第20話 あなたの光の中で彷徨う

永死がその異様の極まった総身を震わせ、痛苦の断末魔を上げた。



魂胞は粉々に四散、正気を失って赤く塗りつぶされていた目は光を失い、血反吐を吐き、それでも死に抗い、四肢をじたばたさせその場で狂ったようにもがく。


カイサは片時も目を離さずそれを見守る。今度こそは絶対に終わらせると。しかしカイサの光覆は事実、もう毛ほども残っておらず、それゆえこれ以上戦うことは出来なかった。



そして――。



永死は濁った赤い眼で立ち上がった。


血に塗れた口を開けながらこちらに突進してくる。カイサはそれを避けようと疲労困憊の体をふらふらと揺らして回避行動をとるが――永死の肉根に絡めとられる。


肉根を振り解こうにも光覆がもうない。永死は更に不死の亡骸も回収するとそのまま魂湖へと向かう。目的はただ一つ。自分ごと二人を道連れにするつもりだ。


カイサは肉根を引っ掻き抵抗を試みるも、生身の体ではどうすることも出来ない。そのまま不死とカイサは永死とともに魂湖へと落ちた。


魂湖は深かった。魂湖もまた地底湖だった。赤い闇が次第に濃くなっていく。


永死が力尽きた。溺死ではなくカイサが与えた致命傷によるものだった。

肉根は解けたが、しかしカイサは泳げない。水面の上まで戻ることは当然出来ない。


カイサは見よう見真似で水を掻き不死に近づく。


不死に触れた。不死には色がなかった。

何の感覚も伝わってこない。冷たいという感覚すら伝わらない。不死を揺するが反応がない。不死は死んでいた。


意識が遠のいていく。カイサが不死と魂交しようとするも、そもそも魂のない屍となってしまった不死には何の意味もないことくらい分かっていた。それでも不死の体をカイサの光覆が包み込む。


不死の中には本当に何もなかった。語りかけても誰もいない。不死の人格も、記憶も、感情も何もなかった。カイサはただ無を漂った。




――暗い。何も見えない。何も感じない。



そうあの場所と――



――全く同じ。私が不死と出会う前と同じ。一筋の光もささない闇の中。私はいつもそこにいた。




私の日常は自分の肉をただ死狼に食べられることだった。そんなある日、とある金持ちに容姿を気に入られ大金と引き換えに私は養子になった。


私はあの場所を去る時、仲間の死狼餌達を振り返り、私は本当に幸運だと思った。私はツイてると。


でもそれは違った。やつらの本当の目的は私を〝玩具〟にすることだった。

あいつらに初めて拷問を受けた時、真の意味で私は自分の不死身の体が心底嫌いになった。


私は毎日毎日、何回も何回もやつらに残忍な方法で体をもてあそばれた。


どんなことをされても死ななかった。死ねなかった。そして拷問を受け始め、たったの一年で痛覚を含めた触覚が全て麻痺した。


不要になった私は競売にかけられた。


しかし痛覚が存在しない私は買われた時の半分の値段でも売れなかった。変態どもの考えることは同じだった。用済みの私はまた死狼の餌送りになった。


触覚が麻痺してから日常の全ての色が消えた。ミチの口づけも、クシの手を握った時もなんの色も湧かなかった。


何も信じられなかった。全てが憎かった。私はいつも孤独だった。いっそ生きることを諦めようと思った。それでも私は生き続けた。




カイサは目を閉じると自分の頬に手を置いた。

そこにはまだ彼の〝温かさ〟が残っていた。

それは決して忘れることの出来ない、ここと同じ薄暗く、孤独と虚無が支配するあの場所で、初めて彼に出会った時、最初に彼女の頬に触れた〝温かさ〟だった。




ねえ不死――。こんな世界、愛も正義もないと思うでしょ?こんな世界、生きる価値なんてないと思うでしょ?



でも、私は見たの。確かに触れた。聞いた。



この目で、この肌で、この耳で、私は全てを見た。あの時、あの場所で、私の全てが変わった。



あなたから、色の消えたこの世界にある〝それ〟ら全てを知った。



初めて、生まれて初めて〝それ〟を感じた。



〝それ〟は私が世界の色をなくしてからずっと探してたもの。



あなたがいない今でも〝それ〟は確かに見える。だってその証拠に、ほらここに、この手の中に――。



カイサは首飾りを差し出した。



「あなたが私にこれ(〝生きる意味〟)をくれたから」



再び温かさが体を包み込んだ。誰かが抱きしめる。カイサは目を開けた。誰かが体を引き上げる。少年だ。


短い銀髪を揺らめかせ、細くしなやかで、それでいて引き締まった体躯。顔は暗くてよく見えないが、端正な顔立ちであることは一目で分かる。カイサとは片手の指で数えても指が余るほど年が近い。


その姿に目を奪われる。


その光景はカイサにとってこの世の何よりも色があった。


初恋だった。





「なぜ助けた⁉」


不死の人間の顔を見る前にカイサの意識は途絶えていた。そして目を開けた時には、死狼の不死が目の前でカイサの顔を覗き込んでいた。


不死はなぜか怒っている――――なぜだ。


「余計なことをするな‼俺はもう生きる意味がなかったというのに‼」

「まずは礼くらい言えよ!こっちは体張って助けたのに!」

「溺れていたのはどっちだ⁉俺が助けなければお前は死んでいた‼違うか⁉」


やっぱりいつもの不死だ。それでも――。


「ヤッホー不死!」

「雷死か。丁度いい。侶死達を探しに行ってくれ。一瞬で幾つもの山を超えられるお前ならすぐ見つけられる」

「いや!」

「なぜだ⁉」

「私、不死嫌いになっちゃった!」

「何⁉まあいい。侶死達を探そう。カイサ、乗れ」


不死が明け渡した背中は――。


カイサは不死の背中に跨るとさり気なく体を押し付ける。

「あまりくっつくな。気持ち悪い」

「は?そんなつもりないんだけど……もういい、歩く」

「何、からかっただけだ」

カイサはむくれた。

「後、服を着ろ。風邪引くぞ」

不死は人懐っこい笑みを浮かべた。


やっぱりだ。やっぱり不死は――――〝温かい〟。

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