[SS]No.5 雪に映された告白の前日に


 一月のとある日曜日の午前中。


「くっそー。なんでせっかくの日曜に、朝から雪かきなんてしないといけねーんだよ」


「ぶつぶつ文句言うな。うちは菓子屋なんだから、駐車場や店前は開けとかないと。小遣いやるから、表頼んだぞ」


 そう言うと、父親は鉄製のスコップを肩に担ぎ、店の中へと消えていった。


 昨日の天気予報曰く、十年に一度の寒波が到来したとのこと。昨日の夕方からどんどん吹雪いてきたかと思えば、今日の朝には二十センチ以上も積もっていた。

 俺は早朝から父親に叩き起こされ、絶賛雪かきの真っ最中。幸いにも吹雪は止んで晴れており、さらに雪かきをした面積に応じて小遣いを貰えるというから引き受けたものの、これが想像以上に大変だった。一時間半やって、車一台分がせいぜいだった。


「くっそー。こんなん終わるわけねーじゃんか」


 ひとり愚痴を言いながらも、とりあえず手は動かす。全く進んでないとまた叱られるし、何より小遣いを貰えない可能性もあるからだ。

 ひとまず、店先の小さな駐車場三台分をあけようと目星をつけ、自分を奮い立たせた矢先、


「ヤッホー、春馬!」


 明るい耳馴染みのある声が聞こえた。声のしたほうを向くと、黒いダウンジャケットに身を包み、満面を笑顔を浮かべた高校のクラスメイト兼幼馴染の花咲香織が立っていた。


「え、香織? なんでここに?」


「ふふん。雪かきをしている春馬をからかいに来たの。いや〜精が出ますなぁ」


 またか、と思った。香織には、ことあるごとに俺にちょっかいをかけてきては楽しむという子供っぽい癖がある。クラスでは日常茶飯事だが、わざわざこんな雪の積もった休日にまで来てすることないだろうに。


「うっせーな。菓子屋なんだから仕方ないだろ。親が、家族なら手伝えってうるさいからやってんの」


「ふーん? でも実はお小遣い貰えるからなんでしょ?」


「ぐっ。なんでそれを……」


 さすがは香織。保育園からの付き合いなだけはある。


「春馬がそれだけでやるはずないでしょ」


「うっせー! そんなに言うなら手伝ってくれよ!」


 こっちは猫の手も借りたいくらいだって言うのに。そんなことを思いながら、勢いに任せて俺は叫んだ。


「へぇ〜」


 すると、彼女は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。


「え? なに?」


「雪かきは〜、家族だから、手伝うんでしょ? ……あ。それとも〜。私と家族になりたいってことっ?」


 少し前に屈み、つまるところ上目遣い気味に俺を見つめながら、彼女はそんなことをさらっと口にした。


「な、なななっ⁉︎」


 家族になりたいっ⁉ 何言ってんだ、こいつ⁉ いや、ていうか言ったのは俺か。え? 何言ってんだ俺⁉ そ、それって……プププ、プロポー――


「ぷっ、アハハハッ!」


 俺があたふたしていると、香織が唐突に笑いだした。ほとんど無意識に、「へ?」という間抜けな声が口から漏れる。


「ジョーダンだよ、ジョーダン。春馬、顔赤すぎっ!」


 ジョーダン? じょうだん? ……冗談っ⁉


「こいつ……」


 よくよく考えると、俺は「家族になりたい」などとは一言も言っていない。いやまぁ、三段論法? 的には推測できなくもないが、そんな意味は断じて含んでいない。そう断じて……いやきっと、おそらく! 含んではいないっ!

 俺が自分の心の何かと戦っていると、香織はなぜか満足気な顔で頷き、少し距離を取った。


「本当はね、お母さんからのおつかい。春馬のとこでマドレーヌとシュークリーム、買ってきてって言われたの。あっ、マドレーヌは私のおねだりなんだけどねっ!」


 さっきとは打って変わり、落ち着いた様子でおつかいのくだりを説明したかと思えば、最後はえへへ、と照れた笑みを浮かべた。


「そ、そうなんだ」


 不覚にも、ころころと表情の変わる香織にちょっとだけドキドキしていた。この寒さで頬はほんのりと赤みを帯び、どこか艶っぽい。かと思えば、肩ほどまでの髪を含むように巻かれた白いマフラーや、ピンク色のもこもことした耳当て、同じ色の暖かそうな手袋をつけた香織はかなり可愛くて……。


「ん? どうしたの?」


 急に黙り込んだ俺に、香織は不思議そうに首を傾げた。


「あ、いや、なんでもない! お菓子、買いに来たんだったよな? じゃあ、こっちから入ってくれ」


 やばい。本気で見惚れてた。


 香織を案内すると、俺は顔が赤くなっているのがバレないように、雪かきを再開した。じゃないと、また変なことを口走ってしまいそうだったから。


「あ、春馬。言い忘れてたんだけど」


「なに?」


 努めて顔を見せないよう、ほとんど目線だけ香織の方へ向けた。


「多分忘れてると思うから言うけど、明日私たち、学校の雪かき当番だからね?」


「あ」


 そうだった。完全に忘れてた。


「ほら~もう。やっぱり忘れてたんだ」


「うそだろー! え? てことは、二日連続で雪かき?」


「んー、そうなるね~」


「マ、マジか……」


 俺たちの通う高校は先生も生徒も人数が少なく、冬に雪が降った時は各クラスから二名雪かき当番を出すことになっていた。ほとんど雪の降らない地域なのでまさか当たることはないだろうと思っていたが、よりにもよってこんな大雪の時に……。


「まぁまぁ。さっき回ってきた連絡網じゃ少し人も増やすみたいだし、それにいいじゃん、雪かき!」


「良くねーよ。俺は今からこの大量の雪をどかさないといけないんだぞ? それを明日も……」


「もう。ほんと、そうでもないんだよ?」


 がっくりとうなだれる俺に近づくと、香織は近くの除雪をして薄くなった雪をかき分けた。


「なにしてんの?」


「ほら、見て!」


 彼女が指差した先には、緑色の小さな植物が雪の隙間から顔を出していた。何枚も重なった葉は縞模様の筋が入ったハート型をしており、所々には白っぽい斑点がある。


「なに? これ?」


「ユキノシタっていう植物だよ」


「え? ユキノシタ?」


「そ。誰かさんの名字と似てるね」


 俺の名字は「雪下」だ。まさに、一文字違い。


「でも、なんで……」


「ユキノシタ自体はどこにでも生えてる草なんだけどね、春先から夏にかけて綺麗で小さな花を咲かせるんだ。そして、冬の間はこうしてひっそりと耐えてるの。なんか、良くない? 積もった雪の下で頑張ってる小さな植物ってさ」


 優しく愛でるように、彼女はそっとユキノシタを撫でた。どことなくむずがゆく感じるのは、きっと気のせい。


「……えっと、ダジャレ?」


 気恥ずかしさを隠すように、思わずそんな言葉を俺は投げかけた。


 そして案の定……


「……もう! 情緒のわからない鈍感さんには早かったようですね! まぁでも、良かったじゃん。念願叶って、明日私と雪かきができてっ!」


 ちょっとだけ不機嫌そうに、少しだけ恥ずかしそうに、とっても嬉しそうに、彼女はそう叫んだ。


「んなんじゃねーしっ!」


 でも。やっぱり思春期の俺にとってはまだまだ恥ずかしくて、つい強い口調でそんなことを言ってしまうけれど。


「アハハハッ!」


 香織は逃げるように店の扉を開け、中に入っていった。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら、ほっと息をつく。

 さっきまでのイライラとした気持ちは、嘘のように消えていた。

 そして入れ替わるように、新たな気持ちが満ちている。幼馴染にとっては、かき分けないと気づかない、このユキノシタのような、そんな気持ち。


「明日、頑張ってみるか」


 誰に言うでもなく、小さな強い決意を口の中で転がした。




******************


今日、雪かきをしていて降ってきた物語です。

ユキノシタの花言葉は、「恋心」。

この物語はここで終わりですが、さてさて。どうなることやら(笑)


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