第14話 なるほど……ハメられたか

 フィーナの思った通りだ。


 ダンド・フォードギアがフィーナと別れた後、俺達は奴等を尾行した。俺達と言っても、メノアと二人。他のメンバーに声をかける余裕なんて無かったから、出て行ったレオとフルリュが今どうしているのかは分からない。


 フィーナは正装に着替えるのを待っている余裕なんて無かったし、チークは黙って置いてきた。何か言っていた気がするが、よく覚えていない。


 でも、これで良い気がしている。


 フルリュは来ただけ捕まる可能性が上がるだけだから、今頃はホテルで待っているんじゃないだろうか。今回の問題にチークは何の関係もないし、ダンドが絡んでいた時点でレオも解放してやるべきだ。相手がソードマスターの部隊長ともなれば、反抗したって良いことがあるとは思えない。


 まあそれは、俺も一緒なんだが……。


 フィーナは……まあ、金取られるらしいし仕事だからいいか。少なくとも、聖職者がやる仕事ではないと思うけど。


 緊張が、喉まで上がってくるかのようだ。フルリュが俺たちに身の上事情を話した時を思い出す。


『あえて、子供を選んだんだ。生捕りにしやすいだろうしな。何を企んでるのか知らないけど、治安保護隊に捕まる覚悟でやってるってことだぜ。いかにもやばそうじゃんか』


『むう……しかし、主はつい先程も死にかけていたというのに……』


『『まぁいいや』って思った事から、後悔に繋がっていくと俺は思う』


 もしかしたら、何も起こらないかもしれない。そんなこと、俺自身が一番よく分かってる。わざわざ首を突っ込むような事ではない、かもしれない。


 それでも。


 ダンド・フォードギアはまっすぐにセントラル・シティを出て、何かを探す素振りも見せずに一直線に、とある場所へと向かっていた。連中の仲間も一緒だ――……三名。セントラル・シティはどこを見ても大概森に囲まれているが、全く足を止める気配がない。


 メノアは山道を歩いて、少し息が上がっていた。確かにこのあたりは、人も通らないし道が荒れている。顎の汗を袖で拭って、恨めしそうにダンド一行を見た。


「……この先に、本当にフルリュ殿の妹が居るのだろうか」


「さあな。少なくとも言えることは、こんな何もないはずの場所に迷わず向かっている時点で、何かはおかしいってことだ」


 セントラル・シティの周囲にいて、場所は分からないとも言っている。もし仮にハーピィ討伐の依頼を受けたのだとしたら、普通は手分けしたり、セントラル・シティの周囲を回ったりするだろう。


 歩いて行くと、前方に小さな小屋があるのが見える。なんだあれは……廃屋……? 随分と古い。今にも崩れそうな雰囲気だけど……とても、人が住んでいるようには見えない。


「このあたりで待機しておこう」


 俺とメノアは木の陰に隠れて様子を窺った。


 ダンドが廃屋の扉をノックする。


「おい、ワーム。出てこい」


 しばらくすると扉を開けて、気弱そうな男が現れた。ダンドに比べると随分と背が低く、前髪で目が隠れている。筋肉もないし、冒険者としてもあまり強そうには見えない。


 でも、武装している。冒険者の一人なんだろう。


「はっ、はい。ダンドさん、どうしました?」


「どうしましたじゃねえクソ野郎。ハーピィの子供が逃げたらしいじゃねえか」


「へっ? い、いや。ここに居ますよ、ずっと。逃してません」


 俺は思わず、喉を鳴らした。


 フルリュの妹が、ここにいる。


「冒険者依頼所に行ったら、こんなもんが落ちてたらしいぜ。……明らかに、逃げた女のじゃねえだろう。外に連れ出したか?」


「いやいやいや!! 滅相もない、そんな事怖くてできませんよ――げふっ!?」


 ワームと呼ばれた――おそらく本名ではないんだろうが――男が剣の柄で殴り飛ばされて、木に激突した。


 ダンドは舌打ちをして、扉を開けた。


「ひどいな。あれは彼の仲間ではないのだろうか」


「少なくとも、後ろの二人に比べると、まともな扱いは受けていなさそうだな」


 メノアの問いに、漠然とそんな事を答える。


 なるほど。もしかしたら、レオの悩みは相応に悩むべき問題だったのかもしれない。冒険者になって憧れのギルドに所属して、唐突にあんな事を言い出すもんだから、どうしたものかと思っていたけれど。


 本当にハーピィをこんな所に匿っているんだとしたら、あまりまともな状況ではなさそうだ。


 小さな小屋から、ダンドが出て来る。小さな子供の首根っこを捕まえて……いや。あれは、ハーピィだ……!!


 フルリュによく似た、肩くらいまである金色の髪。フルリュと比べると背は俺よりも低いし、小さい子供といった風貌だ。だけど姿が見えている以上、その肩から先の特徴的な翼は間違えようがない。


 思わず、喉を鳴らした。


 居た。本当に出て来やがった。


 ハーピィ捕獲の犯人は、ダンド・フォードギアだ……!!


「主よ……!!」


「ああ、分かってる」


 フルリュの妹、すごい傷だ。きっとフルリュが逃げ出したから、二度とそれが起こらないように痛め付けたって所なんだろうけど……相手は子供だぞ。


 どうする? まだ奴等は、俺達に気が付いていない。どうやって救出するのが、一番最善だろうか。


 仮にも、相手は手練れの冒険者だ。いざとなったらやるしか無いが、俺一人でどうにかなるかは分からない。


 まあでも、単体であのリザードマンより強いって事はないだろう……と、信じたい。


 ダンドは不愉快そうに仲間を睨み付け、『ワーム』と呼ばれた男を蹴った。


「場所、変えるぞ」


「ええっ? ここだって、見付けるの苦労したんだぜ?」


「このバカが甘い監視をしていたせいで、こいつが見られた可能性があるんだよ!! もっと逃げ出しにくい所で拘束するしかねえだろうが!!」


 場所を変える……!?


 まずい。ここじゃない場所となると、森を抜けてしまうかもしれない。そうすると、隠れながら付いて行くのは難しくなってくる可能性がある。できれば、この森で決着を付けたい。


 そうだ。メノア。


「メノア、お前、戦闘では何ができる? 攻撃魔法はダメ、回復魔法もダメと来たら、どんな魔法なら使えるんだ?」


 本当は、リザードマンとの戦闘の前に聞いておきたかった。まあ、あの時はまさかメノアがひと目見ただけで【イーグルアイ】を使えるようになるとは思っていなかったし、魔法に長けているとも知らなかった。


 メノアは少し考えて、言った。


「きっかけがあれば思い出しそうなものだが、今の所は……」


 ダメか。あれだけ魔法が得意なのに、何も覚えていない……もしかしたら、記憶喪失自体が魔法だったりしてな。


 あまり、悠長な事を考えている時間はなさそうだ。俺はリュックから弓を抜き取った。


「奇襲のタイミングを探す。……悪いけど、妹の確保あたりのフォローを頼む」


「承知した」


 ダンド・フォードギアが、腰の長剣を抜いた。何だ……? 大きく、構えている……。


「死ね!! 【ウエイブ・ブレイド】!!」


 づっ!? やばっ!!


「伏せろ!!」


 ダンドが剣を真横に振り抜くのと、俺がメノアの頭を押さえて姿勢を低くするのは、ほぼ同時だった。


 な、なんで!? 音は立てていない。バレてないはずなのに……!!


 周囲の木々が一斉に倒れる。斬撃の衝撃波を飛ばす攻撃か。ソードマスターに入るとこんな事もできるようになるのかよ、剣士ってのは……!!


 ん? いや……待て。どうやら見付かったのは、俺達じゃない。


 倒れていく木々の中、俺のすぐ近くに立っている人影があった。白と青で整えられた祭服を着て、前方に守護の魔法を展開している銀髪の少女。


 フィーナ。追いかけて来ていたのか。その後ろには、フルリュと思わしきローブの姿も見える。


「なるほど。……ハメられたか?」


 ダンドは静かに、そう言った。珍しく、フィーナの表情に若干の焦りが見えた。


「ダンドさん。いきなり、驚きましたわよ。わたくし心配になって、様子を見に来ただけですわ」


「その後ろに居るの、俺が取り逃がしたハーピィだろう? 心配になったにしては、ひどい裏切りじゃねえか」


 ぴくりと、ローブの中のフルリュが反応した。フィーナの顔が、険しくなっていく。


 小声でフィーナが、フルリュに言った。


「だから、来てはいけないと言ったんです……!!」


 そうか……フィーナ一人なら、隠れれば良かった。フルリュが付いて来たから、隠れきれなかった。


「ご、ごめんなさい……」


 蚊の鳴くような声で、フルリュがフィーナにそう返した。


 大方、心配になって付いて来たんだろうけど……この状況は、まずい。かなりまずいぞ……どうする……。


 ダンドはフルリュの妹を『ワーム』と呼ばれた男に向かって投げ、剣を抜いて、前に出た。それに合わせてフィーナが一歩、後退する。


「なんだ、一人か? どういうつもりだ、女神の信徒さんよ。人間のための聖なる加護で、魔物でも助けに来たか?」


「いいえ、ですから、誤解です。お願いですから、その物騒なモノをしまっては頂けませんか?」


「いいや、黙って帰す訳には行かねえな」


 フィーナを見下すように、ダンドは暗い笑みを浮かべた。


「アーチャー!! モンク!! 囲め!!」


 小屋の近くに居た、二人の仲間――背の高い弓使いと、武闘家らしき男――が、ダンドの合図で動き出した。囲め、って……この状況、俺とメノアも囲まれるじゃねえか……!!


 だが、まだ二人には躊躇が見える。言われるままにフィーナとフルリュを囲うが、攻撃する様子はない。


「おい、ダンド。……聞いてないぞ、聖職者に手を出すなんて」


「聖職者じゃねえよ。見ろ、魔物を匿ってんだろ。こいつも魔物だ」


 フィーナは平静を装っているが、顔が青ざめている。聖職者はパーティじゃ回復要員だ。剣士と真っ向から戦って、勝てる訳がない。


 アーチャーと呼ばれた男は戸惑っていた。アーチャーっていうのは弓士の事だから『ワーム』と一緒で、あだ名なんだろう。


「でも……バレたら、やばいぜ……」


「どうせあいつを潰したら同じだろうが。いい加減に覚悟を決めろ」


 あいつ……?


 仲間の言葉なんて、聞く耳を持たない。このパーティ、どうやらダンドの一存で話が進んでいるらしい。


 フィーナとダンドの距離が詰まっていく。躊躇しているから足取りが重いが、このままだと弓士と武闘家にも囲まれる。時間がない。


「次は絶対に逃げ出せないよう、服を剥がしてから捕らえる。聖なるお嬢様もな」


 ダンドが、俺のすぐ隣を通り過ぎる。


「やれ!!」


 今だ……!!


 瞬間、俺は高く跳躍して、ダンドの背後を取った。同時に、取り囲んでいる弓使いと武闘家も視野に入れる。……この距離なら、問題ない。


 弓を引き、立て続けに三本の矢を放った。


「わっ!?」


「うおっ……!!」


 弓使いと武闘家のすぐ近くに矢を放つ。二人の動きが鈍る……あれ? こいつらは、思ったよりも大した事はなさそうだ。


 ダンドは矢を、黙って真っ二つに斬り捨てた。


 着地と同時に俺は弓をリュックに戻し、チークから受け取った代替品の長剣を手に取った。


「……なんだ、お前?」


 ダンドが俺を睨み付けた。


 俺は走って、ダンドとフィーナの間に立った。フィーナを護るように盾になって、剣を構える。同時に、メノアが隠れる意味もないと判断したのか、物陰から出た。


 俺を見て、ダンドが笑った。


「ほう? こいつらは、お前の協力者か? 今年卒業した、ラッツ・リ・チャードだな」


 ……俺の事を知っている。まあ、アカデミーでは色々と悪目立ちしたからな。


 どうする。何から聞くか。


「全員、俺が声をかけて協力を依頼した。他の奴は関係ない。……でも、なんでハーピィの子供を捕らえようと思ったんだ」


「そりゃ、随分と大掛かりな作戦だなあ。ラッツよ、何を考えてる? 第一そのハーピィ、どこで拾った?」


「……質問してんのは、俺なんだけど」


 瞬間、ダンドは激昂して、声を張り上げた。




「ああ!? 俺が!! 質問してんだよ!!」




 ビリビリと、怒号で空気が振動する。


 こいつは……!!


「セントラル・シティは、お前が護る街だろ!! こんな事したら、逆に危険になるんじゃないのか!?」


 俺は顎を引いて、なるべく大きな声で叫ぶように言った。


「ハーピィの子供なんか捕らえて、もし仲間が復讐に来たらどうするんだ!! どういう事情があるのか知らねえけど、方法を変えろよ!! 何の目的があって、こんな事をしてんだ!!」


 ダンドが舌打ちをした。


「目障りだな」


 どうする。説得なんかしても無駄か? まるで会話にならないぞ。


 ダンドが親指を下に向けてサインを出すと、二人の仲間が同時に俺へと攻撃を仕掛けてきた。弓に武闘家……背後に後衛を背負った前衛は、強い。戦わなくたって分かる、こういうのは一人でどうにかするものじゃない。


 でも、今この場には後衛がいない。俺が一人でやるしかない。


 両足に、魔力を集中させた。相手が弓と拳なら、間合いを詰めれば剣に分がある。どこまで通用するか分からないが、やってやる……!!


 俺はポジションを取るため、一直線に走った。弓士の矢が、俺の居た場所に刺さる。


 二人を同時に、相手にする方法。


 それは、弓士の攻撃ライン上に、武闘家の男を置くことだ。


「うわっ!! あぶねえ!!」


「す、すまん」


 俺が武闘家の男の影に隠れれば、弓士は迂闊に矢を放てない。


 その一瞬の躊躇が、命取りだ。


「うおおおおおお!! 【ソニックブレイド】!!」


 あからさまな威圧。武闘家の男が怯んだ一瞬、俺は低く跳躍して、武闘家の男に襲い掛かった。


 猛スピードで斬り付ける剣士の基本技、【ソニックブレイド】だ。武闘家は肉体を武器にする戦闘方法から、最初は防御や受け身を中心に学ぶ事が多い。ガードは固いが、スピードが速くなるのは熟練度が上がった後なのだ。


 それなら、俺の方が速い。


 もちろん相手は人間だ。峰打ちで通り過ぎ、その勢いのまま、一瞬で弓士の前に移動する。


「なっ……!?」


 思い切り鞘を振り回して、弓士の男から弓を払い落とした。それを回収してメノアに投げ、下顎に思い切りパンチをくれてやった。


「ごっ!?」


 下顎へのフックは、脳を揺さぶる。立っていられなくなったようで、弓士の男がダウンした。


 牽制のつもりだったが、武闘家の男も峰打ちで動けなくなっている。


 ……驚いた。


 こいつら、大した事ないぞ。強いのはダンド・フォードギアだけか。


 それとも、リザードマンから逃げ果せた成果が、俺を少しばかりでも成長させているんだろうか。


 何にしても、これはチャンスだ。


「この事を、あんたらの親玉――シルバード・ラルフレッドに言っても良いんだぜ。ここは大人しく、ハーピィを逃してやれよ。何かされた訳じゃないんだろ」


 ダンドは剣を構えて、俺に狙いを定めた。


「そういう所だよ……てめぇが、空気読めてねえのは」


 あくまで、戦って黙らせるつもりか。


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