第15話 全部同じじゃねえか

 俺は長剣を構えた。


 相手は剣士だ。剣と剣で、勝ち目ってあるもんなのか? ……でも、剣を使って近距離で戦う相手じゃ、他に有効な武器を知らない。アカデミーで教わった通り、中・近距離の相手には剣で対抗するべきだ。


 ダンドが地面に唾を吐いて、剣を片手に俺へと歩く。ノビている武闘家と弓士を見て、吐き捨てるように言った。


「使えねえ奴等だ。たかがアカデミー出のガキ一人」


 さすがに、迫力がある。先の二人のようには行かなさそうだ。


 深呼吸をした。俺が持つ剣スキルは、基礎で教わった【ソニックブレイド】と、あとひとつだけ。そう多い訳じゃない……が、スピードは出るんだ。そこだけは勝負できるはず。


 ダンドが剣を構える。まだ、剣の間合いじゃない……けど、あれが来る。


「【ウエイブ・ブレイド】」


 縦の斬撃。とっさに真横に跳んで攻撃をかわした。


 何本かの木が、あっさりと斬り飛ばされて地面に倒れる。……すごい威力だ。


 こいつ、こんなスキルを素振りをするような気軽さで撃って来やがった。


「どこでそいつと会ったか知らないが――……返して貰おうか。そいつは、俺の獲物だ」


 そいつというのは当然、フルリュの事だろう。フードが外れて、すっかり顔が見えている。まあもう、この状況では隠す意味もないけれど。


 両足に継続して意識を集中させる。基礎スキルなんて、こいつらは今更使ったりしないだろう。だからチャンスがあるとしたら、そこだ。


「モノ扱いするんじゃねえよ!! 【ソニックブレイド】!!」


 剣のスキルを使いながらも、攻撃はしない。一瞬で、ダンドの背後へと跳び移る。着地したのは地面ではなく、木の方だ。


 ここは森。ダンドが斬り倒した木のせいで、少し視界が広くなっているが……まだまだ、森だ。


 剣士にとって間合いは重要だ。でも、こいつは間合いを無視した斬撃スキル【ウエイブ・ブレイド】を持っている。あれだけの気軽さで撃てるなら、遠くに居ることはさほどメリットにならないだろうか。


 なら、対象を特定させなければいい……!!


「【ソニックブレイド】!! 【ソニックブレイド】!! 【ソニックブレイド】!!」


 ダンドではなく、木から木へ。高速で跳び移り、ダンドの視界を散らす。


 攻撃のタイミングも分からなければ、今居る位置だって定かではないだろう。そうやって、背後を狙う。


 剣と剣。素人と手練れ。そんな事は分かってる。なら、発想で勝負するしかない。


 ダンドは、俺の居る位置を特定できていないようだった。


 チャンスだ。


「【ソニックブレイド】!!」


 今度は、背後から相手の首を狙う。剣は鞘に収まったままだ。さすがに、本当に斬り付ける訳にはいかない。


 でも気絶させる位、許せよな……!!


「ガキが考えそうなことだ」


 なっ!? 後ろを向いたまま、剣を後ろに……!?


「おわっ!?」


 振り向き様、あっさり俺の剣は下方向に払われた。速度が仇に出て、うまく着地できなかった俺は地面に手をつき、転がって起き上がった。


 すぐに、考える。


 見えて……いたのか? そうは見えなかったが……何か、攻撃の予兆を察知された?


 俺の居場所も見ずに、どうやって特定したんだ。


「お前今、峰打ちで済ませようと思いやがったな? おい、Iランク冒険者」


 ダンドは、視線だけで殺しそうな勢いで、俺を睨み付けていた。


「ランクがいくつ違うと思ってんだ。ぶち殺すぞ」


 その威圧に、思わず身震いした。


 落ち着け。何かされた訳じゃない。


 剣と剣なら、何かで圧倒しなければ勝機はないぞ。パワー、スピード、テクニック……スピードだけなら、勝負できるはずだ。【ソニックブレイド】を移動に使うなんて発想、俺以外に聞いた事はない。


 今より速く。もっと、速く。


「……それなら、こいつはどうだ?」


 俺はリュックから、二本の短剣を取り出した。


 長剣は、一回の振りが大きい。振りが大きければ、戻りも大きい。短剣は攻撃のリーチが短くなる代わり、戻りも速いから攻撃の回転が速くなる。


 差別化だ。相手が長い剣なら、俺は短い剣を。相手の得意分野から外れた戦いをするべきだ。


 問題は、どうやって短剣のリーチに持ち込むか。


「さあ、行くぜ!! 【ソニックブレイド】!!」


 取り回しの良い短剣に替え、二刀流にした俺の【ソニックブレイド】は、先程よりも速い。リュックも捨てて、軽量化を図った。懐に潜り込むために、今一度視界の撹乱を仕掛ける。


 後ろへ。さらに場所を変え、木を蹴り、再びダンドを取り囲むように動き回った。速度を上げれば、木に傷も付く。まだだ。もっと速く。


 もっと、速くだ……!!


 再び、ダンドの背後目掛けて走った。


「バカのひとつ覚えか」


 ダンドが剣を構えた瞬間、間合いの外で急停止。ダンドの前方に向かって跳躍した。


「言ってろ!! もういっこくらいスキルあるわ!!」


 長剣の戻りは遅い。だが、さすがに俺の攻撃に合わせてくる。空中で放った斬撃は、背中から返された長剣でガードされた。


 着地した瞬間、俺はラッシュを仕掛けた。


 背中からギリギリを狙って、ダンドの真正面に降りて来た。超近距離……俺の間合いだ。


 下から掬い上げるように左の一撃。ガードされたら、今度は右から二刀目を振り抜く。剣を一本しか持っていなければ、角度を変えてガードするしかない。


 右が弾かれれば、今度は回転して蹴りで足下を狙う。跳躍で避けられたが、今度は一度距離を取ってからの、突きの一撃。


 よく涼しい顔でガードできるな……!!


 ダンドはつまらなさそうな顔で、俺の左手の短剣を払った。大きく短剣は弧を描いて空中を舞い、木の幹に突き刺さる。


「く……!!」


 判断のスピードがまるで違う。パワーも、テクニックも。これだけの連撃で、一度もまともに入らない。


「傷一つ付かなかったな。弱者の抵抗ってのは、こういうもんだ。分かったか? 何も変わらねえんだよ」


 ダンドは冷めた表情で、俺を見ている。


「誰かに認められたければ、黙って従え。それも分からねえか」


 ドスの効いた声で、威圧するようにダンドは言う。


 抜身の剣で、何か重い一撃を放つ構えだ。


 受け切れなければ、死ぬ。


 俺は、笑った。


 少し顔は引きつっていたかもしれない。


「……さあ、分からねえな。一度も認められた事、ないもんでね」


「そうか。そりゃ残念な奴だな」


 何か、手はないのか? 短剣は弾かれた。俺がやられれば、フルリュもやられるぞ。メノアとフィーナだって、無事で済むかどうか分からない。


 剣を振っても、弾かれる。今度はカウンターが待っているかもしれない。いや、待っているだろう。


 剣を振れば――――…………。


「……ちっ」


 なんだ。ダンドが一瞬何かに気付いて、俺から注意を逸らした。


 だが、好機だ。反応するんだ。


 チャンスだ……!! 動け!! 今!!


「うおおおお!!」


 ふと、ダンドの意識が俺に帰って来る。その時は既に、俺は右手に構えた短剣を振っていた。


 受けは。間に合う。


 だからその瞬間、俺は叫んだ。


「引けえ――――――――っ!!」


 背後のメノア、フルリュ、フィーナの三人に言った言葉だ。


 同時に、俺は右手に持った短剣をダンドの顔面に向かって。


 投げた。


「づっ!!」


 ダンドが目を見開いた。


 フィーナが反応して、すぐに走り出す。少し遅れて、メノアが。さらに遅れて、フルリュが森の中に姿を消す。


 瞬間、ダンドは首を横に振って、俺の攻撃を避けていた。だがその投擲は、ダンドにとって予想外だったのだろう。先程までとは違う、その表情には焦りの色が浮かんでいた。


 ダンドは硬直した。予想外の、俺の攻撃に。


 まさか最後の一本を、投げて使うなんて思わなかったんだろう。


 酸素が足りなくなって朦朧とする中、俺は肩で息をしながら、気付いた。


 そうか。……馬車の音がする。ダンドが俺から意識を外したのは、ここで大きな騒ぎを起こして人に見られたら、ハーピィを捕らえているダンドは立場が悪いからだ。


 馬車の音は遠ざかって行く。元々、音はかなり遠い。爆発でも起こさない限り、そう俺たちには気付かないだろう。


 十数秒の間。互いに息を切らしながら、俺は丸腰のままで、ダンドと睨み合っていた。


 それだけの時間があれば、当然俺以外の人間は、この場所から姿を消す。


「……どうだ」


 俺は、にやりと笑った。


 指をさし、俺は言った。


 ダンドの頬には、傷が付いていた。


「傷ひとつ、付いたぜ」


 瞬間、俺は腹部に強烈な激痛を感じた。当然武器を手にしていないのでガードもできず、吹っ飛んで地面をごろごろと転がった。


 ダンドに剣を握ったままグーで殴られたのだと気付いた時には、既に身動きは取れなくなっていた。全身が痺れて、感覚がない。内臓が破裂したような錯覚さえ覚えた。


 目眩がする。


 ダンドは俺の髪の毛を掴んで頭だけを持ち上げ、死人のような目で俺を見た。


「がっ……」


「お前はどうして、俺の邪魔をする?」


 冷たい。


 その瞳には、あまりにも生気が無さ過ぎた。まるで感情が無いのではないかと思わせるほどの、凍った瞳。


 ……こいつは一体、何をしようとしているんだ。


「わざわざ殺されに来たのか? 自分の身が危険になる事さえ気付かなかったのか? ラッツ・リ・チャード。アカデミーで教わらなかったか? 君子危うきに近寄らず、だ」


 俺は、ハーピィの子供を捕らえると聞いて、まず間違いなく金の関係だろうと、そう思っていた。だがこいつの、この強引さは一体何だ。


 金か? 普通、金のためにここまでするものか?


 何か、違う目的があるんじゃないのか?


「第一、なぜお前は魔物を助けようとしている? お前には関係の無い事だろ」


 この場合、どう答えるのが正解だろう。


 魔物が死んで同然のように言われたのは、これが初めてじゃない。……つくづく人間はおかしい。自分以外の生き物を、生物と認められないからだ。


 そういう異常な考えが、ここでは正常だという事になっている。


 魔物を見たら、殺せと。


「魔物は殺すのが当たり前だぜ。客観的に見て、狂ってるとしか思えねえけどな」


 ぴくりと、身体が反応した。


「頭おかしいんじゃねえか?」


 そう言われ、思わず頭に血が上った。


 誰にも理解されない。そんな事は、分かっている。これまで、誰にも理解されなかった。


 だから俺は、虐げられた。だから俺は、認められなかった。




 だから、俺は。




「何が違うんだよ……!!」




 ダンド・フォードギアに、そんな事を話すつもりは無かった。今の今まで、頭の片隅にも置いていなかった。


 案の定、ダンドはまるで俺の事を理解している様子ではなかった。


 それでも、俺は言葉が口から出て、止まらなかった。


「全部、同じじゃねえか……!!」


 フルリュにしたってそうだ。メノアにしたってそうだ。魔物と暮らしていた俺でさえ、このセントラル・シティで生きていたら、何が危険なのか分からなくなっちまう。そうだ。


 それが、この場所では『当たり前』なんだ。


「良い人間!! 悪い人間!! 同じだろ!? 良い魔物!! 悪い魔物!! 全部、同じじゃねえか!!」


 こんな事を話すことに、何の意味もない。


 ダンド・フォードギアは理解しない。人の住む場所に生きている限り。


 話したって無駄だ。


 分かってる。


「何が殺されて当たり前なんだ!? 何が狂ってるんだ!! ハーピィだって、同じ言葉が話せるぞ!! 襲っても来ねえ!! 危険でもねえ!! 何が当たり前なんだよ!!」


 それはダンドにとって、あまりにも無意味な言葉だっただろう。


「何も変わらねえよ!! 子供を殴ってるだけだろ!! こど――――」


 腹を殴られた。言葉は途中で途切れ、俺は鈍い痛みと共に、全身の感覚を失った。


 ダンドの顔が、遠ざかっていく。


「放っておいても勝手に死にそうだな、お前は」


 分かっている。……この方法じゃ駄目なんだ。


 何度自分に言い聞かせたって、結局俺は訴えてしまう。いつか、誰かに理解されるんじゃないかと……そう思っているんだろうか。でもそれは、相反する結果を生むものだ。


 危険因子として。あるいは、犯罪者予備軍として。『そういう』扱いを受けるだけだ。議論にすら、ならない。ダンドの言う通り、こんな事を続けていたって、俺が勝手に死んで、それで終わりなんだろう。


 アカデミーにいた時から、ずっとこうだ。


 頑張っていれば、いつか変わるのか?


 視界が黒く濁っていき、やがて俺は、意識を失った――……。




 ◆




 アカデミーを卒業したなんていうのは見た目だけの話で、実際の所俺はちっとも、アカデミーの中では優秀じゃなかった。


 最後通告のような形で告げられた『卒業』っていう二文字に、半ば怒りさえ感じた。


『もう二度と、うちに関わって欲しくないと考えている』


 でもそう言われたのは、単に俺がアカデミーの成績ダントツビリで、教科書も読めなかったから――……それだけの理由じゃない事は明らかだった。


 まだ俺がアカデミーに入学する前、ジンから言われた言葉だ。


『人間の里を目指すと言うなら、話しておかなければならない事がある』


 ジンというのは、当時の父親の名前だ。父親と言っても、俺の本当の父親は行方不明なわけで。つまり、父親に当たる存在だった。


 その時の俺は、森の中で暮らしていた。寝床も無かったし、群れで移動していたから、食べ物も皆で分け合う。


 人間ではない。だから、彼らの言葉はテレパシーを使う。


 狼型の大型種『リンドウルフ』の群れに、俺は養われていた。ジンは、そこのリーダー的な存在だった。


『何? 爪の研ぎ方とか?』


『人間種は研ぐほど無いだろう、爪』


『耳の研ぎ方?』


『想像しただけで痛い!!』


 俺は言葉を話し、彼らは俺に意思を伝達する。それは誰か知らない人が見ていたとしたら、一見奇妙な光景のようにも見えたのかもしれない。


 でも、俺達にとってはこっちが普通の光景。普通のコミュニケーションだった。


『人間というのは、疑り深い生き物だ。彼らはこの星に住む様々な生命と自分達とを区別し、あるいは自分達の歴史や文化を崇拝している。彼らは私達を魔物と呼び、危険な存在としている』


『マモノ?』


『邪悪なる者の遣い、という意味だよ』


 俺は生肉を喰えないから、リンドウルフ達は集まって、俺のために肉を焼いてくれる。火の魔法は当時は火法と呼ばれていて、リンドウルフの得意技だった。


『ジン。俺達も、危険視されるのかな?』


『いいや、ラッツ。お前は大丈夫だよ。だって人間なんだからな』


『ジンは?』


『私は、私達は――出会えば殺される存在だろう』


『ふーん……』


 その時は、あまり深く考えていなかった。ジンが取って来てくれた木の実を食べ、『人間には必要だから』とどこからか調達して来てくれた服を着て、ジンの背中に乗る。


 考えもしなかったのだ。その生活の中では、外の世界が一体どんな風で、何を考えて、何を嫌っているのか。想像もできなかったし、していなかった。


 俺の目に映る旅の景色は、いつもきらきらと輝いていたからだ。


『まー、そしたらさ。俺が冒険者になった時は、人間のみんなに伝えるよ。リンドウルフは悪い奴らじゃないってこと』


『……』


 言葉は通じる。それは、群れで動くが故に外の世界を沢山知るリンドウルフ達が、俺に人間の言葉を教えてくれたからだ。


 でも、知らなかった。


『だって、話せるんだからさ。どうとでもなるだろ』


 言葉が通じるっていうのは、意思疎通できるっていう意味ではないってこと。


『……そうだな。そう、なるといいな』


 きっと、あの時のジンの言葉に含みがあったのは、それがうまく行かないことを知っていたからだ。


 俺はその態度のことを、もっとよく考えておかなければならなかった。


『だが、ラッツ。お前が人間の里に行ったら、どうか私達のことは話さないでくれ』


『別に、悪いことは言わないよ。普通だって言うだけだ』


『それでも。……頼む』


 その時の俺は、ジンはいつになく強情だと思った。


 俺だって人間だ。あまりに人間を、疑いすぎじゃないかと。俺が彼らに救われたように、魔物を嫌っている人間ばかりではないだろうという、浅はかな考えを持っていた。


『……わかったよ。ジン達のことは、話さない』


『ありがとう』


 誰が相手でも、話せば分かり合えると思っていたんだ。


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