2.

「うおっしゃあ、ボス倒したっ!

 はあっ、はあっ・・・」

『フィットネスアベンジャー』のボス戦はキツい。テレビゲームでありながら全身のセンサーをフル活用して戦うのだ。

1週間でゲーム自体はかなりやり込んだが、体重の減少は気のせいレベル。汗だくのマサルがお腹のぜい肉をつかむと、その存在感は特に変わりがなかった。

真のラスボスはこいつだ。


「ゲームだけでは倒せないというワケだな」

次なる敵は食生活である。

油モノを控え、間食を止め、ラーメンという名前は記憶から消した。

1日の楽しみであるハズの晩ごはんが野菜中心の食事になるなど、かつての自分に想像できただろうか。

すでに以前のマサルはここにはいないのだ。






「ビクトリィィィ!!!」

「はぁっはぁっはぁっ

 疲れた・・・」

ゲームのトレーニングがひと段落したところで晩ごはんの時間となった。運動は食後よりも血糖値の低い食前がよい、らしいのだ。

全身にゲームのセンサーを取り付けたまま、冷蔵庫の麦茶をガブ飲みし、買っておいた晩ごはんを取り出した。

サラダに豆腐、そしてサラダチキンだ。ラーメンなどという伝説の架空の食べ物はここにはないのである。


「ふーん、火球ねぇ」

夜のニュース番組を見ながらヘルシーごはんを食べるマサルは、テレワークが始まる前の生活を思い出していた。

「こんな晩メシも、もう1ヶ月くらい続けてるのか」

箸でつまんだサラダチキンをぷらぷらさせて、ため息をついた。

「ラーメン、ハンバーグ、ピザ・・・」

自分の意志とは無関係にこぼれ出る過去の記憶。

マサルは目の前のサラダからプチトマトを探してパクリと口に放り込んだ。ピザに一番近いといえば近い。





「ピキピキピキ・・・・・!」


突如テレビの上空に光が現れた。

六角形の光が分裂を繰り返し、増殖とともにちいさい粒になっていく。

やがて、テレビゲームのドット絵で描かれた銀色のネコのようなキャラクターが浮かび上がった。

「やあ、マサルくん」

開いたままのマサルの口からプチトマトがコロリと転げ落ちた。


「ボクと契約して光の戦士になってほしい」

「え?

 なんでオレが? 」

「キミの太り方はまさに理想的な戦士そのものだ」




「太り方?」

初対面の相手になかなかの切り込んだ発言であるが、この状況は初対面どころか、人類初、未知との遭遇レベルであろう。細かいことは、まあいい。


「いや、まず。あんた何者? 」

「ボクかい? ボクは地球の保護活動を行っているビムラーだ。ツートットに概念があって、インスタンスのひとつを地球に投下したんだ。だから今キミが見ているボクは、遠くアルフィニアテルラの思考体と同じものだよ」

ダメだ、情報が多すぎて頭に入ってこない。

「ビ、ビムラー? 」

「そう呼んでもらって構わないよ」

「地球に何か落としたって? 」

「ああ、昨日の夜に地球にインスタンスを投下したんだ。ここから30万センチメートルくらいのところだ」

「昨日の夜・・・!?

 もしかしてあの火球のニュースって・・・」

突然テレビの上に現れた何者かは宇宙から飛来した流れ星と関係があるようだ。

「昨日インスタンスを見たのか?

 では、8日ほど前に地球に落ちたインスタンスは見ていないか? 」

「あー、ニュースになってたな。それもキミのインスタなのか? 」

「いや、あれはズィーガッガのものだ。まったく厄介なことをしてくれるよ」

「厄介? 」

「彼らは地球人の思考を収集してそれを母星に持ち帰ろうとしている」

「思考を持ち帰るって・・・」

銀ネコの話は謎ワードが多すぎる。いちいち聞いていたら、何日かかるかわからない。

「つまり、そのズィーなんとかは悪いやつってことね? 」

「キミたち地球人にとっては間違いなくそうだ」

「で、キミはそいつを追って地球に来た、と」

「いや、僕が投下したインスタンスは共用拡散体でアルフィニアテルラの思考体とリンクしているだけだ」

話を単純にしようとしたが、失敗だった。

「うーん、結局悪いやつが地球に来たってことね。

 で、キミがそれを何とかしてくれる、ってことかな」

「いや、今キミが見てるボクは単なる遠像体に過ぎない。

だからボクと共闘契約を結んで、戦士としてキミにズィーガッガを排除してもらいたいんだ」

「ズィーなんとかは悪いやつだったよな。

 それを排除・・・

 戦士? オレが?

 な、なんでまたオレが? 」

「キミが多量のエネルギーを保持しているからだ。インスタンスの周囲100万センチメートルを検索した結果、キミの太り方がもっとも理想的だったんだ」

えーと、100万センチって・・・っていうか、

「この辺でオレが一番太ってるから指名されたってこと?」

「ああ、まったく素晴らしいよ」


素晴らしいと言われて悪い気はしないが、No.1 デブだと宣言されてしまった。ショックだが、まあ自覚はあった。だからこそラーメンをサラダに変えて全身にゲーム機のセンサーを装着しているのだ。

「デブは戦士に向いてないぞ。

 痩せたらまた来てくれ」

「そんなことはない。光の戦士は多量のエネルギーを持つものでないと務まらない。

 キミこそがもっとも光の戦士に向いているんだ」

「戦士はなんとなくわかるけど、エネルギーとか光とかってのがちょっと・・・」

「ズィーガッガの伝搬体を見つけて消去光を浴びせるんだ。消去光を生成するためには本体から多くのエネルギーを吸収しなければならない。

 キミが全身に蓄えている多量のエネルギーが必要なんだ」


だいたいの話の流れはつかめてきた。マサルのぜい肉が武器になるということだ。

あと気になるキーワードはひとつ。

「いま吸収って言ったよね?」

「ああ、エネルギーを吸収して消去光として放出するんだ」

「この脂肪は?」

マサルは下腹のお肉をぎゅっとつまんで見せた。

「残念だが、放出した分だけ消滅してしまうだろう」




「わかった!

 地球の平和を守るため、そのズィーなんとか

 退治してやろうじゃないか!!」






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