ボクは光の戦士、太ります

鈴木KAZ

1.

「昨夜11時頃、関東上空で火球と見られる非常に明るい流れ星が観測されました。

写真は練馬区のアマチュア天文家が撮影したもので、同地域では8日前にも同様の火球が観測されており…」


「ふーん、火球ねぇ」

武田マサルは夜のニュース番組を見ながら遅めの夕食をとっていた。

「練馬区っていうと、この近くだな。

 昨日の夜11時・・・。会社帰りに見れてたかもしれないなぁ」

残業で会社を出るのが夜の10時過ぎ。最寄り駅から自宅まで夜空を見上げながら歩くのがだいたい夜の11時くらい。これがマサルの日常であったが、今はそうではなかった。

新型ウィルス感染の危険を避けるため、会社通勤をしない、いわゆるテレワーク生活が始まってもう何ヶ月経っただろうか。


「すっかり夜空なんて見なくなったなぁ」

ドレッシング少なめのサラダを口に運びながら、生活様式の変わりようを振り返る。

暮らしの変化は通勤だけではなかった。

「こんな晩メシも、もう1ヶ月くらい続けてるのか」

マサルが箸でつまみ上げたのはサラダチキンだ。こんなパックされたとり肉がコンビニに置いてあるなんて、以前は気が付くこともなかった。


「再びラーメンが食える日が訪れるのだろうか・・・」



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テレワーク生活が日常になり始めた頃、夕食のラーメンを平らげたマサルはある数値を真剣に見つめていた。

「94kg」

会社通勤をしていた頃は90kg前後だった体重が今や90kg台後半が見え始めている。

「あっという間に5kgか・・・

 やばいな」

このままでは100kg超えも夢ではない。0.1トン、まさに悪夢だ。


自宅から最寄り駅まで毎日徒歩で往復していた頃はそれなりのカロリーが消費されていただろう。テレワーク生活ではそれがそのまま蓄積していくのだ。

体脂肪率が50%を超えたら、脂肪がメインで人間がおまけでついていることになってしまう。これは人が人であるための最後のラインなのだ。



「筋肉は裏切らない。・・・か」

自宅でできるエクササイズ。最近テレビでやたらと目にするような気がするのはマサルが追い詰められているせいであろうか。

ためしにうつぶせになり、重たい体をもち上げてみる。

「キ、キツい・・・」

日頃から重い身体を支えるため、足腰はそれなりに強化されているが、人並み以下の上半身にとっては罰ゲーム以外の何ものでもなかった。

「はぁっ、はぁっ、ぐぬぬぬ・・・」

折れそうなメンタルを支えるのはイマジネーションの力だ。

こないだ見たカンフー映画がよみがえる。

「師匠の・・・仇・・・

 ぐぎぎぎ・・・・

 バタっ」

地球の重力に負けたメンタルはポッキリ折れた。

そもそも映画で殺されたカンフーの師匠には特に思い入れもなかったのだ。


ぐったりと横たわるマサルの目が あるテレビCMを捉えていた。

「『フィットネスアベンジャー』・・・だと?」





「『フィットネスアベンジャー』を3ヶ月続けたら腹筋割れちゃいました」

マサルの知らぬ間に、筋トレができるゲームソフトが巷を賑わせていた。ネットで調べると、成功報告が次から次へと出てくるのだ。

「これだよ、これ!」

元からゲーム好きのマサルにはもってこいだ。カンフーの師匠が死ぬ必要もない。

「よーし、さっそくポチっと・・・

 ん? なんだこの値段?」

『フィットネスアベンジャー』はその人気ゆえに品薄状態が続いており、それを買い占めて法外な値段をつけて売ろうという不届き者が後を絶たなかった。いわゆる転売屋である。

不当な値段で買いたくはないが、普通の値段で買える頃にはマサルは肉だるまになってしまう。四の五の言ってられないのだ。




「覚悟完了!」

数日後、ゲーム機の前で全身にセンサーデバイスを装着したマサルは遠くを見つめていた。

「そして、あいつら全員ぶっ殺す!」

定価の数倍で手に入れたゲームによって、マサルの全身は凶器と化すのだ。当然最初の犠牲者はこのゲームの値段を釣り上げた奴ら自身である。皮肉なものだ。

マサルの目にはよくわからない復讐の炎が燃え上がっていた。


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