第7話

「じゃあそろそろ行くわ」



 チユキは必要な荷物を入れたカバンを担ぎ、村の入り口に集った村人たちに向き直った。



 彼の背には数台の荷馬車があり、別れの挨拶が済むのを待っていた。



 月日が経つのは早いもので、あの事件から10年経ち、チユキは15歳になっていた。15歳はこの世界では成人にあたり、チユキはその年になったら町に出ると予め宣言していた。



 しかし成人したは良いものの、チユキは村の外に出たことが無かったので、町への道のりを知らなかった。



 更にここから町まで結構な距離があり、徒歩だと2日はかかるくらいの距離があるという。



 今から村長にでも教えてもらおうかと考えている中、たまたま通りかかったキャラバンが休憩のために村に立ち寄った。



 チユキはこれを好機と見て、さっそくキャラバンの長に交渉しにいき、町に着くまでキャラバンの護衛を条件に相乗りさせてもらうことになったのだ。もっともこの辺りはあまり魔物が出ないといい、実質タダ乗りと同じような物だった。



「チユキ~元気でなぁ~!」

「たまには顔見せに来いよなぁ!」

「死ぬんじゃないぞ~!」



 門出の言葉にチユキは手を振って応え、それから一番前にいる家族の元へ向かった。



「親父、お袋、行ってくるぜ」

「うん、行ってこい」

「いいチユキ?何時でも戻ってきていいのよ?ここは貴方の故郷ホームなんだからね」

「ふん、精々死なないようにする事だね!」

「兄ちゃん行ってらっしゃい!」

「行ってら~!」

「ワン!」



 チユキは父や母、兄弟と愛犬を順々に抱きしめ、全員に頷きかけると背を向けて馬車に乗り込んだ。



 チユキが乗るや馬車はすぐに動き出した。村人たちは馬車の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。



 チユキも同様に、家族らの姿が見えなくなるまで馬車から顔を出していた。



 その顔は普段のチユキからは考えられないような、穏やかさと少しの寂しさが垣間見えていた。



 やがて見えなくなると、チユキは名残惜しそうに頭を引っ込めた。チユキは一時目を閉じた。そして再び目を開けると、いつのものむっとした表情に戻っていた。



 表情が戻るころにはチユキの頭はすでに旅立ちムードからこれからに向けての考えに移っていた。



 この切り替えの早さはさすがというべきなのか、それともただ単に薄情なだけなのかチユキには何とも言えなかった。



 町に着いたら宿探しと職探しだな。



 チユキは何度もシュミレートした事をおさらいする様に、頭の中で反芻していた。



 特に職。これが無きゃ始まらん。ハンターは…まぁ無ぇな。



 チユキは頭に浮かんだ考えを即座に切り捨てた。



 何かを殺して金貰って褒め称えられるとかマジ野蛮。あんな職業に就こうとする奴の考えが理解できない。



 チユキからすればたった一つきりしかない命を危険に晒してまで金や名誉を得ようとする考えが理解できなかった。



 一度死んだからこそ、命の重要さが身に染みているチユキならではの考えだ。



 当然ハンターが成りたい職業ランキング1位のこの世の中では異端な考えだろう。野蛮な原住民共め、とチユキは心の中でせせら笑った。



 そんな野蛮な連中の仲間入りは御免だ。俺は文明人なんだ。キャラバン長の話だとギルド職員はハンターと違って人手不足らしいからな。なら入るべきはそこだろう。ギルドの後ろ盾も手に入るしね。



「よう坊主、調子はどうだ?」

「ん?あぁ……」



 物思いに沈んでいると、不意に話しかけられた。チユキは自分と違ってギルドで正規の仕事で護衛に参加しているハンターの男に顔を向けた。



「はい、何でしょうか?」



 さすがに初対面で普段通りの口調で話すほどチユキは愚かではなかった。男はそれを緊張からくるものだと判断したようだ。顔に笑みを浮かべながら首を振った。



「はは、そう固くなるなよ、何も取って食いはしねぇって」



 男は肩をゆすって笑った。チユキは舌打ちしないよう懸命に努力しながら、男の調子に合わせて相槌を打つ。



「すみません」

「どうだい初めての旅立ちの感想は?」

「そうですね、やはり緊張しますね」

「だろうな」



 男はまたくつくつと笑った。チユキは唾を吐きたくなる衝動に駆られたが、何とかそれを堪えた。



「なあなあ、これからこの馬車は町に行くわけだけど、なんか夢とかある感じ?」

「まさか、そんな物ありませんよ、夢と言っても精々王都で仕事してみたいなぁくらいですかね?」

「謙虚だなぁ、若いんだからもっとでっかい夢を持った方が良いぜ?」



 他人事だからって好き勝手言いやがって。余計なお世話だこの穴蔵原人が。



「はは…そうですよね」



 愛想笑いを受けべながら、チユキは心の中で吐き捨てた。



 それからしばらくの間チユキは男と話をする羽目になった。チユキはうんざりしながら話に付き合っていたが、それは突如聞こえてきた怒声に遮られて終わりを告げた。



「モンスターだ、モンスターが出たぞ!」



 外で荷馬車を警戒していたハンターの掛け声に、二人は顔を合わせた。



「ここら辺はあまり魔物は出ないって話じゃありませんでした?」

「この荷馬車は食料品を多く詰んでるから、それの臭いを嗅ぎつけてきたんじゃねぇかな?」



 どうであれ迷惑な話だ。



 男の憶測にチユキは心の中で毒づくと、馬車から出てひょいっと馬車の上に飛び乗った。この年になれば身体強化がなくともこれくらいの芸当はお手の物だ。



 チユキは上から遠くを眺めやった。ハンターの言う方角から、確かにこちら目がけて土煙を上げてモンスターの団体がやってくるのが見えた。



 それらは小柄な体躯で、犬の頭部を持つコボルトという魔物だった。ただよく見るとどれもこれもやせ細っていた。



 なるほど、こりゃ食い物の匂いがすれば死に物狂いで奪おうとするだろうな、とチユキはボウガンを生み出し、淡々と撃ちながら無感情に思った。



 ボウガンから射出されたナイフは一撃でコボルトを射抜き、コボルトの集団がこちらにたどり着く頃には半数近くにまで数を減らしていた。



 後は殆ど作業のようなものだった。ハンターたちは魔法や武器で素早くコボルトを殺し、最後の一頭を殺し終えるのに5分もかからなかった。



 事が終わり、コボルトから使えそうな素材をはぎ取り終えると馬車は何事も無く進み始めた。



 馬車の中で、チユキはハンターたちにもみくちゃにされていた。



「よぉスゲェじゃねぇか坊主!」

「あぁその年でそれだけできれば大したもんだ!どうだ?うちに来ないか?歓迎するぜ!」

「ふざけんな、こいつはうちに来るんだ、こいつん所よかうちの方が居心地がいいぜ」

「何を貴様」

「何だやるか?」

「ハハァ……」



 チユキは彼らのテンションについて行けず、愛想笑いを浮かべるのが精々だった。



 ハンターっていうのはこんなのばかりなのか?



 チユキは見られないように注意しながら、うんざりと首を振った。



 ともあれ道中はそれ以降全く何もなく順調だった。何もなさ過ぎて、かえって何かがあるのではないかとユキを不安にさせた程だった。



 悲しい事に、その考えは当たってしまった。



 それは町がもう目前の距離まで差し掛かった時の事だ。



「モンスター接近!ハンター共は外へ出ろー!」

「は?」



 雑談しながら町に着くまで暇を潰していたチユキたちは、互いに顔を合わせて訝った。



「どういうことだ、町の近くでモンスターなんて出るもんか?」

「知らねぇよ。くそ、もう終わりって時に出てきやがって」

「さっきのコボルト、やけに痩せてましたよね、それと何か関係があるのでは?」

「まあ良いや、とにかく外に出よう」



 ハンターたちはぶつくさ言いながらも荷馬車の外に出て行った。チユキもその後に続いた。



 時刻は日暮れが近かったから、外は薄暗くなり始めていた。戦いはすでに始まっているらしく、先に出たハンターたちも戦闘に加わっていた。



 チユキは戦闘に加わる前に、まず敵の観察をすることに努めた。



 それは2足歩行の狼だった。狼は俊敏な動きでハンターたちを翻弄し、着実に怪我人を出させていた。



 ウェアウルフか。



 チユキはボウガンを作り出し、狙いを定めながら本で見た知識と目の前の存在とを照らし合わせていた。



 ウェアウルフはコボルトの変異種で、コボルトが順調に進化していくとウェアウルフかコボルトの上位種であるコボルトエースになる。



 ウェアウルフになる条件は他に比べ筋肉量のある個体が成ると言われている。性格は凶暴の一言。持ち前のパワーを用いて暴れ回り、同族ですら食い殺すほどだ。



 そして、どうやらこの個体はよほど餌に恵まれていたようだ。一般的にウェアウルフの身長は2メートルほどだが、この個体は3メートルを超えていた。



 さっきのコボルトが痩せてたのはそういう事か。



 大方こいつが餌を群れで独占し、こいつ多分同族も普通に食ってたんだろうな。だからこんなに肥えてるんだ。



 で、コボルト共はこいつから逃げるのと餌を求めて逃げ出したってことか。



 チユキは思わず舌打ちを零し、唾を吐くと、丁度良いタイミングを見つけたのでボウガンでナイフを射出した。



 その時ウェアウルフはハンターの一人を引き倒し、今まさに食らいつこうとしてた所だった。



 ナイフはウェアウルフの胸のど真ん中に突き刺さった。



「ギャンッ!」



 ウェアウルフはもんどりうって倒れた。



「今だやれ!」



 チユキに言われるまでも無く、ハンターたちはすでに動き出していた。さすがは魔物退治のプロというべきか、多少の怪我では戦闘に全く支障が無いらしい。



 体勢を崩したウェアウルフはたちまちハンターたちの猛攻に晒された。魔法で焼かれ、剣で斧で切り裂かれ、ウェアウルフが命からがら起き上がるころには形勢はすっかり逆転していた。



 しかし止めを刺そうとにじり寄るハンターたちに、ウェアウルフは火事場の馬鹿力を発揮し、なかなか決着がつかなかった。



 見かねたチユキはどれだけ抵抗されようが一撃で吹き飛ばす事にした。チユキは集中し、一抱え程の大きさの物を作り出した。



「お~いみなさぁ~ん、巻き添え食いたくなかったらどいてくださぁ~い!」



 チユキの言葉にハンターたちは一斉に振り向き、彼の持つものを見てギョッとしたように目を見開いた。



 チユキの手には黒光りする大口径の大砲が握られていた。慌てて射線上から退避したハンターたちを満足そうに見やると、チユキは鼻歌を歌いながらウェアウルフに狙いを定めた。



「生存競争は過酷だな、同情するよ」



 チユキは冷笑を受かべ、一言呟くと一切の躊躇なく大砲を撃ち放った。



 大砲はどーん、と凄まじい轟音を放ちながら砲弾を吐き出し、瀕死で動けないウェアウルフに直撃し木っ端微塵に吹き飛ばした。



 着弾とともに土砂が吹き上がり、その衝撃でウェアウルフの残骸がバラバラとあたりに散らばった。



 粉々になって辺りに散らばるウェアウルフの残骸を嘲笑するチユキの顔には、同情心など欠片も見当たらなかった。



「へぇ~武器生成クラフトウェポンじゃないか、珍しい魔法を使うね君」



 背後から声が聞こえ、チユキは一気に現実に引き戻された。



「ッ!!」



 チユキは勢いよく振り向いた。彼のすぐ後ろに、いつの間にか黒いコートを着た女性が立っていた。



 チユキは目を見開いた。



 ば、バカな!いくら前方に注意が向いてたからってこう易々と背後って取られるもんなのか!?全く気配を感じなかったぞ!



 チユキは跳び退いて女性から距離を開けると、片手に装飾も鍔も無い長剣、もう片手にボウガンを作り出し、警戒心も露に何者かと誰何した。



「な、何者だあんた!」

「ふ~む…」



 チユキの問いに女性は何も返さず、ただ観察するように彼の頭からつま先までじっくりと眺めやった。



「おい何とか言えよこのアマ!」

「ふむ、まだ荒が多いがなかなかいい動きをしている、距離をとるという選択も得体の知れない物に対しての対応としては悪く無い。年は精々成人したばかりか?ふむふむふむふむ」



 チユキが何を言っても、女性はぶつぶつと独り言を呟くだけだった。その上独り言の最中も観察することを止めないものだから、チユキは居心地が悪そうに身じろぎした。



「おい、いい加減に何か言ったら」

「良し決めた!君に稽古をつけてやろう!うん、我ながら良い考えだ」

「は?」



 いい加減焦れてきたチユキはボウガンでも撃ち込んでやろうかと考えていた矢先、予想外の言葉が女性の口から放たれ、チユキは一瞬呆けたように口を開けた。



 しかしすぐにはっとなったチユキは、露骨に顔を顰めて言い返した。



「ふざけたことを抜かしたいのならスラムにでも行って浮浪者共にでも聞かせてやれ!この病気持ちの娼婦め!」

「口の悪さは減点だぞ少年」

「教師のつもりかアバズレ。お前なぞ精々不審者がお似合いだぜ!」

「ま、元気が有り余ってる証拠として今回は見逃してあげよう」



 チユキが何を言っても、女性は肩を竦めるだけで一切気にした素振りを見せず、引くどころか逆にチユキに向かって悠々と歩を進めた。



 コミュニケーションも取れないのかこいつは!



「クソッ…!」



 近づいてくる女性にチユキは毒づくと、躊躇なくボウガンを三連射、その後に間を開けずに踏み込んでから剣を横薙ぎに振るった。



 得体の知れない存在に対し慈悲など不要。何かされる前に先手を打つ。チユキはそれを10年前の体験で学んでいた。



 しかし金属音が3度鳴ったかと思うと、チユキの体は宙を飛んでいた。



 え゛!?



 チユキは訳も分からないまま地面に叩きつけられた。



「全く、急に切りかかってくるなんて随分やんちゃだな」



 ぐらつく頭をどうにか動かし、定まらない視界で声のした方を見ると、女性はすぐそばでいつの間にか手に持っていた剣を弄びながらチユキを見下ろしていた。



 武器生成クラフトウェポン……、いや、剣生成クラフトソードか!



 女性はまだ何事か言っていたが、落下した際に頭でも打ったのか、意識がどんどん遠のいていく感覚があった。



「あまり長居はできないから、教えていこう」



 女性の言葉は消えゆく意識では半分も聞き取れなかったが、非常に不愉快な事を言っているのは何となく理解できた。



 何という事だ!この世界は一体どれだけ最低を更新すれば気が済むんだ?



 意識を失う際、チユキは女性を見上げながら、あらん限りに世界へ罵声を浴びせ続けた。




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