法が使えなくなってしまったからだろうか。かつてなら常に戦いを想定していたはずなのだが、今はどうも自分の戦う姿が上手く想像出来なかった。


 シロにとってそれは初めて経験で、どう表現すればいいのかよくわからなかった。だがあえていうなら、気が乗らない、という表現が一番近いような気がした。


 命を賭して戦う事が、どこか遠くの出来事のようにも感じられた。

 

『そのためにも、明日も穴掘り頑張るか!』

『主、楽しそうですね』

『あぁ、今の俺は穴掘りする機械みたいなところあるからなー』


 英雄の余生とは、得てしてそんなものなのかもしれない。

 

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