第3話 タイチの肩甲骨

 ノイのご主人様が言う。


「この金色の花も、秋の花だね?」

「はい。キンモクセイです」

「この花は、来年も咲く?」

「咲きます。キンモクセイは常緑樹で毎年秋になると金色の花を——」


 ノイがそこまで行ったとき、ご主人様がぎゅっとノイの手を握った。


「ノイは、次の秋もここにいる?」

「います」


 ノイは簡潔に答えた。


「ノイの所属先は、ここですから」


 うん、とノイのご主人様はじっとノイの目を見ていった。


「そうだよ。ノイの家はここにある。ここにしかないんだよ。ノイ」

「はい」

「女の子はキスするとき、目を閉じるそうだ」

「閉じたほうがよろしいですか。それから、キスをするんでしょうか」


 ノイが尋ねると、ご主人様は笑った。


「きみが、ぼくとキスしたければ」

「アンドロイドに“○○したい”という言語はありません。ご主人様のオーダーに従うのが役目です」

「質問を変えよう。ノイは、どこにキスされたい?」


 コンマ2秒ほど、万能セクサロイドは黙った。

 それから答える。


「額に」

「うん。額に。それから?」

「まゆに、目に、鼻に、頬に、あごに」

「うん。順番にやろうか。ほかには」

「耳に。首すじに。鎖骨に。でも、大事なところが。まだ」


 ノイがそういうと、タイチは笑って立ち上がった。


「そうだね。僕としては、真っ先にそこにキスしたいよ」


 タイチのきれいな顔が、ゆっくりとノイの上に落ちてきた。

 硬い鼻筋、ほんの少し出ている頬骨、うすい耳たぶ。

 タイチの目は、くっきりと開かれたままノイを見ていた。


「ノイ。どこにキスされたい?」


 ノイは黙って呼吸をした。やがて、切れ長の目を伏せてささやく。


「——くちびるに。しゃべったことがないことを話している。唇に。」


 うん、とタイチは笑った。


「やっと。僕が聞きたい言葉が出てきたね。あいしてるよ、ノイ」


 タイチの唇はちょっと冷たく。

 ノイの口に入ってきた舌は、温かく、柔らかかった。



 ★★★

 タイチの身体はほっそりしていて、驚くほどなめらかに動いた。

 シャツを脱ぐと肩甲骨と背骨が現れ、タイチが動くたびに気が狂いそうなほどに美しく深い影を作った。

 ノイは手を伸ばして、タイチの背骨にふれる。

 肩甲骨にふれる。


 タイチがシーツの上に肘をつくと、肩甲骨の下に深いくぼみができた。

 ノイは、そのくぼみに手を入れた。

 ノイの小さな手が、すっぽりとくぼみにはまる。

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