オカンな俺と、幼なじみ(自称)な彼女と。〜学校一の美少女が突然幼なじみになって、さらには恋人になっていくまで〜

タライ和治

1.天ノ川かのん(前編)

 高校入学と同時に幼なじみができた! ……なんていう現実離れした状況も、ここ最近は受け入れられるようになってきた。


 思い返せば非常識な出来事ばかりだったけれど、慣れというのは不思議なもので、いまでは自分の潜在的な適応力の高さにビックリしているぐらいだ。


 ま、それはさておき。


 今日も今日とてやって来るだろう幼なじみのため、俺は黙々と朝食の支度を整えるのだった。


 炊飯器は昨日のうちにタイマーをセットしておいたし、彼女の好きなほうれん草と油揚げのお味噌汁も用意してある。


 そろそろ鮭も焼き上がる頃だ。あとは甘めの卵焼きでも焼いておこうかなと考えていた最中、パタパタという足音が廊下から響き渡ってくるのがわかった。


「とっげきぃ、となりのぉっ! あっさごはーんっ!」


 ミルクティー色の柔らかなロングヘアをふわりと揺らし、にぱーと無邪気な笑みをたたえ、ブレザー姿の天ノ川あまのがわ かのんはリビングキッチンに現れる。


「……なにそれ?」

「昔、そういう有名なテレビ番組があったんだって。ご近所の食事風景を見て回るっていうやつ」

「ウソだあ。プライバシーの侵害じゃんか」


 無感動に応じ返すと、かのんは頬を膨らませ、ウソじゃないよと少しだけ拗ねた表情を浮かべた。


「あっ。それよりも、またチャイム鳴らさずに入ってきたろ? 勝手に家の中入るのやめろって」

「だって合鍵あるんだもん。鍵開けてもらう必要もないし、それに……」

「それに?」

れんくんだって、ドアチェーンかけてなかったじゃない。私が来るってわかってたからでしょう?」

「まあ、それは……。ね?」


 気恥ずかしさから言葉を濁すと、かのんはコロリと態度を変えて、だらしない笑い声を上げた。


「ウヘヘへ……」

「……朝ごはん、もう少しで出来上がるから手伝ってくれ」

「もちろんっ!」


 テーブル近くへ通学バッグを置いて、かのんはいそいそと台所へ足を運ぶ。


 どこまでも透き通る海を思わせる、青く大きな瞳を見つめながら、俺はあることを思い出した。


「そうだ。朝ごはんの前に渡そうと思っていた物があってさ」

「私に?」

「うん。これ、ちょっと作ってみたんだけど……」


 ズボンのポケットに入ったものを取り出し、かのんへ披露してみせる。


 それは――。



***


 小さな頃から『手がかからない』ことが自慢だった。


 共働きの両親は家を空けがちだったし、ワガママを言ったところで聞いてはもらえないだろうと、子供心になんとなく理解できていた当時の俺は、洗濯・掃除・料理などなど、とにかく率先して家の手伝いなどを買って出ていたのだ。


 思い返してみると、家の手伝いという両親との共通の時間を通すことで、子供心に寂しさを紛らわせていただけなのかもしれないし、褒めてもらうことで大人たちの歓心を買おうという打算が働いていたのかもしれない。


 大人びてたと言うべきか、子供っぽくなかったというべきかは非常に迷うところだけれど。


 とにもかくにも、そんな調子で過ごすこと十数年。


 気付けば高校入学と同時にひとり暮らしを許されるまでには信用される身となったのだった。


 生まれ故郷というにはこれといって思い入れのない街へ七年ぶりに帰ってきたのは、大学受験を見据えれば都会の方が選択肢も多いだろうと思い立ったというのが理由だったりする。


 さらに言えば、いとこの長期海外赴任に伴い、家を空けるタイミングも重なって、「それなら留守の間、蓮が暮らせばいいんじゃないの?」と、トントン拍子に話が進んだワケだ。


「アンタは家事全般こなせるし、ひとりでも生きていけるでしょう? でも、お父さんは、私がいないとなにひとつ出来ないから」


 引っ越しの片付けを終えるなり母親はそう言うと、転勤族でもある父の赴任先へ帰ってしまった。普通なら逆じゃないかと思われるだろうけど、うちの場合、年頃の息子を放り出す方が普通になってしまうから困る。


 ともあれ、文句のつけようがない境遇には違いない。自由を謳歌できる住まいなのだ。実に素晴らしいじゃないか。



 ――十五歳、高校生男子のひとり暮らし、何も起きないはずがなく――



 閑静な住宅街にそびえる、少し古びた2LDKのマンションでひとり、そんな妄想を考えもしたけれど。


 悲しいかな、俺は瞬時に気付いてしまった。


 そういうキャッキャウフフな青春の日々を送れるのはごくごく一部、陽キャヒエラルキーの頂点・オブ・ザ・頂点でなければムリだってね。


 はぁ……。所詮、現実というのは苦く、厳しいものだよなあ。


 ……と、そんなボヤキにも似た話を、入学式翌日、朝のホームルーム前に陽太と交わしていたわけだ。


「そうはいうけどな、オカン。オレから言わせてもらえば、相当羨ましい立場だと思うぜ?」

「そうかあ?」

「親の監視がない最高の環境なんだぞ? エロ本を隠す必要も、見つかる心配もないじゃないか」


 窓際最後列の席を陣取った旧友は、同年代ならではの感想を口にして、屈託のない笑顔を浮かべてみせた。


 あ、そうそう。補足しておくけれど、陽太の言う『オカン』とは俺のことだ。


 もり 陽太ようたは同じ小学校のクラスメイトで、家の手伝いをよくしていた俺に、『オカン』というあだ名を付けた張本人でもある。


 本人いわく、『おかぞの れん』という名前の最初と最後を取っただけらしいけれど。それなら『ゾノ』とか『レン』でも良かったんじゃないかと今でも思う。


 受験の日、人一倍記憶力がいいと自負する陽太に発見されなければ、昔のあだ名を思い出さずに済んだんだけどね。


「あのな……。ソーイングキットを持ち運んでいる男子なんか滅多にいないぞ? クラスメイトのブレザーのボタンを縫い直してやるとか、『オカン』以外になんて呼べばいいんだ?」

「普通に名前で呼べばいいじゃないか」

「親しみやすさは大事だろ? 自己紹介前に存在が知られて良かったな」

「良かねえよ。クラス中にあだ名を広めやがって」


 本名よりも先にあだ名が広まってしまったことへ抗議すると、陽太は「まあまあ」となだめるように話を続けた。


「有名人でもない限り、お前の存在が学校中に知られることもないんだ。いちいち気にすんなって」

「気にするわ」

「ああ、そうだ。有名人で思い出したんだけどよ」

「急に話題を変えるな」

「まあ聞けよ。知ってるか? 一年A組にとんでもない美少女がいるんだって」

「……そういう話、どこから仕入れてくるんだ?」

「仕入れるも何も、学校中で評判の有名人だぞ? 知らない方が珍しいっての」


 入学して二日目で、マイノリティー扱いされるのは不本意でしかないんだけれど。


 そんな不満を気にも留めず、陽太は瞳を輝かせる。


「なんでも聞いた話では、『百人いれば間違いなく百人が振り返り、さらに噂を聞きつけたギャラリーが軽く五十人は加わるほどの美貌』らしいぜ」

「なんだそりゃ? 例えが極端すぎて、すんげえ怪しい感じになってるじゃん」

「ウソじゃねえよ。男子だけじゃなく、女子たちだって噂してんだからな」

「へえ、そりゃすごい」

「だろ? だからさ、今からその美少女とやらを見に行こうぜ!」


 すくっと席を立ち上がり、陽太は人好きのする顔でこちらを見やった。


「待て待て待て。見に行ってどうする?」

「とんでもない美少女なんだぞ? オカンだって気になるだろ?」

「まあ……」

「真相は明らかにしないとな。気になって授業も集中できないだろうし」

「授業は関係ないだろ」

「それにだ」

「俺の話を聞け」

「上手くいけば、お近付きになれるチャンスだってあるんだぞ? 明るい高校生活を過ごすためにも、行動あるのみってな!」


 こちらの相づちを一切無視した陽太は、スキップしながら廊下を急ぐ。


 まったく、お気楽なやつだなあ。学校中で評判になるほどの美少女とお近付きになれるワケがないだろう?


 でもまあ、とんでもないって言葉が付くほどの美少女って話だし、ひと目だけでも見ておきたい気持ちは十分に理解できる。俺だって見られるのなら、ぜひ見てみたい。


 そんな年相応の好奇心を胸に、俺は先を急ぐ旧友の後を追いかけるのだった。

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