第22話 鍛冶職人モード

「ん? フェイの鍛冶はもう終わったのか?」


 邸に戻り、一般的な家からすると無駄に広く思える玄関ロビーに入っているのだが、鍛冶に付き物のカンッカンッという激しい音が聞こえてこないのだ。


「別の作業をしているのでは?」

「いいえ。ライアン様の工房はレイラ様によって、防音など複数の結界術が施されているので、単に音が聞こえないだけだと思います」


 リズの言葉にポメラが答えた。


 ちなみに、邸に戻るまでずっと手を繋いでいたポメラだが、邸の門を潜る前に「ここまでくればもう迷子にならないので大丈夫です」と、繋いでいた手を離されてしまった。

 そのことに、俺は少しだけ寂しく感じてしまう。

 自分の感情なのに、その真意が自分でも分からなかったのが謎だが、とりあえず考えるのをすぐに諦めた。


 それはそうと、ポメラがリズに答えて言葉に納得してしまう。

 魔術回路なるもので、様々な道具に効果を付与できるおふくろだ、大きな部屋であっても、おふくろなら防音などの効果を容易く付与できるのは想像に難くない。


「工房に行ってみよう」

「それでしたら先に厨房へ行って、食材を出していただけますか。私は調理を始めますので」

「ああ、その方が良さそうだな」


 フェイの魔導袋は使用者を指定する使用になっており、現状は俺とフェイしか使えない。

 なので魔導袋をリズに渡しても、彼女では中身を取り出せないのだ。


「んじゃ、工房に行ってくる」


 購入した食材を厨房に出した俺は、そそくさと工房へ向かう。

 今やフェイは、俺の心を安定させてくれる精神安定剤のような存在だ。

 リズに掻き乱された心を、早急に落ち着かせたい。


 ちなみに、ポメラはリズの手伝いをするそうで、厨房に残っている。


「お~いフェイ、戻ってきたぞ」

『あ、ご主人さまー』


 工房に入っても、結局カンッカンッという音はしなかった。

 きっと別の作業をしていたのだろうが、静かなのなら都合が良いと思い、入口付近からは姿の見えないフェイに声をかけてみたのだ。

 するとフェイは、即座に俺の声に気づいたらしい。


『ご主人さまおかえり―』


――ぽふっ


 とてとてと駆け寄ってきたフェイが、俺に勢いよく抱きついてきたではないか。


『お、おう。ただいま』


 想定外の行動に少々驚いてしまったが、俺がいなくて寂しかったのか、などと思ってニマニマしてしまう俺。


『あ、やっぱりご主人さまは大きいね。ちょっと屈んでみて』


 腰に抱きついたフェイにそんなことを言われ、俺は言葉どおり屈んだ。

 俺から離れたフェイは、今度は俺の胸に飛び込んできた。

 なんだそんなに寂しかったのか、なんて思っていると、フェイはそそくさと元いた場所に戻ってしまう。


「何だ?」


 一抹の寂しさを感じた俺は、フェイが作業をしていた場所に向かった。

 そこでフェイは、俺の分からない言葉――ドワーフ語でニアンに話しかけ、何やら手を広げたり腕で輪を作っている。

 するとニアンは頷き、図面らしき物に何かを書き込め始めた。


『なあフェイ、さっき抱きついてきたのは何だったんだ?』


 ご主人さまがいなくて寂しかった……なんて言葉は返ってこないだろうと思いつつも、少しだけ期待を込めて質問してみた。


『ん? あのね、ご主人さまの鎧を作ろうと思ったんだけど、ご主人さまの大きさが分からなくて作れなかったの。ボクって今まで自分の物ばっかり作ってたから。だからね、ご主人さまの大きさを確認したの』


 期待通りの言葉が帰ってこないことを、俺は聞くまでもなく知っていた。

 なにせ今のフェイは鍛冶職人モードに突入しており、頭の中が鍛冶のことで一杯なのだから。

 しかし、俺に関することの確認だったのだから、それはそれで嬉しいと思ってしまう単純な俺。

 どうやら俺は、自分で思っている以上に、フェイの言動に感情を動かされているようだった。


 それはさておき、このまま作業を再開させてしまうと、フェイはこの場を離れないだろう。

 なので心苦しくもあったが、今回は強制的に作業を終了させ、有無を言わさず食堂へ連行した。


『ねえご主人さま、ご飯食べたら続きをしてもいい?』

『今日はもう作業しちゃダメだ』


 大人しく煤で汚れた顔や手を洗って食卓についたと思いきや、フェイは俺の顔を伺うように質問してきた。

 当然、俺の答えは否だ。


 いつものフェイであれば、何を差し置いても食事が一番なのだが、どうやら鍛冶は食事を上回るほど楽しいらしい。

 そして思った。

 鍛冶に没頭しすぎるドワーフの父親の血は、間違いなくこの子に受け継がれているのだと。


『ところで、なんで俺の鎧なんか作ろうとしたんだ?』


 俺は剣をメインウェポンとする戦士職であるが、軍人ではないので金属鎧を着けて戦わない。

 盾職じゃあるまいし、あんな重い装備で魔物を相手に森の中で行動するのは非効率的だ。


『お父さんが言ってたよ、”物理で戦闘する者は、我が身を守る鎧が大事だ”って。なのにご主人さまは鎧を着けてないから、最初に鎧を作ろうと思ったの』


 なるほど。

 攻撃魔術をほとんど使わないと言われているドワーフは、重戦士ばりにガチガチの装備で戦うと聞いている。

 それを聞いて育ったフェイは、師である父の言葉を忠実に守ったのだろう。

 しかし、地の膂力が優れているというドワーフと違い、俺はそんなガチガチの装備では戦えない。


 まあ185cm、80kgの比較的恵まれた体格の俺なら無理じゃないけど、対人戦闘がメインじゃないからな、やっぱ重い鎧は要らないな。


『俺用の装備なら、心臓とか主要部だけを守れる革鎧とかで十分だぞ。そもそも金属の全身鎧とか、重くて動けなくなる』


 フルプレートアーマーを作る気らしいフェイに、俺の本心を伝えた。


『ん? それなら軽量化とか付与するから、重くないと思うよ』


 そういえばそうだった。

 フェイは鍛冶だけではなく、付与術も使えるハイブリット娘なのだ。


『でも金属鎧は、ガチャガチャうるさいだろ? 森で活動する冒険者には向かない装備だぞ』

『う~ん、……だったら消音の術を付与すれば大丈夫だね』


 何でもありだな。


『あ、でも、そうなると素材を少し変えた方がいいかも』

『どうして?』

『付与術はね、付与する物の出来や相性が良くないと、付与の効果が低くなったり、付与できる術の数が少なくなっちゃうの』


 魔術付与された武具など縁のなかった俺は、そんなことを知らなかった。

 しかし、フェイはなまくら剣に鋭い切れ味の付与をしてくれたので、この子であればどんな物でもお宝級の逸品に仕上げられるものだと勝手に思っていたのだが。


『え、あの剣はそもそも切れ味を重視してないよ。それに、元々結構良い剣だよ』


 言われてみれば、親父からもらった新品の当初から切れ味は良くなかった。

 だからなまくらだと思っていたけど、10年間使えていた丈夫な剣だ。

 最近は少し手入れを怠っていたが、10年も問題なく使えていたのだから、悪い剣ではなかったのかもしれない。


『まあ、親父が残した素材はたくさんあるようだから、あるもので作るのは構わないぞ。でもな、俺が納得できない出来だったら、鋳潰してインゴットに戻すからな』


 やる気になってるフェイに対し、酷いことを言ってる自覚はある。

 だがどうにも、全身を鎧で固められるのは気が進まない。

 なので、だったら作らないと言い出させるように言ってみたのだが……。


『大丈夫。ご主人さまが納得するものを作り上げるから』


 フェイは自信満々に答えてきたのだ。


 なんとなく分かってたけどね……。


 予想通りすぎる答えに、分かっていても落ち込んでしまう俺なのであった。

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