第24話 僕の不穏な放課後
「ねえ、何処に向かってるの?」
放課後、奈菜と一緒に遠回りして帰っている。が奈菜はどんどんと自宅とは真逆の方向へ進んでいる。かれこれ30分以上歩いているので、かなり遠出していると言ってもいいだろう。
「私の第2の家よ」
は? 全く意味が分からない。第2の家って、前に住んでいたアパートの事かな? それとも例の叔母さんの家かな? どっちも今さら奈菜が近づくとは思えないのだが……。
なるほど、家とはここの事か。
商店街の中ほどにある、適度に新しいネット喫茶。恐らく家出した奈菜が通っていた内の一つだろう。
「どうしてここに?」
「読みかけの漫画あって、新刊が出たみたいだからね」
何気にネット喫茶は初めて利用するので、あまり気は進まないが、奈菜を残して一人で先に帰るのも悪いので、入店を了承する。
僕も漫画でも読んで時間を潰そう。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると受付には男性店員の姿があった。
奈菜は会員登録済みだったので問題なかったが、僕は初めての利用だったので、まず会員登録からしなければならず、ここで10分ほど時間を取られてしまったが、無事登録できた。
「本日はどのお席をご希望でしょうか」
受付にあるモニタには席の配置や空いている席などが表示されていた。いろいろなタイプの席があるので、どれがいいのか全く分からない。
「優弥、ソファに座るのと、フラットな所で座椅子に座ったり、寝転んだりできるのとどっちがいい?」
「ソファの方が楽だね」
フラットな所に座ると立ち上がるのに苦労するからね。椅子とかに座る方が楽でいい。
「じゃあ、カップルシートのソファタイプの部屋、3時間パックでお願いします」
カ、カ、カップルシート! 何、その卑猥な感じのシートは。まさかそれに僕達が座るの?
店員から部屋の案内を受け、奈菜がそちらに歩いて行くので僕もついて行く。内心ドキドキが止まらない。カップルという言葉にどうしようもなく反応してしまっている自分がいる。
落ち着け僕。奈菜は料金が安いからそれを選んだだけだ。別に僕達はカップルじゃない。落ち着くんだ。
「ここね」
そう言いながら安い作りのスライド扉をカラカラと開き、中に入っていく。
僕も中に入るが、ソファの小ささに驚く。まさかこれに座るの!
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
「飲み物と本取ってくるわね。優弥はコーヒーでいい?」
「え、ああ。うん」
慣れた様子で動く奈菜に圧倒されるばかりである。
どうすれば良いか分からないので突っ立っていると、奈菜が戻ってきた。
「何してるの? 狭いんだから詰めて座ってよ」
「ああ、ごめん」
奈菜に急かされてソファに腰掛ける。安物の皮のソファなので、座るとギュッと音が鳴った。
「よっこらしょっと」
お年寄りの様な声を出しながら奈菜が僕の横に座る。
ち、近い。肩がぴったりと触れている。別に電車とかで座る時と距離的にはあまり変わらないのだが、個室という他とは隔絶された空間、しかも二人っきりという状況で女の子、しかも奈菜の様な美少女とこの距離というのは僕の様な陰キャには経験が無いものなので、緊張してしまう。
僕のそんな状況を見抜いたのか、奈菜に言われてしまった。
「まさか緊張してんの? 毎日一緒にいるのに?」
そう言われて気がついた。そう言えばそうだ。毎晩マッサージして貰っている時の方がよっぽど密着した状態だ。今なんてただ横に座っているだけじゃないか。僕は一体どうして緊張していたのだろうか。
そのことに気がついたら、なんだか拍子抜けし、緊張が解けた。
「違う、違う。緊張じゃなくて、こういった所に初めて来たから、いろいろ興味があって、例えばあれは何なの?」
僕はとっさに嘘をついた。緊張していたことがばれるのが恥ずかしかったからだ。そして僕が指した所にはダイヤルの付いた金庫の様な物があった。
「これ? 見たままの金庫よ」
「金庫があるの? 何で?」
「何でって貴重品を入れておくためよ。トイレ行ったり漫画選びに行くたびに財布とか持っていくの面倒でしょ。だからここに入れておくのよ」
へー。色々と考えられてるんだな。さっきちらっと見たけど飲み物もたくさん種類があったし、漫画もたくさんあった。確かにここなら一日中過ごせるな。
「奈菜は何の漫画読んでるの」
奈菜がどんな漫画を読んでいるのか気になって聞いてみた。
「ん。これだけど」
奈菜が見せてくれたその表紙には普段は平凡な17歳の高校生だが、地下闘技場では無敗のチャンピオンとして君臨する主人公が様々な格闘家と戦う長編バトル漫画だった。特に巨大化したカマキリと想像上で戦うシーンが有名な作品だった。到底女子高生が読むような作品じゃない。
奈菜は次は地上最強生物を目指しているのかな。蹴り技がきたら僕は耐えられないよ。
「面白いの?」
「面白さを求めて読んでないから。あくまで実用性重視だから」
「……」
やっぱり、最強を目指している様だ。
「これ読んどけば、大体の奴に囲まれても叩きのめせるでしょ」
まさか、僕の為に……。
「楽しみね。ボコボコにしてあげるわ」
単に喧嘩好きなだけかもしれない……。
そして、小一時間ほど経った頃、隣の個室から如何わしい声が聞こえてきた。まさか、こんな薄い壁というか板で仕切られているだけの空間でやっているのか。声を我慢している様だが、時々我慢できなかったのか聞こえてくる。奈菜の方を横目でちらっと見ると、漫画に集中している様に見せているが、耳が真っ赤になっているので、気がついているのだろう。
家でやれと言ってやりたいが真っ最中の人たちに声をかける勇気は無い。そこで壁をドンと叩いてみた。
隣に人がいるんだぞという事を知らしめてあげる事で行為を控えるかと思ったのだが、一向に止める気配は無い。とんだ奴らが隣に来たもんだ。
精神衛生上よろしくないため、奈菜と一緒に帰る事にした。奈菜も読みたい漫画は読み終わったらしいので、異論は無かった。帰り際に店員さんに隣の状況をお知らせすると丁寧にお詫びされ、席を変えましょうかと提案されたが丁重にお断りすると、次回の半額割引券をくれた。また、暇な時に来るのもいいだろう。
それにしても世間に豪胆な人もいるんだな。恥ずかしくないのだろうか。僕には絶対に真似できないよ。まあ、そもそもモテないから無理な話なんだけど。
その後は二人で牛丼屋によって、僕は牛丼並盛、奈菜は特盛ダクダグのお新香セットを頼んで食べて帰った。何気に菜奈と初めての外食だった。
よくよく考えてみると、これって放課後デートみたいなだなと思ったが口には出さなかった。拳が飛んでくる未来が見えたからだ。
心配していた待ち伏せなどは無く、無事に家についた。
そして家について気がついた。
牛丼屋、割り勘だったな。解せぬ。
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