【こちらが改稿前です！ シーノパンダの読み比べ企画(笑)】「ノイ」

第2話 「しかしこの世には、奇跡というものがあるからね」

　ノイのメンテナンスには、つねに主人であるタイチもついてくる。

　タイチはエドガワ博士の友人だし、プロトタイプアンドロイドの主人として使用経過をエドガワ博士に伝える必要があるからだ。

　マシンチェックを終えたノイは、おとなしく部屋のすみで座っている。エドガワ博士とタイチは濃いコーヒーを前にして話し合っていた。

「すべてチェックしたが、機能上は何の問題もない。そっちの家ではどういう感じだ？」

「よく働いてくれるよ。そうだ、僕、最近よく料理をするんだよ、エドガ」

　エドガワ博士はちょっと不思議そうに言う。

「プロトタイプには、調理機能もあるはずだが」

「うん。ノイと一緒に料理するんだ。たのしいよ」

「……お前が楽しければいい。しかし、本来の用途では使っていないようだな。

　何が気に入らない？　ビジュアルはお前の好みに合わせたはずだぞ。

　アジア系美少女、高さ151センチ、重量は42キロ。切れ長の目にタヌキ顔を合わせるのは、たいへんだった。アンドロイドマスターとしては、セクサロイドの逸品だと思うが」

　うん、とノイの主人は超絶どうでもいいという顔つきでエドガワ博士に答えた。

「ノイの外見はどうでもいいんだ。大事なのは、何をしゃべるかってことだからね」

「アンドロイドには学習機能つきAIが搭載されている。お前のききたいことを話す」

　エドガワ博士の言葉に、タイチは全然違う方向を向いて答えた。

「うん。それが問題なんだよ。僕が聞きたいのは、学習機能の言葉じゃない。ノイの言葉なんだ」

「……タイチ。これはアンドロイドだ。オリジナルの言葉はない」

　わかってるよ、とタイチは立ち上がりながら適当に答えた。

「わかってるけど。もしかしたら、しゃべるかもしれないじゃないか」

「アンドロイドがか？　万能セクサロイドとはいえ、デフォルト機能以上のものは起動しないぞ」

「そうだね。しかしこの世には、奇跡というものがあるからね。あいだに機械があっても、僕たちはわかりあえるかも」

　そういうと、タイチはノイに向かって手を差し伸べた。

「おいで、ノイ。家に帰るよ。あのカエル、卵を産んだかな」

「はい、ご主人様。マリコマカエルは1年に2つの卵を産みます。昨日はまだ、卵は確認できませんでした」

「じゃあ、今日帰ったら生まれているかもね。エドガ、ありがとう」

　タイチはノイの手を握って帰路につく。

　ノイの手は温かくて柔らかい。

　万能セクサロイドは、人間のセックスの相手をするのが仕事だ。だから、筐体は人工有機物でできている。

　血が流れている。汗もかく、涙も流す。

　そして主人が愛してやれば。

　甘い蜜もあふれ出す。

　しかしノイは。

　まだ一度も本来の機能を使用していない。

　★★★

　金色の花の咲く庭は、今日も優しく輝いている。

　ノイはご主人様と並んで座っている。

　おとなしく。

　つつましく。