第4話:イルヴァリースの願い。


「しかしたった一人でここまで来るとはなかなかどうして大したものね♪ 魔物は雑魚しか居なかったと思うけれど、まさかたった一人で迷宮の奥から鍵を見つけ出してくるなんて人間にしては凄いわ♪」


 ……迷宮?


「ご、ごめん」

「……? なんで謝るのかしら? 誇っていいわよ。あの大迷宮を一人で……」


「行ってない」


「……ん?」


 金髪キラキラドレスのおねーさんは不思議そうに首を傾げた。


「俺、その迷宮ってやつ知らないんだけど……」

「えっ、秘密の入り口見付けて迷宮を抜けて来たんじゃないの?」


「……崖から落ちちゃって」


「……か、鍵は? 迷宮の奥にある鍵がなきゃ扉は開かないんだけど」


 俺は無言で手に握った針金を見せた。


「……嘘でしょ? え、ほんとに? 確かに特別な魔法で塞いでた訳じゃないけど自力で開けられるような鍵じゃないわよ!?」


 そんな事言われても……針金でちょちょいってやったら開いちゃったんだから仕方ないじゃないか。


「じゃ、じゃあその後の古代文字は? あれはきっちり魔法で塞いでるから賢人クラスの知識がなきゃ開けられないはずよ。……そう、貴方そんな外見だけれど賢者」

「いや、俺は剣士だよ。今はこんな短剣しか持ってないけど」

「……実は高名な学者さんの子供とか」

「いや、俺の両親は普通の農民だし俺が小さい頃に死んじまってるから、一般教育すらまともに受けてねぇや」


 おねーさんは眉をひそめて俺の頭から足先までをじっくり眺めて、言った。


「な、ならなんで古代文字なんて読めたのよ。さすがにこればっかりは偶然でどうにかなる問題じゃ……」

「知らん。なんか読めた」

「知らんって君ねぇ……」


 なんだか質問ばかりだけど、どっちかっていうと怪しいのは俺よりもおねーさんの方だろう。


「待ってくれ、俺の事はいいからおねーさんは何者なんだ? こんなダンジョンの奥で何やってるんだよ」

「何って、ここは私の巣だから居て当然じゃない?」


 ……巣。

 もしかしてこんな綺麗な外見しておいてこいつ魔物か?

 確かに知能が高くて人語を喋る魔物も居る。

 そしてそういう奴は大抵桁違いに強い。


 俺は短剣を握る手に力を込めた。


 ……いや、俺は何をやってる? 人語を喋り、ここまで人体に近い擬態をやってのけるような魔物に俺が一人で勝てる筈がない。

 幸いこいつは会話が出来るから、上手い事言いくるめてこの場を脱出しよう。


「……もしかして君は、私が低俗な魔物か何かだとでも思っているのかしら?」


 口元に指をあてながらニッコリと笑った。

 うっすらと開けられた瞳から、尋常では無い圧力を感じる。


「……降参だ。とても俺に勝てる相手じゃない」


 短剣をその辺に放り棄て、両手を上にあげ降伏宣言。せっかく生き返ったのにこんな所で死ぬわけにはいかない。なんとか取り入って……。


「戦うつもりだったの? 六竜の私と? あははっ♪ 君面白いねぇー?」


 俺の耳がおかしくなったのだろうか。聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がする。


 六竜。


 大古の昔からこの世界を守ってきたと言われる六体のオリジン。もしそれが本当なら伝説上の生物で、俺達が住んでいるダリア王国内には熱狂的な信者がいる聖竜教の神だ。


「ろ、六竜って……マジ?」

「うん♪ 私は六竜が一人、イルヴァリースって言うのよ。君はどうやってここまで来たかいろいろ審議が必要だけど……まぁいいわ。面白そうな人間だし、ここまで来た事には変わりないし。私の財宝あげるからこっち来て」



 もうそこからの俺は借りて来た猫だ。余計な言葉は出来る限り口に出さない。イルヴァリースを刺激しないように、ひっそりと、そう、ひっそりとこの場を後にするのだ。それしか俺の生き残る道は無い。


「はい、ここに有る財宝好きなだけ持っていっていいよ♪」


 イルヴァリースが巣だというそこは、ダンジョンの中だというのにとても広い空間になっており、岩を削り出して作った調度品が沢山あった。不思議な光で照らされていて、部屋全体がぼうっと輝いているようだ。

 どうやら本当にここで生活しているらしい。

 案内されて奥の部屋へ行くと……。


「なっ……、これを、俺に……?」

「うん♪ 好きなだけ持って行っていいよ? 私が持っててもあまり意味が無いしねー」


 金銀財宝の山。その言葉がこんなにも遜色なく適用される光景を俺は見た事が無い。


「本当に、いいのか……?」

「疑い深いなぁ。まぁ、その代わり……」


 来た。来た来た来た財宝の代わりに無理難題を押し付けて結局死ぬやつだ。


「小一時間ほど私の話し相手になってほしいな♪」


「……えっ?」


「こんな所に引きこもってるとさ、外の事が分らないんだよ。食料調達に数年に一度は外へ行くけど、さっと買い物して目立たないようにすぐ帰ってくるし。ねぇ君、外のお話を私に聞かせてくれない?」


 ……断る選択肢が俺には無い。

 怒らせる訳にはいかない。生きてここを出る為に、話し相手になる事にした。


 しかし、彼女が本当に話したかった事は、ただの雑談ではなかった。

 本来ここに来れるような人物ならば直接頼むつもりだったのかもしれない。

 でも俺は一般人だ。だから俺に財宝を掴ませて人を呼ばせるつもりだったのだろう。


「私の娘を助けてほしいの」

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