第5話 最初で最後の、恋

 たいち、たいち、たいち、たいち。

 そう呼ぶたびに、ノイの人工有機物の身体がギッとたわんだ。

 ノイの中も外も、たいちでいっぱいになる。温かくて、硬くて、せわしなく動くたいちで、いっぱいになる。


「たいち、たいち」


 ノイが呼ぶと、タイチがそのたびに笑って答える。


「ここにいるよ。ずっと、ここにいるから。ノイ、かんじる?」

「たいち、たいち」

「うん。きもちいいんだね。僕も、幸せだよ。ノイ」


 二つの名前がからまりあって、こすれて、切ないような歌を歌う。

 どこかで、ノイの指先が痙攣する。きわっ、きわっと、きしんでゆく。

 タイチとノイの名前が、優しく昇りつめてゆく。

 最後の瞬間、ノイは言語データにないはずの言葉で泣いていた。


「たいち。あいしてる」


 きわわっと、プロトタイプ・ノイの身体が泣き声を上げた。



 アンドロイドは、人間を愛さない。

 人間を愛したアンドロイドは、もう人工有機体ではなくなる。

 ゆえに。

 万能セクサロイド・プロトタイプは、もう人でもモノでもなくなる。


 最後の瞬間。きしゅっという小さな音を立ててから、ノイは機能を止めた。

 小さな全身には、初めての愉悦があふれだしていた。


 アンドロイドは恋の夢を見ない。

 ノイは。

 最初で最後の、恋をした。



 ★★★

「セックスしたら機能停止するセクサロイドなんて、失敗作だろ」


 エドガワ博士は髪の毛をバリバリとかきむしりながら、タイチのベッドで眠るプロトタイプを見下ろした。その横には、シャツとデニムを着たタイチが立っている。

 ノイは、タイチにきれいに身体を洗われ、ベッドの上で目を閉じている。

 呼吸は、ない。

 タイチの長い指が、そっとノイの頬をなぞった。


「僕が悪かったんだ。ノイに、求めちゃいけないものまで、求めたから。ノイは僕のために、行っちゃいけないところまで行ってくれたんだ」

「タイチ。すべてのアンドロイドには行動規範がインプットされている。

 そいつは何があっても削除できないし、上書きもできないオリジンデータだ。アンドロイド自身がコントロールできるものじゃないんだ」

「したよ。ノイは、僕のためにしてくれたんだ。そして壊れてしまった。ねえ、エドガ」


 エドガワ博士は友人の憔悴しきった顔を見た。


「僕はもう、ノイに壊れるほど愛してもらったのが幸せなのか、あのまま我慢し続けていればよかったのか。わからないよ」


 タイチはなんどもなんどもノイの顔をなぞり続けた。


「このまま。ノイをここに置いておけるかな」

「いや。酷なようだが、人工有機体は脳内のAI以外は人間と同じだ。遺体をいつまでも置いておけないように、アンドロイドも処理しなきゃいけない——タイチ」


 エドガワ博士はそっと、親友の肩に手を置いた。


「今夜だけ、おいていく。明日の朝ひきとりにくるよ」

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