みんなが聞いてくれる説教なんて朝飯前ですよね?

ちびまるフォイ

求められる説教スキル

「え!? 偉そうに説教するだけでいいんですか!?」


「はい。偉そうに説教するだけでお金をお支払いします」


「いや……うまい話には裏があるとばあちゃんが言っていた」


「別に説教の内容なんかはどうでもいいんですよ。

 すごい人間からありがたいお話を聞けたというその事実が大事なんです」


「俺、そんなにたいそうな人間じゃないですよ?」

「そこはこちらで盛ります」


「まぁ、それで説教するだけなら……」


「ありがとうございます。では1組のクラスにお願いします」


こうして説教アルバイトがはじまった。

説教なんてしたこともされたこともない。

パワハラが問題視されていた過去の遺産だと思っていた。


教室に入るとすでに張り詰めた緊張感が満ちている。

自分のひとことにみんなが耳を傾けている。


「えーー……と。そうだな、その……俺が大事だと思った話があって……それは、あの……」


なにかありがたいことを。ためになることを。

頭では「もっと身のあることを」を急かすが口が動かない。

出てくる言葉は「あー」とか「えー」とかばかり。


最初こそ集中力のあった教室もグダグダ説教に飽き始めたのがわかる。

制限時間を終えると逃げるように教室を出た。


「お疲れさまでした。こちらが今回分の報酬となります」


「あ……ええ……」


「どうしたんですか? なにか問題でも?」


「なんかうまいこと説教できなくって。中身のない話をグダグダしちゃったなって……」


「中身なんてどうでもいいと言ったじゃないですか。

 超有名難関大学を飛び級で合格した、IT社長で宇宙飛行士の説教とくれば

 たとえ内容が微妙でも誰でもありがたがりますよ」


「そういう問題じゃなくて! 俺自身の満足度の問題なんです!」


「はぁ……?」


「自分はもっとうまく喋れて、学のない人間に教えられると思っていた。

 でも現実はボロボロで学がないのは俺自身だった。

 これじゃキャバクラで自慢話するおっさんそのものだ!」


「そのたとえはよくわかりませんが……」


「とにかく俺はもっとちゃんとした説教を提供してお金を受け取りたいってことです!」


いったん火がついてしまうともう止まらない。

あらゆる説教の教本を読み漁り、有名なスピーチを聞き、何度もリハーサルをした。


いくつもの説教勉強を通じてわかったことは、説教の内容に深みはいらないということだった。


ものすごい専門的な勉強をしてあらゆる知識を得たとしても、

限られた時間の中で提供できるのはその数%しかない。


そのうえ、聴衆はずぶの素人。


自分と同じだけの知識はないので、専門的な話をしてもぽかんとされるだけ。

大事なのは中身よりも体裁であることを深く理解した。


そうして望んだリベンジ説教マッチは大成功に終わった。


「……ということです!」


聴衆からは拍手喝采。涙を流すものや、メモを鬼のように取る人もいた。



「今回の説教はいかがでしたか?」


「もう最高だったよ。勉強したかいがあった。

 自分でもすらすらと言葉が出たし、途中から盛られている設定が本当なんじゃないかって思ってきた」


「あなたが宇宙飛行士ってやつですね」


「仮にその設定が嘘だとしても、同じくらいためになる話はできたと思うよ」


「それはよかったです。好評だったようなのでまたお願いします」


「もちろん! あ、それと今回の説教についてなんだけど……」


それから説教の歴史やスピーチについてのちょっとした歴史を語ってやった。

これで世界の学力平均値をわずかながらでも上げられただろう。


「ようし、これに満足せずにもっともっと精進するぞ!」


ますます説教のコツについて学び続けた。

説教への理解が深まるつれ、どういうわけか恋人や友達が自分の近くから去っていった。


「ごめんなさい。あなたとはもう一緒にいられない」


「どうして!? 君になんかひどいことでもしたのか!?」


「なんか……あなたと一緒にいると疲れるのよ……」


「疲れるわけ無いだろう。歩幅だって君に合わせているし、

 5分に1回は疲れたかどうかメンタルチェックして、腰かけられる場所も探してたよ!」


「そういう物理的なほうじゃなくて……。会話ができないのよ」


「会話? 今しているじゃないか。嘘を言わないでくれ!」


「あなたは私の会話をタネに自分の話したい説教をしようとするのよ。

 私はいつだってあなたの聴衆。私の気持ちなんかおかまいなしで、

 あなたは自分が話したいことばかり話すのに疲れるのよ」


「いい指摘だね。いいかい、でも君がそう思うってことはかの有名な心理学者シンリー博士は著書"やっぱりギャルが好き"では……」


「そういうところよ!!」


指摘されてはじめて自分で自分が説教臭い人間になっていることに気づいた。

人間が自分の体臭のヤバさに気づかないように、自分の説教臭さに気づける人間などいない。


けれど、骨身に染み込んだ説教したがるクセはもう抜けない。

たくさんの勉強と知識が、「はやく披露してくれ」「知識でマウントとりたい」と内側から叫んでいる。


医者には説教依存症と診断された今でもそれは止めることができない。

説教バイトは時間超過して説教垂れるので出禁になってしまった。


「ああああ! ダメだもう限界だ!! 誰か俺に説教させてくれーー!!」


嵐の中、天に向かって説教していたときだった。

雷鳴がとどろいで虚空に説教する自分に雷が突き刺さった。



そして、現在に至る。



「いいかい。この魔法は火と水をかけ合わせたことでお湯ができる。

 ここに卵を落とすと熱でタンパク質が紐解かれて、黄身が凝固してゆで卵ができるんだ!」



「「「 きゃーすごい! 天才! 」」」



「HAHAHA。俺はもっといろんなことを知っているんだよ。

 学のない君たちにもたくさん教えてあげよう!」



俺は今、新しい世界でキャバクラで語るおっさんのように毎日楽しく説教をしている。

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