第3話 二人の関係

 あれから、1ヶ月が経った。

 休職した茜さんだけど、幸い、お金の使い道がなかったらしい。

 傷病手当も含めて、しばらくは食うに困ることはないようだった。


 暇になった茜さんは、よく俺をデートに誘ってくるようになった。

 俺は俺で、憧れだった茜さんにということで喜んで誘いに応じるようになった。

 今は夕食を一緒している最中だった。


「やっぱり、休職して良かった。ほんとに、あの時は疲れてたのね」


 今では、笑顔をよく浮かべるようになった彼女を見て、俺はほっとしていた。

 それと同時に、綺麗でおだやかな彼女ともっとお近づきになりたいと。

 そんなことを思うようになっていた。


「良かったよ。再会した時は、ほんと生気がなくてびっくりだったし」

「あの時は本当に心配をかけたわね。本当にごめんなさい」


 大げさに頭を下げられてしまう。


「もういいって。茜さんが悪いわけじゃないし」


 初デートの時、敬語はいいと言われて以来、こうしてタメ口だ。


「それに……」


 あのとき、咄嗟に行動に出られたのは、彼女の教えのおかげなのだ。


「?」

「茜さんが教えてくれたんだよ。困ってる人が居たら、助けてあげなさい、って」


 遠い昔の思い出が朧げに蘇ってくる。

 彼女の家で、「立派な大人になるには、どうすればいい?」と聞いたんだったか。


「あの時は、偉そうなこと言ったものよね。私も小学生だったのに」

「あの頃の俺にとっては、茜さんは「お姉さん」だったし、気にすることないよ」


 俺にとっては、茜さんは3人目の育ての親みたいなものでもあった。


 飲み屋から出て、帰り道の途中。

 ネオンが光る繁華街を二人で手を繋いで歩く。


「でも、不思議よね。10年以上会ってなかったのに、こうして話してるなんて」


 茜さんは、少しほろ酔いな様子で、どこか嬉しそうだった。

 その微笑みがとても魅力的で、ドキっとしてしまう。


「それは俺もだって。すっごい偶然っていうか……」


 一瞬、「運命」とかいう言葉が思い浮かんだが、キザ過ぎる。

 それに、実際問題、本当に偶然というしかないんだろう。


「ところで。茜さんは、今、付き合ってる人とかって、居たり、する?」


 この質問をするのは少し勇気が必要だった。

 こんないい人だ。容姿だけでなく、性格もいい。

 放って置かれるはずもない。


「ぜんっぜん。小学校の先生って、結構、出会いの場がないのよ?」


 少し、苦笑いといった様子で彼女は答えてくれた。


「でも、たとえば、同僚の先生とか……」

「先生仲間だと、正直、それどころじゃないわね」

「そういうものなんだ」


 その答えを聞いた俺はどこかほっとしていた。

 

「ところで、なんで、そんな質問をして来たの?」


 相変わらず微笑んだ様子で、そんな言葉をかけてきた茜さん。

 驚いた様子がないから、きっと、見当もついているんだろう。


「俺が茜さんの事を好き、だから」


 思えば、彼女は俺の初恋だったんだろう。

 中学、高校、大学と進学して女友達も多く出来た。

 でも、誰かにアタックしようとは不思議に思わなかった。

 それは、初恋をずっと拗らせていたのかもしれない。


「ありがとう。私も、九助君の事、好きよ。でも……」


 告白に応えてくれた茜さんは、でも、表情を少し暗いものにして、


「休職から復帰したら大変よ?今みたいにデート出来なくなるかもしれない」


 ああ、そうか。

 こういう時にまで、自分本位で居られないのは、とっても彼女らしい。


「俺はまだ大学生だから、合わせるよ。それに……」


 まだ付き合い初めてもいないのに大胆過ぎるかもしれない。


「一緒に居たくなったら、同棲でもすればいいんだし」


 でも、そう言い切った。

 仕事が大変な茜さんと付き合うには、生半可な覚悟だと駄目だと思ったから。


「きゅうちゃんも言うようになったわね。小学校の頃は、恥ずかしがりだったのに」


 ちょっと茶目っ気を発揮して、茜さんは愉快そうに言った。


「それは昔の話だろ。で、俺はそのくらい覚悟決めてるけど、どう、かな?」

 

 結局は、彼女が頷かなければそれまで。


「喜んで。私も、きゅうちゃんの事が大好きだから」


 あえて、昔の頃のあだ名を呼んで、笑顔で返事をしてくれたのだった。

 ふと、昔の光景が唐突に思い浮かんだ。


「あ、思い出したんだけど。昔、茜さんに告白したことあるよな」


 引っ越す直前だったか。

 もう会えなくなる前に、と思って勇気を振り絞ったのだった。


「そうそう。そんなこともあったわね」

「茜さんは、あの時の返事、覚えてる?」

「もちろんよ。「大人になっても好きだったら、付き合ってあげる」」


 当時の俺にとっては、全然納得が行かない返事だった。

 でも、当時の、高校生間際の彼女にしてみれば、俺は子どももいいところ。

 無理もないだろう。


「あの頃は、そんな気はなかったんだろうけどな」

「そうね。でも、結果的にそうなったんだから、面白いわよね」

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電車の中で死にそうなお姉さんを助けてみた結果 久野真一 @kuno1234

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