【読み切り版】相性の悪い幼なじみとキャラが入れ替わったのだが

白銀アクア

第1話 自己中と八方美人の入れ替わり

 高校からの帰り道、駅前にて。幼なじみの顔を見たとたんに、気まずくなった。


 愛情の反対語は無関心。僕、桜坂おうさか清墨きよすみと、彼女、水瀬みなせ真白ましろの関係を評するなら、無関心である。


 無関心。

 無関心だから、無視したいのだが。


「真白、いま帰りか?」


 気持ちとは裏腹に、僕は口角を上げて、笑顔で話しかける。

 

 他人には優しく、自分に厳しく。


 ある時から、僕にとって、守るべき信念となった。

 相性の悪い幼なじみでも他人は他人。挨拶もしないなんて言語道断。

 という価値観に従っただけである。


 まあ、八方美人なだけなんだけどね。


「……ん」


 あいかわらず、そっけない反応である。

 真白は僕のことなど眼中になく、横にいた唯一の友だちに顔を向ける。


 初夏の空気が冷たい。


 塩対応だとわかっていても、挨拶してしまう自分がイヤになった。

 すべては自己中な、この女のせいである。


 僕は幼なじみを睨む。

 見た目は美少女なのに、自分にしか興味がなくて残念なんだよな。


 小柄な体格でありながら、身体の一部は大きく盛り上がり、起伏に富んだ曲線美を描いている。

 白銀の髪と、琥珀色の瞳も、彼女の幻想的な美しさを強調していた。


 見た目と無愛想な態度があいまって、まるで人形のよう。


 学校でも唯一の友だちを除いて誰とも話さず、常に本を読んでいる。動きが少なく、自分の世界に閉じこもっていることでも、クラスでは人形扱いされている。


 なんで僕が学校での真白を知っているか?

 なぜなら、不運にも、同じクラスだから。


 さて、相手にしてもらえないし、ひとりで帰るか。

 離れようとしたところ。


「あのさ、わたし真白ちゃんの家に行くんだ~」


 幼なじみの隣にいた彼女に話しかけられる。

 平井ひらい桃香ももか。真白の唯一の友だちで、僕とも同じクラス。誰とも話す僕は、桃香さんともそれなりに仲が良い。


「せっかくだし、途中まで清くんも一緒に……」

「うん、いいよ」


 即答していた。僕自身の感情とは真逆にも。


 桃香さんからの申し出だしね。断るのも悪い。

 平井桃香。クラスのお姉さん的ポジション。柔らかな物腰と、間延びした声に、圧倒的な存在感を誇る双丘。ボッチの真白を気にかける優しさ。

 真の陽キャとは彼女みたいな人だと思っている。胸の大きさは関係ないけど。


「桃香、あたしは本を読むから、運んで~」


 真白はカバンから文庫本を取り出して、読み始めてしまう。すさまじいまでのマイペースぶりである。


「あらあら、真白ちゃんったら~」


 桃香さんが真白の手を握る。真白が幼い雰囲気なこともあり、姉妹にしか見えない。

 つかず離れずの距離を保って、僕もついていく。


 桃香さんがいるものの気まずい。よりによって、真白の家は隣である。あと、10分近くも一緒なのか。


 数分すぎたところで、桃香が足を止める。


 僕たちの横にはこぢんまりとした神社があった。

 小さかったとき、よく真白と一緒に遊んでいた神社だ。高学年になるまでは風呂も一緒に入るぐらい仲良かったんだよね。ある時期から急に疎遠になったが。


「わたし、お参りしたいな~」


 桃香さんが目を輝かせて言う。名もなき神社なのに。


「……ん、あたしは本を読んでる」

「僕も待ってる」


 珍しく幼なじみと気があった。真白とは相性が悪いのは事実だが、無理してまで避けたいわけではない。どうせ、僕を無視しているんだ。いないと思えばいい。


「だーめ。ふたりとも来てくれないと、真白ちゃんの面倒見ないからね」

「桃、それはダメ!」「真白の介護役が⁉」


 またしても真白と意見が一致した。

 ニヤリと桃香さんは笑う。


 神社には僕たちの人に誰もいなかった。

 3人で横に並んで、手を合わせる。

 僕たちが揃って頭を下げたときだ――。


 突如、足元がぐらつく。

 地震⁉


 慌てて目を開く。目の前の拝殿は揺れていない。事情を確かめようと横を向く。

 真白が千鳥足で転びかけて。


「あぶないっ!」


 僕は真白を支えようと前に出る。

 すると、真白は僕の方に倒れてきて。


 次の瞬間に背中から石畳に落ちていた。

 軽く痛い後ろとは真逆に、えもいわれぬ柔らかさと重さを前に感じていた。


 両手を見る。


「ぶはっ」


 噴いた。というのも、僕は真白の胸を揉んでいたのだから。

 夏服のブラウスとブラジャー越しに幼なじみの大事なところと接する。


 本来なら、すぐにどかないといけない。

 理性ではわかっているつもりなのに。


 ――ふにゅ、ふにゅ。


 僕は両手を閉じたり、開いたり。


「ふぁぁんっ❤」


 真白が童顔に似合わぬ大人びた声を漏らすと、男の本能がさらに昂ぶる。


(自分が楽しいかどうかだろ)


 えっ?


(これは事故で、僕が真白を守ったんだ。もうちょっと揉んでもいいんじゃね)


 自分の内から聞こえる声に愕然とする。

 悪いことだとわかっていても、逆らえずに真白の胸を掴んだまま。


「清墨……あたしで気持ちよくなったの?」


 常に無表情な真白が目をとろけさせているだと?


「あたし、清墨が喜んでくれるなら、なんでもするからね」


 僕に覆い被さったまま、真白は顔を近づけてくる。


 彼女の吐息が首筋を撫でる。キスする距離なんですけど!

 目を閉じてるし、やっちゃっていいってことだよね?


 僕が乗り気になったところで。


「あらあら、そこまでよ、おふたりさん」


 クラスメイトの声で現実に引き戻された。

 真白が起き上がるのを待ってから、僕も立ち上がる。


 すると、見知らぬ幼女が僕たちの近くにいた。

 ドレス姿の金髪幼女は腕を組んで、僕を睨みつける。


「幼なじみは相思相愛と相場が決まっておる(ただし、付き合えるとは言っていない)」


 意味不明なことを言ったので。


「君は誰?」


 僕が謎の幼女に訊ねると。


「我は縁結びの神、ククリヒメじゃ」


 思いも寄らぬ答えが返ってきた。


「数年前、この神社で仲睦まじく遊んでおった男女が、今は互いに無関心とは。なんとも情けない」


 外見年齢10歳ぐらいの彼女が小学生時代の僕と真白を語るとは。まともに信じられるはずもない。なのに、異様な迫力があって、口を挟めなかった。


「ゆえに、我は天罰を下した」

「天罰?」

「そうじゃ」


 縁結びの神を名乗る神は薄い胸を張る。


「汝、さっき幼なじみの乳を揉むことしか考えなかったじゃろ」

「うっ」


 まだ両手に温もりが残っている。あんなのを触ったら理性が崩壊するだろ。


「今の汝は他人のことなど眼中になく、自分のことしか考えておらぬ」

「えっ?」


 思わず間の抜けた声が漏れてしまった。

 というのも――。


「一方、真白嬢。そなたは自分よりも他人を優先するようになった。誰かさんみたいにな」


 真白の胸を触ったときの僕の衝動と、ククリヒメの発言。

 それらを考えると。


「僕、真白みたいな思考になったの?」

「ご名答」


 ククリヒメはニヤリと笑う。


「我が汝らのキャラを入れ替えた」

「なんだって?」「えぇぇっっっっっ?」


 僕と真白が叫んだ。

 信じられない。

 真白も固まっている。


「まあまあ、ふたりとも」


 同じ年のお姉さんキャラがニッコリと微笑む。ついでに胸も揺れるものだから、効果は抜群。おっぱいの癒やし効果ってハンパないですね。おっぱいイズ神!


「っていうか、普通、心と体が入れ替わるんじゃないの?」

「うむ、世の中的にはそうじゃな」


 ククリヒメはあっけらかんと言い放つ。


「おっぱい揉めねえじゃねえかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 入れ替わったら、とりあえず胸を揉んでおく。それが入れ替わりの様式美じゃん。

 とりまキレたら。


「清墨、いつでも触っていいからね」


 幼なじみが信じられないことを言う。


「他人に優しくだし」


 なんとブラウスのボタンに指をかけ、ボタンを外し始める。


 本人の意思だし、僕も見たい、触りたい。

 固唾を呑んで、ブラジャーがこんにちはするのを待っていたら。


「ストップ!」


 桃香さんに邪魔されてしまった。


「こんなつもりじゃなかったのに」


 桃香さんは神様に目で何かを言う。


「というわけで、清墨は自分本位、真白は他人を優先するキャラになった」


 自分のことはともかく、真白はキャラが変わりすぎだ。自分の時間が大事な真白がノリで遊ぶとは思えない。


「解除条件は、心の底から互いを想い合うこと。しばらく反省し、幼なじみの偉大さを考えるがいい」


 ククリヒメは言い終わると、身体の輪郭が薄れていく。徐々に透明になり、やがて空気に溶けた。


 人間の仕業とは思えない。僕のキャラは変わってしまったようだ。


   ○


 翌日。家を出ると、真白と出くわした。


「清墨、おはよう」


 幼なじみに明るい声で挨拶されるも。


「……ん」


 返事をするのも面倒くさかった。

 無視して歩き始めたら。


「一緒に行こ?」


 なんと真白が腕を組んできた。

 当たってるんですけど。ぷにぷにしたモノが。


 上目遣いにくわえ、朝陽を浴びた銀髪も輝いている。端的に言って、かわいすぎる生き物だった。

 他人のことに興味はないが、朝から美少女とイチャラブできるんだ。最高すぎる。


 結局、教室に入るまで、腕を組んだままだった。

 クラスメイトたちは仲睦まじい僕たちを見るや、一斉に騒ぎ立てる。


「意外すぎるカップル誕生かよぉぉっっ!」

「オレなんて真白ちゃんに1万回も無視されてたのに」

「あら、私だって清墨君がいいなと思ってたのに、いつも挨拶で終わっちゃうし」


 変に誤解されたらしい。

 注目を浴びた僕は。


「だってさ、真白」


 幼なじみの肩を抱き寄せる。

 すると、真白はニッコリと愛想笑いを浮かべた後。


「あたしなんか……清墨に釣り合わないから」


 寂しげにつぶやく。

 頼りない声が、僕の脳をざわつかせる。

 真白の気持ちが手に取るようにわかったからだ。


 昨日までの僕は八方美人。自分の内心はさておき、まずは挨拶と笑顔だった。だから、相性が最悪な幼なじみを無視できなかったんだよね。本音ではいたたまれなくても。

 今の真白は、以前の僕だ。


 一方、僕の方はというと。

 欲望に忠実なところは真白そっくりだが、ぱっと見の態度は大きく異なる。自分の世界に閉じこもる以前の真白と違い、公衆の前でスキンシップができるんだから。

 他人の目はどうでもいいという本質は同じかもしれないが。


「おはよう、清くん」


 気づけば、桃香さんが目の前にいた。あいかわらず、大きい。


「桃香さん、おっぱい揉ませて」

「……清くん、エッチなんだから~」


 何も考えずにセクハラした自分に軽く驚く。事情を知っている桃香さんが笑い飛ばしてくれたのが救いだった。


「真白ちゃん、借りるから」

「桃香ちゃん、よろしくね」


 真白と桃香は手をつないで、真白の席へ。愛想のいい真白に違和感を覚えた。


 いつもの学校生活が非日常の連続だった。

 僕は自分の言いたいことが口に出てしまう。何度も失言するうちに、「おまえ、そんな奴だったっけ?」とドン引かれる。


 というか、午前中だけで50回も女子にセクハラをしてしまい、誰にも相手にされなくなってしまったという。


 自分が悪いと思っていても、そう簡単に自分を変えられない。むしろ、ボッチの方が気楽かもしれない。


 逆に、真白の方は女子を中心に楽しそうにおしゃべりしていた。教室で本ばかり読んでいた彼女が。

 ただ、幼なじみの笑顔はどこか寂しそうだった。


 長かった1日の授業が終わる。普段の3倍以上は疲れた。


 迷いもせず、僕は幼なじみを誘って、家路につく。

 例の神社の横を通りかかる。


「真白、寄っていかないか?」

「うん、清墨が言うなら」


 真白は僕の目を見て即答する。

 拝殿をバックに僕は話を切り出す。


「今日1日、大変だったな」

「うん、なぜか本を読む気にならなくて、ニコニコしてなきゃって」

「僕は他人の目が気にならなくて、自分のしたいことをしなきゃって感じだった」


 しばらくの間を置いて。


「あはははは」「ふふふ」


 互いの笑い声が重なった。


「僕(あたし)……少しはわかったかも」


 真白の苦手だと思っていた部分が、少しだけ身近に感じられた。

 キャラが入れ替わったことで。


「なあ、お参りしよう」

「うん」


 僕と幼なじみは手をつないで、神様に祈った。

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