第31話 僕の退院

 あれから2週間後、僕はやっと退院し、自宅に戻ってきた。あれからもの凄く大変だった。


 目覚めたら、奈菜と瑞樹が喧嘩をしていた。舌戦の様な喧嘩ではなく、ガチの殴り合いの喧嘩だった。奈菜は当然本気をだして無かったが殴られたら同じくらいの力で殴り返していた。

 とりあえず喧嘩を止めて、理由を聞くが二人共絶対に教えてくれなかった。

 そして、泊まり込むという奈菜と瑞樹を何とか説得して家に帰らせた。と思ったら、翌日も朝一から二人揃って病院に来た。

「二人共学校に行きなさい」

「「いや(よ)」」 

 えー。学生なんだから学校行きなよ。

「学校に行かないんだったら病院に言って立入禁止にして貰うよ」

「「いってきまーす」」

 はあ、困った子達だ。


 そして放課後になると二人揃ってやってくるのだ。面会時間が終わるぎりぎりまで毎日来てくれた。にぎやかな入院生活だった。

 そしてお見舞いに来てくれるのはこの二人だけでなく、クラスメイトも頻繁にお見舞いに来てくれた。前の入院生活では一人として来てくれなかったのに、今回は週末の土日にたくさんの人が来てくれた。退院したらお礼をしないといけないと思う。

 入院生活中はゆっくりとラノベを読むことができた。色々あったが良い休暇になった様な気がする。


 そして退院して家に帰ってきた今はもっと困っている。

「ねえ、疲れない?」

「全然」

 奈菜が僕の左腕に組み付いて離れてくれない。家についてからずっとだ。あの日依頼、奈菜が僕にぴったりと貼り付いてくる。人がいるとそんな事は無いのだが、二人の時はずっとこんな感じだ。トイレまで付いてこようとするので大変だ。

「トイレ行くだけだから」

「ズボン脱ぐの大変でしょ。脱がしてあげるから」

 いやいやいや。それくらい左手でも出来るから。何処の世界にトイレの度に同級生の美女にズボンを下ろしてもらう男がいるのか。

 こんな感じなのだ。奈菜に一体何があったのか。完全に僕に依存してしまっている。

「私が邪魔なの?」

 そんなに潤んだ瞳で聞かれたら邪魔だなんて言えない。

「邪魔じゃないよ」

 僕の左腕を抱きしめる力が強くなった。こっちも折れるんじゃないか。それくらいギュッとされた。

「私をこんなにしたのは優弥なんだから。もう離れないんだからね」

 好きな子にこんな事を言ってもらえて嬉しいんだけど、ここまでベタベタされるのも耐性の無い僕には少し困る。

「御飯作るからどっか行っちゃ駄目だよ」

「う、うん」

 困ったぞ。こんなにべったりされたら自分の時間が取れない。ただでさえ2週間入院していたらから、処理できていないのに。


「うわっ。すごいごちそう」

「今日は優弥の退院祝いだからね」

「でも何だか統一性のないメニューね」

 瑞樹が今日のメニューを見てそんな感想を漏らす。

 確かに、カキフライにペペロンチーノ、鰻の蒲焼き他にも数点。確かにバラバラのメニューだ。いつも栄養バランスに気を使っている奈菜にしては珍しい組み合わせだ。

「お嬢様、こちらは精力増進メニューでございますね」

 せ、精力増進。チャンさんの指摘を聞き、瑞樹が奈菜を睨みつける。

「なぁな。優弥にこんなの食べさせてどうするつもりなの」

「やーね、瑞樹ったら何もないわよ。只のお祝いメニューよ」

「あからさまな事しといて何にも無いわけ無いでしょ。ちょっとこっち来なさい」

 瑞樹が奈菜を連れて別室へ行ってしまった。

「南雲様も大変ですね」

 チャンさんが同情の視線を送ってくる。

 ホントにそうですね。

「ですが、お嬢様が最近楽しそうなのを見られて私は嬉しゅうございます」

「そうなんですか? 瑞樹は学校でも人気者で毎日にこやかに登校してましたけど」

「それは演技でございます。お嬢様はご両親に大切に育てられましたが、そのせいでお友達と呼べる対等な関係の方はずっといらっしゃいませんでした」

 そうか、お嬢様だもんな。皆一歩引いて対応しちゃうよな。

「それが今では南雲様も七瀬様もお嬢様を水瀬家の者ではなく、瑞樹様個人として見てくださりお付き合いして頂いております」

 そうだね。瑞樹がぐいぐいと来るから恐縮するどころの話じゃないからね。僕達のおかげじゃなくて、瑞樹が自分からそうなるように行動できているだけなんじゃないかな。

「楽しそうなお嬢様が見られて、じいは嬉しゅうございます」

 いや、チャンさんまだ30代じゃん。この人、何言ってるの。

「まあ、冗談はさておきまして、お嬢様に手を出されるなら結婚までをしっかりと考えてからお願いいたしますね。あと、避妊はしっかりとお願いいたします」

 いや、本当に何を言い出すんだこの人。


「優弥、今晩私ここに泊まるから」

 奈菜を連れて行ったと思ったら、瑞樹がとんでもない事を言い出した。

「南雲様、先程の件よろしくお願いしますね」

 なるほど、こうなることが分かっていたのか。凄いな執事。


「さあ、冷める前に早く食べましょ。優弥はここに座ってね」

「あの、奈菜さんや。なんか席のバランスおかしくない?」

 テーブルの向こうにはチャンさんが一人。対してこちらには真ん中に僕。右隣に瑞樹、左隣に奈菜。おかしいよね。

「これがベスト配置だと思いますよ。南雲様」

 そうでしょうか、チャンさん。

「奈菜、僕の箸が無いんだけど」

「要らないでしょ、右手使えないんだから。そのためにこの配置なんだから」

 えっと、どういう事でしょうか?

「優弥、カキフライどうぞ。はい、あーん」

 瑞樹がカキフライを食べさてくれ様としているが、同級生にあーんされるとか、かなり恥ずかしい。

「優弥はカキフライより蒲焼きの方が好きよね。はい、あーん」

 やばい、さっさとカキフライ食べとけばよかった。この状態だとどっちを先に食べればいいのか分からない。チャンさん助けてと視線を送る。チャンさんは分かったとばかりに目をキランと光らせた。

「お嬢様、南雲様は箸ではなく口移しをご所望なのではないでしょうか」

 ちがーーーーう。この人何言ってくれてんの。

「瑞樹、違うから。どっちから食べようか悩んでただけだから。奈菜も違うからな、もぐもぐするんじゃなーい」


 つ、疲れた。食事を食べるだけで、こんなに疲れたのは初めてだ。摂取したカロリーよりも消費した分の方が多いのではなかろうか。

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