第2話 お節介

「久しぶりじゃな。カイサ」


月に一度開かれる集会の後――。


侶死がカイサと死狼の森について話に花を咲かせている間も鴻死(こうし)は村人達と魂交をして流行病や大怪我の治療、期死は村の子供達と触れ合う――。


そんな微笑ましくも穏やかな時間を過ごすのがカーソン村での見慣れた光景となりつつあった。


「あいつは今どうしてるの?」

「不死は恋の病で寝込んでおってな」


真顔で答える侶死。しかしカイサもまた真顔で答える。


「何それ?」

「お前も心当たりがあるじゃろ?」

「な、何が――」


カイサは顔を赤くして周囲を隈なくチェックする。安全確認よし。


もしここにイチナがいたらまた冷やかされてたんだろうなと内心肝を冷やす。


「心当たりも何もあいつが勝手に寝込んでいるだけでしょ?」

「そろそろ折れたらどうじゃ?不死の性格はお前も分かっておるじゃろ?」

「……折れる?どういう意味?」


威圧的に聞き返したカイサの仏頂面をジトっとした目で凝視すると、侶死は諦めてすごすごと話を逸らした。


「まあ良いわい。近いうちにあいつからこっちに来るかもしれんが、その時には優しくしてやってくれんか?」


突如として干ばつで痩せた大地に降り注ぐスコールのような一報にカイサの顔が一瞬だけ綻ぶも、再び鬼の形相で侶死を睨みつける。


「別に?それが何?あいつの勝手にしたらって感じなんだけど」


侶死とカイサが仲睦まじく談笑するのをよそ目に村人達は冷たい視線を送る。


「なあ、あのカイサって女の子やけに死狼と仲良くないか?」

「俺達も侶死や他の死狼達には世話になっているだろう」

「十年前の流行り病もそうだ。森の死狼達が駆けつけてくれなきゃこの村も今頃廃村だ」

「いや、それにしても妙だ。それにカイサは村の男に全く興味を示さないらしい」

「まさか⁉死狼に男がいるのか?あんなべっぴんなのに」


村の男達がカイサに色眼鏡越しで話している間も、侶死は彼らに気付いていないのか上機嫌でおしゃべりを続ける。


「ところで最近、村人達とはどうじゃ?イチナ以外に友達は出来たか?」


カイサは村の男達を振り返ると苦笑した。


「まあ、そこそこにね……」

「うむ、良かったわい。ワシにも責任というものがあってな。この村にお前を託したのが間違いであってはならんわけじゃが――」

「気にしないで。どうってことないから」


遮るように言って侶死の語尾を塗りつぶすとカイサは別れを告げる。


「またね。不死に会ったらあいつの尻尾に思いっきり噛みついてやって。少しは元気になるかもしれないから」


侶死がカイサの様子をチラチラと窺いながら期死と鴻死を引き連れて村を離れて行くと、村人達の噂話は野次とも見紛うほどの声量へと変貌する。


「不死だとさ。森の外れで五十年間捕まっていたという例の不死身の死狼のことだ」

「例のって?」

「永死の生贄のことさ。その上、死狼の森の問題を全部解決したのはあのカイサって噂なんだと」

「まさか、その不死ってのとデキてるんじゃないか?」

「カイサは元々死狼餌だ。死狼餌ってのは死狼の魂を持っているらしい」

「あの目死狼みたいに赤く光るんだ。死狼とデキてても不思議じゃない」


ああもう。ほんと聞いてられない。


カイサが俯きながら男達の野次をすり抜けその場を離れて行こうとした矢先――どこから現れたのか――突然、不敵な面構えでどっしりと行く手に立ち塞がった女性に射すくめられ、カイサは思わず立ちすくむ。


「あなた達、いい加減にしたら?」

「……え?」


意表を突かれたまま佇むカイサの上へ大きな影を落とす彼女は――クイネおばさんだ。三十代後半で赤茶髪にソバカスの可愛らしい女性。


クイネは村一番のお世話焼きなおばさんで有名だった。カイサが普段からこの人を避けている理由もこのお世話焼きにある。


クイネおばさんに一度捉まると有無を言わさず余計な〝親切〟を押し売りされ、挙句の果てに我が物顔で私的事情に介入してくるため、カイサはこのクイネおばさんのことを天敵視していた。


「大丈夫?あんな人達のことなんて気にしなくていいのよ?」

「いえ、あの……えっと……」


クイネおばさんは鼻白んだまま立ち尽くすカイサに目もくれず男達を追い払い始める。


「ほら、野次馬ども。行った、行った。今日、男どもは村の外れのテトさん宅の片づけに駆り出されているはずだけど?まさかこういうときでもカイサちゃんに働かせるつもり?」


テトさん宅は三日前の台風で強風に煽られて倒れてきたリンゴの木に家を一刀両断され、村人総出で補修を行うことになっていた。


先ほどまでテトさん宅の屋内を掃除していたのか、魔女が飛び乗るような箒を手にして薙刀のように村の男達へと盛大に斬り払って見せる。


切り込み隊長として合戦の先陣でも切るつもりか――。


はたまた流星の如く姿を現した鬼神が百人切りでもするのか――。


それらを想起させる勢いの箒さばきにカイサは目を見張る。


「いえ、私は別に困ってませ――」

「いいえ。私には分かるわ」


クイネは振りかぶった箒を猛然と振り下ろすと、目に闘志の炎を爛々と滾らせ再び即席の得物を構えて見せた。


「そう、今あなたは助けを必要としている。困ったときはお互い様、そうでしょ?」


どちらかと言うと私を困らせているのはあんたの方だよ――そう喉元まで出掛かった言葉を苦い顔で何とか嚥下して、カイサはクイネの脇を通り過ぎようとする。


「ちょ、ちょっとどこに行くの?復讐はまだこれからなのよ?」


しかしクイネはカイサの進行方向へと身を翻し、またもや通せん坊とばかりに山のようなその身をそびえ立たせた。本当にいい加減にしてほしい。


「復讐って、そもそも誰も頼んでません!」

「もう、いいカイサちゃん?そんな調子だからあんな男どもにも舐められるのよ?もっと、もっと、フランクっ!フランクっ!」


ポン、と小気味良い音でも聞こえてきそうな調子で背中を叩く。


どこまでも底抜けに明るい変化球に気圧されて面食らうが、ここで引いてしまうとクイネおばさんの思う壺。


また会ったときに再び変な口実でお世話を焼かれ、イチナや他の村人達の面前で恥を掻くことにもなりかねない。


「クイネおばさんこそこんな所で私と油売ってて大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。私は村長さんにも顔が利くから。それに誰かが村の風紀を取り締まらないと村の輪がかき乱されちゃうでしょ?」


ふと、思った。村の風紀を取り締まっているこのクイネおばさんという人は一体何者なのだろうか。そして今、村の輪を一番かき乱しているのはもしかするとクイネおばさんの方ではないのだろうか――と。


「これ!サボるな!」


しゃがれた怒声にクイネとカイサの背筋が反射的にピンと張る。振り返ると村長とその後ろから顔をのぞかせた村長の孫娘のリンが立っていた。


「おじいちゃん、怪力がクイネおばさんを引き留めていたの!」

「村長さんいい所に。実は村の男どもがカイサちゃんの陰口を言っていてですね。私は村の風紀を乱す男どもに――」

「村の風紀だと?ところでその『村の風紀を乱す男ども』というのはどこにいる?」


さっきまでカイサに野次を投げていた男達はいち早く村長を目視したのか、既にその場から逃げ去った後だった。


「嘘はいかんぞクイネ。午後からの作業はお主がやれ。カイサの手伝いがあれば直ぐに終わるだろう」


村長に顔が利くというクイネおばさんの弁はなんだったのか。そしてなぜ私はクイネおばさんの尻拭いをすることになってしまったのだろうか。


あまりに理不尽なことの顛末にカイサは視線を宙に泳がせ、ただただ閉口することしか出来なかった。


村長の孫娘のリンが虎の威を借りると言わんばかりに、村長の後ろで舌を出して笑っている。


「ああ、でもほら、かえって良かったんじゃない?村長さんにもあんな貧弱な男どもよりカイサちゃんの方がよっぽど役に立つって証明もできるし、リンちゃんが普段から褒めてくれている〝怪力〟にも一段と箔がつくわよ」


怪力は余計だよ。


「ふふっ」

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