9.買い物デート?

 昼休みの終わり際、教室へ戻った俺を出迎えたのは旧友の不敵な笑みだ。


「よう、聞いたぞ、オカン。学食で堂々といちゃついてたらしいな」

「……毎回疑問に思うんだけど、そういう情報、どこから仕入れるんだ?」

「同中のダチがあっちこっちにいるからな。学校中に情報網があるんだよ」


 しっかし羨ましいねえと付け加え、陽太は話を続ける。


「天ノ川さんの家にもお邪魔したんだろ? 朝メシ作りに」

「待て。なんでそれを知ってる」


 いくら同中の奴らが多いからといっても、そんなプライベートなことまで知ってるのは異常じゃないか?


 そんなことを考えたものの、真相はといえば、かのん自身がクラスで言いふらしていたのを友人が聞いていた、ということらしい。


 まったく、色んな意味で誤解されたらどうする気だ? かのんに口止めしておかないとな。


「いいじゃねえか。付き合い初めっていうのは、ほんの些細な出来事だって自慢したくなるもんさ」


 陽太はそう切り出すと、経験豊富だと言わんばかりに訳知り顔を浮かべてみせた。


「誤解だ、誤解。成り行き上、仕方なく作っただけだよ」

「仕方なく、ねえ?」

「……なんだよ」

「いーや、別にぃ?」


 ニヤリと笑う陽太。まるで「はいはい、全部わかってますよ」とでも言いたそうだ。


 ……はあ、仕方ないか。俺だって、逆の立場になれば親密な関係だって疑わないだろうし。


 冷静に考えれば、早朝から女の子の家に押しかけ家事をこなし、食事の用意までするとか、どうかしている以外にないもんな。


 しかし……、明日以降、かのんは食事をどうするつもりなんだろう? 毎食デリバリーってわけにもいかないだろうからなあ。


 星月さんも料理は不得手だって言ってたし、また俺が行くしかない……か?


 そうなると朝食だけじゃなくて夕飯も用意してあげたほうがいいのかな。……と、こんなことをぼんやり考えていたんだけど。


 どうやら気づかない内に声へ出していたようで、それを聞いていた陽太は呆れ半分に声を漏らした。


「前言撤回。いちゃついてるとは程遠いな」

「なにがだ?」

「保護者的な立場で女の子の世話を焼いてるだけだろ、それ」

「そんなことないって」

「いーや、あるね」


 それから深くため息をつき、陽太は苦笑する。


「ま。昔と変わらず、オカンっぷりが健在で安心したわ」


***


 その日の放課後。


 俺とかのんは制服姿のまま、揃って近所のスーパーに立ち寄っていた。


「エヘヘへ……。お買い物っ! お買い物っ!」


 青果コーナーを歩くかのんはこれ以上なく上機嫌で、鼻歌交じりにあちこちを見回している。


「楽しそうだな?」

「うんっ! 蓮くんと一緒なんだもんっ! 楽しいに決まってるよっ!」


 にぱーと無邪気な笑顔を見せる青い瞳の美少女。文句なしに五〇〇〇億点差し上げたいほどの可愛らしさだ。


 ……いや、そうじゃない。そもそも、なんでかのんを連れてスーパーに来ているのかというと、帰り際の会話がきっかけだった。


 朝食があんな感じになってしまったこともあり、二人の食生活が気がかりになってしまった俺は、かのんに今日の夕飯をどうするのか聞いてみた。


 すると、ミルクティー色のロングヘアーを揺らすように小首をかしげ、かのんは一言、


「え? なんとかなると思うよ?」


 なんて言う始末。どうにもならないと思うんだけど、それは俺の気のせいか?


「嫌だなあ! 蓮くんってば、心配性なんだから! 美雨も一緒なんだし、きっと大丈夫だよ」

「星月さんだって料理は苦手なんだろ? どうするつもりだ?」

「んー……? デリバリーとか? どこかでお弁当買うとか?」


 さすがお金持ちのお嬢様。毎食デリバリーとか、普通は家計が破産するぞ。


 ……と、そんなことを思ってたら、かのんはさらに続けたわけだ。


「あ、でも、お弁当だと量が多いし、お菓子つまむだけでもいいかなあ」


 ええ。お察しの通り、この一言に反応しちゃったわけですよ。


 気付いたら、かのんの両肩を掴んでたもんね。


「かのん……」

「なっ、なに……!? どうしたの、蓮くん……」

「……お菓子を食事代わりにしたらダメだ」

「へっ?」

「俺が夕飯を作ってやるっ!」


 期待はずれと言わんばかりに、かのんはポカーンと口を開いているけれど。そういう問題じゃないんだ。栄養バランスはしっかり摂らないと!


 ……陽太が見たら「お前のそういうところが『オカン』たる由縁なんだぞ」なんて言われそうだけど。


 それも今は甘んじて受け入れようじゃないか。だって食事は大事だからね!


***


 かのんからのリクエストで、この日の夕食はカレーに決まった。うーん、栄養バランスがあんまり関係ないメニューだな。


 まあいいか。カレーだって具材次第じゃしっかり栄養取れるしな、きのことチキンのカレーにして、あとは春野菜のサラダを用意しよう。


 頭の中でレシピを組み立てていると、いつの間にか、かのんがいなくなっている事に気がついた。


「蓮くんっ! こっちこっち!」


 声のする方向へ振り向くと、そこはお菓子コーナーで、青い瞳をキラキラさせながら、かのんは両手いっぱいにお菓子を抱えてみせる。


「ほらっ! 美味しそうなのがこんなにあったよ! 夕飯が終わったら一緒に食べようよ!」


 ポテチやチョコ、水を入れて練り上げる駄菓子、それにおせんべいなどなど。


 食後のデザートにしては有り余る量に頭を抱えたくなったものの、俺はかろうじて踏みとどまった。


「……そんなに食べられないから。せめてどれかひとつにしなさい」

「はぁい」


 てっきり口を尖らせるものだと思っていたけれど、かのんは大人しく棚にお菓子を戻していく。


 せめてもう一個! とか、そんな声が返ってくるかと予想していただけに、ちょっと意外だ。


「私、そんなに子供じゃないよっ」


 抗議するかのんの表情は、それでも何だか嬉しそうで、俺はその理由を尋ねることにした。


「だって、こういうの憧れだったんだもん」

「こういうのって?」

「ほら、好きな男の子と二人でお買い物とか。新婚さんみたいじゃない?」


 きゃあと両手で頬を抑え、かのんは紅潮する顔を隠そうとしている。


 気持ちは嬉しいけれど、いまの心境的には子連れで買い物に来ている母親としか思えないワケで……。


 ……はあ。こういう考えだから『オカン』って言われるんだろうな、俺。少しは自重しなければ。

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