第32話 エリザベス

 話は遡ること10年、俺が冒険者デビューした際に両親の故郷に挨拶へ行ったときのことだ。


 ライアンとレイラ夫妻が、孤児院時代にお世話になっていたロブ、彼の孫娘に初めて会った。

 孫娘の名はエリザベスで、その母エラはレイラの魔術指導を唯一理解できた人物であり、唯一の弟子である。

 エリザベス――リズ――は、大事な弟子の子であっため、レイラは特別に魔術指導をしてあげることに。


 そこでレイラは驚く。

 レイラは完全ではないが、人の持つ魔力タンクの総量がなんとなく分かる。

 そしてリズから、未だかつててない程の魔力タンクの許容量を感じたのだ。


 そのリズは、珍しいアルビノだった。

 アルビノは体毛や皮膚が異常に白く、瞳孔は毛細血管の透過により紅い色になる非常に珍しい体質で、日光を浴びると皮膚が赤くなったりただれてしまう、一種の欠陥を抱えた存在だ。

 元々出生数が少なく、通常はあまり長生きできないので、一般的にはあまり知られていない。

 だがリズは、本能的なものなのだろう、大量の魔力を使って自己防衛していたようで、アルビノでも通常の人と同じ生活ができていたのだろう、そうレイラは推測していた。


 しかしリズは、自己防衛に魔力を使ってしまっている所為せいで、魔力を魔術に使うことが適わない。

 リズは魔術師に憧れていたらしいが、残念ながらそれは無理だとレイラは悟る。

 それでもリズには可能性があった。

 巨大な魔力タンクを持つリズだが、彼女は魔力以上に聖力保有量の方が遥かに多かったのだ。

 比率で言えば、魔力が1割で聖力が9割。

 だが魔力タンクが大きい故に、1割しかない魔力が魔導師並の保有量だった。


 しかし聖力は、魔力と違って攻撃的な術は使えない。

 一方で、回復に関しては滅法相性が良く、防御や補助といった部分でもかなり役に立つ術が多くある。

 攻撃的な術を使う魔術師を目指していたリズからすると、防衛主体になることは望む姿ではないかもしれないが、彼女は多くの者を救える力を秘めていた。

 だからレイラは、リズに魔術師になるのは厳しいが、多くの者を守れる力があることを伝える。

 その上で障壁を教えることにした。

 まずは、リズが自分自身を守れるようにしたかったからだ。

 というのも、リズの聖力量はあまりにも多過ぎるため、教会に知られると確実に聖女候補として連れて行かれる、レイラはそれを危惧した。


 そのことはリズの母であるエラに伝え、まずは障壁を完全に使えるようになるまで反復練習させ、それらのことは他言しないようにと言い含める。

 更にレイラは、3年くらい――リズが10歳くらいで障壁が身に付くと予想し、そのときになってリズがレイラに弟子入りしたいかどうか聞いてくれ、とエラに言ってあった。

 下手に教会へ入れられるより、自分の手元で鍛え上げた方がリズの望む未来に向かえる、というレイラの考えでの提案だ。


 しかし、リズが障壁を使えるようになった10歳時、まさかの火事で彼女の家族は全員焼死してしまった。

 その報告がレイラに届いたのは、火事から既に2ヶ月が経過した頃。

 引き篭もりのレイラが珍しく自身で動いたが、ワーヘイ村に着いたときにはもう、リズは王都の教会に聖女候補として入れられた後だった。

 そうなってしまうと、いくら”英雄”であってもリズを連れ出すことはできない。

 失意のままルイーネに戻ったレイラは、リズが10歳になった時点で自分がワーヘイ村に直接向かわなかったことを後悔した。

 

 そしてその後のリズは、聖女イライザとなり、王太子の婚約者になってしまう。

 リズはレイラの危惧したとおり、彼女の望んだ冒険者とは全く離れた人生に向かってしまったのだ。


「――まあそんな感じでね、レイラはリズのことを心配……とは違うかな、守ってあげられなかったことを後悔してたのよ」


 リズは知らなかったレイラの思いを聞かされ、感極まったのだろう、話の途中から泣き出してしまった彼女は、今も尚泣きじゃくっている。

 だから俺は、リズの代わりと言うのもおかしいが、オリンダに質問することにしてみた。


「どうしておふくろは、最初からリズを引き取らなかったんでしょう?」

「7歳の女の子を、いきなり親元から引き離すのは可哀想でしょ? だから10歳くらいになって、多少なりとも自分で判断できるまで待つことにした、そうレイラは言っていたわ」


 確かに、7歳児に人生の選択をさせるのは酷だろう。


「それに、レイラもライアンも孤児だったでしょ? だからね、家族と暮らせるならできるだけ一緒にいさせてあげたいという気持ちもあったみたいよ」

「なるほど」


 孤児の子であっても俺は普通に両親がいて、俺自身は孤児ではなかった。

 当然、孤児の気持ちなど知らない。

 親父が不在がちでも、両親がいることを当然と思って生きてきた。

 しかし家族のいなかったおふくろは、家族と一緒にいられることの大切さを、孤児だったからこそ知っていたに違いない。


 なのに俺は、そんなおふくろや親父を邪険にしてたんだよな……。


 ”英雄の息子”という環境は、俺が甘ったれなだけで、実は恵まれた環境だったのだろう。

 今更ながら、自分の馬鹿さ加減が嫌になった。


 ◇


「貴重なお話を聞かせていただき、感謝の念に堪えません」


 しばらくしてようやく落ち着いたリズが、オリンダに深々と頭を下げた。


「私はレイラから聞いた話をしただけよん。感謝される程のことでもないわ」

「それでも、オリンダ様から聞かせていただけなければ、私は一生知ることのなかった大事なお話です」

「じゃあ、素直に感謝されておくわね」


 リズがしんみりしているときも、オリンダはガブガブ酒を呷っていたため、テンションの違いが顕著で、なんとも言えないおかしな空気感になっている。


「それにしても、レイラから”リズは小さくて元気で活発な女の子”と聞いていたのに、身長も胸も大きいし、お淑やかで活発とはかけ離れているわねん」

「え? だっておふくろがリズに会ったのは10年前で、まだリズが7歳の頃ですよ。10年も経てばそりゃ成長もしますって」

「そう言えばそうだったわね。人間って、私たちエルフがちょっと昼寝してあくびでもしてる間に、別人のように成長しているものね」


 エルフが長命でのんびりした気質なのは知っているが、流石にそれは誇張し過ぎな気がする。


「ってか、オリンダさんってエルフだったんですか?」


 しんみりしているリズには悪いが、俺は気になっていたことをズバリ聞いてみた。

 これはどうしても聞いておきたかったのだ。


「あらぁ~、ザンには私がエルフに見えないのかしらぁ~?」


 口調と言葉こそ柔らかいが、棘をオブラートに包んだけど包みきれていないような空気が飛んできた。


「いや、オリンダさんはエルフらしく綺麗なんですが、他のエルフのようにどこか冷たそうなキリッとした感じじゃなくて、柔らかみのある可愛らしさが共存してます。それに一番は……」

「身長? それともこのおっぱいかしら~?」


 身長はともかく、胸のことを聞かれると答えづらい。

 しかもオリンダ自身の手で、夢の詰まったそれ・・を上下にたぷたぷさせながら言われると尚更だ。

 それでも答えなければいけないのだが……。


「えーっとー、主に身長……ですかね。なので、もしかしてツヴェルゲルフェンなのかな、と」


 多分、当たり障りのない受け答えができたと思う。


「うふふぅ~」


 あ、これはリズからも感じたことのある、ちょっとヤバいヤツだ。


 オリンダが妖艶な笑みを浮かべている。

 だがそれは、天色あまいろの瞳が笑っておらず、背筋をゾクッとさせてくる、俺からするとかんばしくない笑みだ。


「あのね、アレクサンダーくん・・・・・・・・・、考えなしに何でも尋ねるのは良くないと思うわぁ~」


 オリンダが”アレクサンダーくん”という呼び方をしてきた時点で、相当怒っているのが読み取れた。


「私は些細なことで怒るような小さな器ではないけれど、世の中には狭小な器の持ち主はいくらでもいるの。だから気をつけた方がいいわよん」

「そ、そうですね」


 リズ然り、美しい女性が笑顔でキレる様というのは、見るからに厳ついオッサンがキレるより恐ろしいというのを、オリンダで再確認させられた。


「それはともかく、私は正真正銘のエルフよん。――でもそうね、同族であるエルフからも、私はエルフではないと言われたわね」

「えっとー、それはどういう?」


 笑顔の奥に憂いを感じさせたオリンダに、俺は短めの言葉で問うた。


「簡単に言うと、リズがアルビノだったように、私も一種の特異体質だっただけよん」


 それは、予期せぬ答えであった。

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性奴隷を買って下心で訳あり追放聖女を助けたら禁欲生活が始まった ~蔑まされ続けた英雄の息子が淫靡なスローライフを目指す理不尽なほのぼの生活~ 雨露霜雪 @ametsuyushimoyuki

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