第32話 僕の動揺

 あの後、瑞樹とチャンさんはお泊まりの準備をするために一度家に戻った。といっても隣なんだけどね。瑞樹は本気で家に泊まるつもりらしい。まあ、奈菜の部屋で一緒に寝させれば問題ないだろう。


「優弥、お風呂でギブス濡らさないようにビニールカバー持ってきたよ」

 先程の食事で疲れ果てたため、リビングで休んでいると、奈菜がお風呂に入るために必要なビニールカバーを持ってきてくれた。先日ネットで注文しておいた品だ。これがないとお風呂に入れない。

「ありがとう、助かるよ」

「もう準備できてるけど、入る?」

「そうだね、疲れたから先に入って、寝ることにするよ」

「了解。準備するね」

 ん。準備? お風呂は沸いているのでは?

「はい、着替え」

「いつものと違うね」

「これ、マジックテープになってるから着替えやすいと思って買っておいたんだ」

 おお。これだったら片手でも着れそう。

「ありがとう。これだったら自分で着れそうだよ」

「本当は手伝いたいんだけど、嫌がると思って」

 まさにそのとおり、同級生に脱がせてもらうのは抵抗がありすぎる。

「ご理解いただきありがとうございます。その通りです。では早速一番風呂を頂いてきます」

「ふふ。何なのそれ。久々のお風呂だもんね。ごゆっくりー」


「あ”あ”ー」

 効くー。久々の風呂なのでシャワーで済まさずにきちんと浸かっている。体を洗う前に浸かってしまったが、奈菜が使う前に湯をはり直すので勘弁して欲しい。

「やっぱり風呂は気持ちいいな。たまには温泉にも行ってみたいな。露天風呂ってどんな感じなんだろうか」

 僕は祖父母がいたとはいえ、片親だったので、旅行というものに行ったことが無い。小中の修学旅行も同室で他人と寝るというのが当時はどうしても我慢できなかったので行かなかった。今思えば行っておけば良かったと思い後悔している。奈菜と一緒に暮らしているお蔭で、他人と行動するという事に全く抵抗が無くなってしまったのだ。


 ピンポーン


「瑞樹が来たのかな」

 玄関から瑞樹と奈菜の話し声が聞こえるので間違いなさそうだ。二人も仲良くなってきたみたいだから一安心。殴り合っていた時はびっくりしたけど、あれで仲良くなったらしい。一昔前の男みたいな友情の深め方だ。

 あれ、二人が洗面所に来たぞ、何事だ。ん、洗面所でごそごそしているけど何をしている。


 バーン。浴室のドアが勢いよく開いた。

「一番風呂貰い――って、キャーーーーー。なんで優弥が入っているのよ」

「……」

 水着を着てそのセリフはわざとらし過ぎるぞ、瑞樹よ。

「どうしてそんなに冷静なのよ。同級生の女の子の水着姿なのよ」

 そうだね。入ってくるだろうなって予想できたからね。身構えていたから冷静に反応できたよ。瑞樹は水着は確かタンキニっていう種類だったかな。比較的布面積も多いからね。耐えられたさ。

「ちょっと、瑞樹まってよ。何なのよこの水着は」

「ぶっっ」

 次に入ってきた奈菜をみて吹いてしまった。

 なんでヒモビキニなんだよ。

 瑞樹も無いわけじゃないんだよ。標準的に小さくはないくらいはあると思うんだよ。でも奈菜のを見ちゃうとねえ。

「何、その反応の違い……」

 いや、これは仕方ないと思います。布面積なさすぎです。ある意味裸よりエロいと思います。

「ち、違うんだよ。これは瑞樹が準備した水着で、私が選んだんじゃなくて――いやー、そんなに見ないでー」

 見ないでって、君たちが勝手に入ってきたんだけど。

「だったら出てってくれない?」

「だって、背中洗えないでしょ。洗ったげようと思って」

「ほら優弥、私達が洗ってあげるから早く出て、ここに座って」

 そういって、僕を左腕をとって湯船から引っ張り出そうとする。でも待って欲しい。今はやんごとなき理由があって湯船から出られないんだ。

「いや、遠慮するから出ていってくれないかな」

「彼女に遠慮はいらないの」

「そうよ、私と優弥の仲じゃない。いつも一緒に寝てたんだから遠慮なんて要らないわ」

 そんな事実は一緒に寝てない。僕はいつもマッサージ中に寝てしまうだけだ。その後、奈菜が何処で寝ているかなんて知らないぞ。

「なぁな。あんた、それは協定違反じゃないの?」

「あははは。気の所為だったわ。私はちゃんと自分の部屋で寝てましたよ」

「白々しいのよ。この巨乳おばけ」

 瑞樹が奈菜の巨大なアレを叩いた。その拍子に奈菜の水着がズレた。

「ひゃん」

 胸を両手で隠してしゃがみ込む。

「あっ、ごめん」

 瑞樹もワザとでは無かったのだろう。直ぐに誤っていた。

「見た?」

 奈菜がこちらに向かって恨みがましい目をして聞いてきた。こういった時にどう回答するのが正解なのだろうか。

「見てないよ」

 僕はベタな嘘をついた。本当は全てばっちり見えていた。だが素直に見たといったとしたら後が怖い。記憶を失うまで殴られる可能性がある。それは恐ろしすぎる。

 そもそも、僕は全く悪くないと思うんだ。何で僕が怒られないといけないのだろうか。そういうものなのだろうか?


 あれ、何だかふわふわしてきたぞ。駄目だ。これは湯あたりだ。早く出ないと――

「ゆ、優弥。どうしたの!」

「瑞樹、湯あたりだわ。早くお風呂から出して体を冷まさないと。手伝って」

 菜奈と瑞樹が湯船でぐったりしている僕を助け出そうとしている声が朧げに聞こえていたが、やがて何も聞こえなくなり、僕の意識は途絶えた。


「うっ」

「あっ、まだ動いちゃ駄目だよ」

 目が覚めると若干の頭痛がしたが、気持ち悪いとかは無かった。熱い風呂から上がれなくなった事で湯あたりしたのだろう。

 そして、その事を思い出した僕の血の気が一気に引いた。

「見た?」

 うちわで扇いでくれている奈菜に聞くと、奈菜の顔が真っ赤になった。どうやら見られたらしい。奈菜が見たという事は一緒にいた瑞樹にも見られたという事だ。

 は、恥ずかしい。よりにもよってあの状態の時を見られるなんて。

 く、殺せ。殺してくれ。くっころさんになるくらい恥ずかしい。

 そして、奈菜から介錯の一言が呟かれた。

「お父さんのより、おっきかったよ」

 止めてーーーー。

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