[SS]No.6 124年ぶりの節分の日に、君から


「はぁ〜っ、疲れたーーっ!」


 肺に溜まった空気を撒き散らすようにそう叫ぶと、ツノを生やした真っ赤な顔を床に置いた。そして我慢できずに、まとめて置いておいた荷物の中からスポドリを取り出し、喉へ一気に流し込む。


「ふぅ……。被り物の中って、思ったより暑いんだね」


 そんな俺の横では、一回り小さな青色の鬼が自身の顔をペタペタと触っていた。


「ほんとマジで暑い……んだけど、何してんの?」


「えと、その……被り物が取れないです……」


「お前なぁ」


 わざとらしく呆れ気味の声を吐きながら、俺はその顔を引っこ抜いた……と同時に、透き通るような黒髪が目の前を舞った。


「あ、ありがと……」


 少し怖めの青鬼の中から現れたのは、小柄であどけない少女。大きな瞳は澄んだ黒色で、もちっとしてそうな頬は赤く染まっている。これで同学年というんだから、見た目なんて本当にあてにならない。


「いや、べつに」


 あまり見たことのない火照った彼女の顔から逃げるように、俺はまたスポドリを喉へと滑らせた。


 俺の名前は、玉木司たまきつかさ

 同学年でクラスメイトの田原七海たはらななみと今いるのは、とある保育園の一室。もちろん忍び込んだのではなく、高校の部活動の一環で来ている。


「それにしても、みんな本当に元気だったね」


「あぁ。くっそ〜チビども、力いっぱい豆投げやがって」


 真横にある鬼の被り物の髪には、いくつも小さな豆が引っかかっていた。


「まぁまぁ、楽しそうだったからいいじゃない」


「それはまぁ……じゃなくて! あとできっちり仕返ししてやる」


「へぇ〜」


 見守るような眼差しで、田原は俺を見つめてきた。ここのところ、本当にこいつは俺のことをなめているような気がする。


 俺はこれまで、地毛の茶髪に生まれつきの細長い目と大きな身体で、結構怖がられてきた。最初はこの田原も漏れなく、いやなんなら一番怖がっていたはずなのだが、どういうわけか、いつからかこんな調子になっていた。


「んだよ?」


 昔憧れた不良ドラマみたいに凄んでみるも、


「べつに〜」


 と、笑っていなされる。本当に意味がわからない。


「ったく。そういや、このあとはなんだっけ?」


 まぁ別に嫌われたいわけでもないので、俺はとりあえず話題を変えることにした。


「んー、えーっとね……」

 

 田原は近くのリュックサックから、きれいに折り畳まれたプリントを取り出した。

 開いていくと、まず目につくのはでかでかと書かれた『地域交流部 節分祭り!』の文字。そしてその下には、下手くそな鬼の絵と、整った字で今日のスケジュールが書かれている。

 ちなみに、鬼の絵を田原にせがまれて描いたのは俺だ。これを見て大爆笑したあの日の田原の顔といったらそれはもう、このヘンテコな鬼の顔に負けず劣らず……


「ねぇ、なんか変なこと考えてない?」


 唐突に、彼女はプリントから目を離して振り返った。


「え? い、いや、なんでも」


 思い出し笑いしそうになっていた顔を、慌てて逸らす。相変わらず、こういう勘だけは鋭い。


「ほんとかなー。まぁ、いいや。えとね、一度お遊戯室に戻って、そこから桃太郎の読み聞かせだね」


「あー、鬼繋がりってか。くだらね」


「……提案したのは玉木くんじゃなかった?」


「……忘れた」


 そういえばそうだった。何くだらないこと提案してんだろ、俺は。


「確か、前に読み聞かせをした時にすごく好評で、また読んで欲しいって頼まれたんだっけ?」


 恥ずかしさのあまり背けた俺の顔を覗き込みながら、彼女はニヤニヤとそんなことを言ってきた。なぜか今日の彼女はちょっとしつこい。ほんと、どうしてそんなことまで覚えているのか。


「あーもうっ! 忘れたって言ってんだろ! ほら、チビども待たせるとうるせーから行くぞ!」


 これ以上追求されると恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだったので、俺は隅の方に被り物を寄せると、持ってきていた紙芝居を取り出そうと荷物に近づいた。


「あ、ちょっと待って!」


 その時。急にグイッと袖を引っ張られた。


「え? なに?」


「えと、ね……」


 俺の袖を離し、今度は何やらモジモジとしている田原。手を後ろに組み、目を右往左往させながら何やらゴニョゴニョ言っている。


「ごめん、何言ってんのか聞こえない」


「その、だから……これっ!」


 ずいっと目の前に出されたのは、水色の小さな箱。可愛らしいピンク色のリボンで結ばれており、誰がどうみても……プレゼント。


「えと、これは……?」


「だ、だから……その……誕生日、プレゼント……です……」


 さっきよりもさらに頬を真っ赤に染め、ギュッと一度目を閉じてから、彼女は真っ直ぐ俺を見た。


「は? え……?」


 俺は訳がわからず、間抜けな声を出すしかなかった。なぜなら……


「あの……俺の誕生日、二月二日なんだけど……」


 今日は節分で……つまり、二月三日……


「うん。だから、今日……でしょ?」


「え?」


「あれ? もしかして……今日は二月三日だと思ってる?」


「え? 違うの?」


 俺が素直に疑問を発すると、彼女の緊張した顔がふっと緩んだ。


「違うよ。今日は二月二日」


「いやでも……今日、節分……」


 この日のために被り物とか準備してきたんだし、事実さっきまで鬼をやってたんだから、それは間違いない。


「うん、そうだよ。今日は、明治以来の、二月二日が節分の日」


「え?」


 うそ?


「もう。顧問の先生も言ってたでしょ? 節分は立春の前日で、今年は二月三日が立春だから節分は二月二日だって」


 プレゼントを持ったまま、彼女は呆れたように短く笑った。


「えーー! じゃあ、昨日家族から祝ってもらえなかったのも⁉︎」


「あ、それで今日はちょっと機嫌が悪かったんだ」


「一日遅れてみんなから祝われたのも⁉︎」


「遅れてなかったってことだね」


「なんでっ⁉︎ なんでみんな知ってんの⁉︎」


「なんではこっちのセリフだよ〜? スマホ持ってるのに」


「うそだーーーっ!」


 溜まっていた勘違いをあれこれと吐き出し、田原はそれをケラケラと笑いながらツッコんでいった。狐につつまれたようとはこのことを言うのか……いや、つままれただったっけか。って、んなことはどうでもいいか。


「はぁ、なんだよー。くっそ恥ずいじゃんか、俺」


「ふふっ。まぁ、いいじゃん。それで……これ、受け取ってくれる?」


 改めて、と彼女は水色のプレゼントを差し出してきた。小さな彼女の両手に乗った、小さな箱。でも、どうしてか。それは俺にはもったいないと思えるくらい大きく感じる。


「お、おう」


 若干変な感じになりながら、俺はそれを受け取った。ジーンと心にくるものがあるのは、多分気のせい。


「ありがと。って、なんで私が言うんだろ」


「た、確かに……。その、ありがとな」


「うん。どういたしまして!」



 満足したように、彼女は大きく頷いた。満面の笑顔を、俺に向けて。



「さっ、行こっ!」



 俺が箱の中を確認する前に、彼女はそう促してきた。まるで、今は開けないでと言っているかのように。



 ――今日が節分で良かった。やっと、渡せた……!



 さっきは聞こえなかったのに。



 こういう時は聞こえる小さなつぶやきに、密かに照れながら。



「おう!」



 俺は元気に、彼女へ笑いかけた。




******************

読んでいただき、ありがとうございます!

今年の節分は124年ぶりに2月2日だそうです。

二人きりになれるこの行事と司の誕生日が重なった、まさに奇跡的な一日の出来事。

まぁ、次は4年後らしいですが……(笑)

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