第23話 食事の思い出

「美味いな」

「仕込む時間がありませんでしたので、手早く調理できるものをご用意したのですが、アレクサンダー様のお口に合ったようで良かったです」


 食卓に並べられた料理を口にした俺は、リズに対する忖度などなく、自然に言葉が漏れ出た。

 その言葉に満面の笑みを浮かべるリズは、腹黒さを感じさせないただただ美人さんに思える。


 不穏な何かを感じさせてこなければ、絶対に抱きたいんだけどな……。


 ほのぼのとした空気感の中で、俺は場違いな気持ちになっていた。

 そんな俺の心境などお構いなしに、皆が料理を口に運ぶ。

 最初は一緒に卓を囲むのはちょっと、と遠慮していた双子だが、今は一心不乱に料理を掻き込んでる。

 フェイは言わずもがなで、大口を開けて笑顔でるんるん気分のようだ。


 そして、自分の作った料理を美味しそうに食べる皆を見て、リズが優しい笑顔を浮かべている。

 おふくろと同じ紅い瞳の所為せいか、幼い頃に食事をとる俺を見ていたおふくろを思い出す。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、おかわりはあるのか気になって……」

「まだまだありますので、たくさん食べてくださいね」

「お、おう」


 アレックス、おかわりならいくらでもあるから遠慮なく食べな、そんな台詞せりふを聞きながら、幼い頃の俺はおふくろに見守られて食事をしていた。

 冒険者を続けていた親父が不在がちで、食事はふたりきりとることが多かったあの頃、俺はまだおふくろに苦手意識はなかったと思う。

 それどころか、むしろおふくろにべったりだった気がする。


 俺がまだ擦れておらず、”英雄の息子”として周囲からのプレッシャーを感じていなかった頃の話だ。


 それがいつしか、俺は自分の不甲斐なさを”英雄”である両親の所為せいにして、勝手に嫌って距離を取ってたんだよな。

 そういえば、おふくろと一緒に食事したのっていつが最後だったかな?


……そうだ、思い出した!

 俺の冒険者デビューの挨拶で両親の故郷に行ったとき、リズの実家の食堂で食事をしたのが最後だったな。

 あのときはもう、おふくろに優しい目で見られるのが嫌で、「こっち見んな!」とか反抗してたっけ。

 親父は親父でオッサン連中と飲んだくれてて、そっちに混ざるのも嫌で……。


『レイラさま、アレクサンダーさま、これね、わたしがお手伝いしてお父さんと一緒に作ったの。美味しいから食べて』


 そうそう。確かあのとき、おふくろと同じような紅い瞳の女の子が、こぼさないようにゆっくり料理を運んできて、弾ける笑顔でそんなことをいってたわ。


『リズも手伝ったのか。それだったらこれは美味いに決まってる。――うん、美味いぞリズ』

『ありがとーレイラさま』


 そう言っておふくろは、女の子の白い髪を撫でてたなー。

 あー、そっかそっか、やっぱりあの色素の薄い子はリズだったんだな。


「リズ、10年前に食べたときと同じ味がするよ」

「アレクサンダー様……」

「いや、この野菜はあのときより歪な形をしてないから、今日の方が美味いな」

「覚えていてくださったのですか?」

「まぁ……な」


 正確には、たまたま思い出しただけだ。

 だがリズが感極まったような顔をしているので、俺は詳しく突っ込まれる前に視線を料理に移し、何食わぬ顔でかっ食らった。


 リズはなんだかんだ厄介な女だけど、今は亡き両親との時間を思い出させてくれる存在でもあるんだよな。

 厄介事は俺がどうにかしてやる! ……とは言えないけど、リズが心穏やかに生きていけるように、手伝いはしてやりたい。


 そんなことを思う俺だが、根底にはリズとエロいことをしたい気持ちが捨てきれないだけだ。


 だから潤んだ瞳で俺を見るな!


 顔を上げたら元聖女と目が合った俺は、複雑な気持ちでそう思うのであった。


 ◇


「――フェイは……まぁいいとして、どうしてリズがここにいるんだ?」


 食後のお茶を飲んでる間に、ポメラとニアンが湯を張ってくれた風呂にフェイとリズが一緒に入り、その後に俺がボッチ風呂を済ませて自分用に割り振った部屋へ戻り、寝室に入ると何故かフェイとリズがいた。

 しかもフェイは、既に俺のベッドの上にいる状況だ。


 この邸は、一般人目線でいうとかなり大きいのだが、工房や研究施設に大部分を占められている。

 それでもそこそこの部屋数があるのだが、多くの部屋が物置状態。

 だが3部屋は居住可能な状態だったので、俺たちは各々部屋を割り振った。

 なのに、フェイとリズが俺の部屋にいる。

 何故だ?


「フェイちゃんが、ひとりで寝るのは嫌だと言うのです」


 ベッドの傍らにあるイスに座ったリズが、そんなことを言ってきた。


「だったらフェイかリズの部屋で、リズが一緒に寝てやればいいだろ?」

「それが……、アレクサンダー様と一緒がいいと言いまして……」

「…………」


 フェイは母親と一緒に寝るのが当然で、独り寝を嫌がるのは知っている。

 だからこれまで一緒に寝てきたが、リズがいるならリズと寝ればいいと思った。

 俺としては、寝てるフェイのもちもちほっぺを触ったりするのが好きだし、一緒に寝るのは別に嫌ではない。

 だが如何せん、この少女は全裸で寝るため、なんだかんだで俺は劣情を催してしまい、そのたぎった欲情を持て余す。

 そういった諸々から、俺の心を穏やかに保つ意味では、俺が独り寝をするのが最適なのだ。


『なあフェイ、独り寝が嫌ならリズと寝ればいいだろ?』

『ご主人さまは一緒に寝てくれるって言ったよ』

『それは一緒に寝られるのが俺しかいなかったからだ。でも今はリズがいるだろ?』

『だから、お姉ちゃんも一緒に寝るの』


 その提案は、俺としては非常に魅力的だ。

 しかし、それはリズに手を出せるのが前提で、今はまだその時ではない。

 そう、今は、だ。


 リズは要注意人物であるが、その定義が以前と違う。

 俺のちっぽけなプライドで、おふくろに恩義を感じてるだけのリズに手を出すのが嫌だというのとは別に、この腹黒聖女の考えていることが分からない。

 何かを仕出かす危険性をはらんでいるため、おいそれと手を出してはいけない可能性があるのだ。

 手を出しても問題ないと確信が持てるまで、リズは要注意人物のままである。


 だからこそ、リズも一緒に寝るのは非常に拙い。

 なんと言っても、超絶美人で抱き心地の良さそうな体をしているのだ、そんな女が一緒に寝ていて何もできないとなると、それは俺にとって拷問以外の何物でもないのだから。


「悪いがリズは自分の部屋で寝てくれ」


 俺の出した結論は、ある意味当然の選択だった。

 しかしリズは、物申したいような表情で俺を見ている。


「何だ?」

「アレクサンダー様が、フェイちゃんを不遇な境遇から救うために、奴隷商からフェイちゃんを購入したのは理解しています」

「…………」


 フェイが力説したこともあり、リズは俺が善意だけでフェイを買ったと思っている。

 それはそれで、俺の株が上がることだったので、まあ問題はない。

 だが俺としては、結果的に無理やり買わされたようなものだが、本来はエロいことする気満々だった。

 そうなると、俺のよこしまな感情は知られたくない。


「ですが、フェイちゃんは見た目こそ幼いですが、一応は成人した女性です」

「そうらしいな」

「そのフェイちゃんは、全裸で就寝しますよね?」


 何でそれを知っているのだ、と疑問に思ったが、昨夜はトーマスが手配してくれた部屋で、ベッドは別でもリズも同室で寝ていたのを思い出した。

 だが色々とあり過ぎて、何も考えずに寝てしまった俺は、多分だがいつもどおり全裸のフェイと一緒に寝ていたのだろう。

 昨夜はリズも憔悴していたが、その光景をなんとなく目にしていたに違いない。


「……全裸で寝る習慣があるらしいからな」


 言い訳というわけではないが、一応事実を伝えた。


「なるほど、そういった事情があることは分かりました」

「分かってくれてありがとう」


 何がありがとうなのか分からないが、とりあえずそんな言葉が口から出てしまう俺。


「確認なのですが、アレクサンダー様はフェイちゃんを保護する目的で、奴隷商かフェイちゃんを買い上げたのですよね?」

「……そのつもりだけど?」


 それが何か? みたいな感じで返事をしてみた。


「一般的なエルフの奴隷のように扱うと言いますか、いたす・・・ため、ではないのですよね?」

「お、おいおい、俺が小児性愛者だとでも言いたいのか?」


 そう思われるのだけは、俺としては認められない。

 しかし、”もしかしてそうなのでは?”と思っている自分もいる。

 だがどちらにしても、それを自分の口から他者に伝える気はない。


「そうは思っていません。ですが、全裸のフェイちゃんと同衾するのは、万が一の事態が起こるかもしれません」

「だからそんな気は――」

「ええ。アレクサンダー様がそのような方でないのは、重々承知しております。そして、フェイちゃんには寝間着を着用するよう、これから教えていきますが、今までの習慣であれば簡単に直らないでしょう」


 何が言いたいんだ?


「なので、万が一が起こらないよう、当面は私も一緒に寝ようと思います」

「――!」


 リズの言葉に、俺は一瞬でパニックに陥ってしまった。

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