戦う意義 ――私のホームページに問題が……


 さらにホームページに寄せられたコメント数を見てもっと驚いた。九百件を超えるコメントがこの短時間に寄せられたのだ。管理機能を使ってコメント内容を一覧で表示すると、単なる応援しますというコメントから、内容に関する興味深い意見や質問などが目についた。その中で最も嬉しかったのは「このホームページを見て、市政に興味が出た」というコメントが散見されたことだ。


「毬恵さん、見てください」

 先ほど厳しい表情を見せられたにも関わらず、嬉しさのあまり隣に座る毬恵さんにパソコンの画面を見せる。

「あら……」

 その時、閲覧者数は既に七千人を突破していた。予期せぬ朗報に、毬恵さんの顔に赤味が差した。

「やっぱり柊一さんの作るページは凄い……」

 毬恵さんはしばらくコメント一覧を見ながら考え込んでるように見えた。そして顔を上げると、今まで見たことがないくらいとびきりの笑顔を見せてくれた。


「いいわ、もう腹をくくった。柊一さんに賭けるわ」

「皆さんの真摯な政治姿勢があってこそですよ!」

 心からそう思ったので強い口調になった。

 毬恵さんははにかみながら「ありがとう」と言った。滅多にない毬恵さんの素直な表情を可愛いと思った。


「でも、結構内容に対しての質問が多いわね」

「きっと選挙でこれだけ政策を具体化することは少ないし、新しい生活スタイルに結び付く話だから、みんな興味を持って真剣に読んでくれているんだと思います」

 また毬恵さんが考え込んだ。

「これはたいへんね」

 先ほどまでの嬉しそうな顔に翳りが見えた。


「何か問題が起きましたか?」

「このコメントには質問が入っているものが三、四割あるわ。これに全部答えていくのはかなり大変な作業になると思わない」

 確かにそうだった。だが、こうして興味を持って質問してくれている以上、答えた方がいいに決まっている。だが答えるにしても誰でも答えられるわけではない。クラウドハウスに関する専門的な話であれば自分が、政治的な話であれば毬恵さんの確認が必要だ。いや毬恵さんの性格からして、全ての答えに目を通したいと言い始めるだろう。

 選挙戦は一週間しかないことを考えると、できるだけ早く回答を返す必要がある。そうすると、遅くとも明日の夜迄には、答えを用意しなければならない。


 コメント数を示すカウンターは今も上がり続けている。

 これはなかなかの難問だった。ふと三一世紀の政府系のアンケートシステムのことを思い出す。AIが回答を内容によって分類し、コメントを作成して、報告書を公開する。

 だが、私のマイクロチップにはこのプログラムに関する情報はない。また仮にプログラムがあったとしても、この時代の政治感覚に合わせて回答を作るために、専門的なカスタマイズが必要で、私にはその能力はない。


 画面を見ると閲覧数は八千を超え、コメントも二千五百を超えていた。もはや数人の人間で裁ける量ではなくなっている。しかもこれが一週間ずっと続く可能性があるのだ。

 車は駅近くのショッピングモールの駐車場の前に止まった。これから東さんがハンドマイク片手に、選挙戦初日の該当演説を始める。既にボランティアのビラ配布隊も集まっていた。


 東さんは毬恵さんに導かれて、きびきびとした動作で若さをアピールしながら、演説場所に向かう。東さんの姿を見て、買い物客や通りすがりの人が足を止める。すぐに二十人以上の人だかりができた。人が集まる気配はまだまだ止みそうにない。

 聴衆に挨拶をしながら、媚びるわけでも威圧するわけでもなく自然体で、演説は始まった。東さんの声は太くてよく響く声だ。若さと未来に向かう躍動を感じる。


 演説の冒頭は自身が四年間行ってきた市政の振り返りだった。破産状態に陥った富士沢市が復興するために、目の前の男と一緒に頑張った日々を誰もが思い出した。

 話は未来へと向かう。子供の笑顔がそこかしこに溢れる街の姿が語られ、現施策の継続と発展を約束する。

 最後に私の提案したクラウドハウスを中心にした、新しい働き方を強力に押し進める街の姿と、東市政のキャッチコピー「子供の笑う電脳都市富士沢」が紹介された。その言葉が出たところで、ホームぺージにキャッチコピーをアップする。あくまで現実の選挙活動とバーチャルはリアルタイムに連動する。


 このキャッチコピーは東さん自身が考えて提案したものだ。最初に聞いたときは電脳都市という言葉が、漫画のようだと反対があったが、毬恵さんは強く賛成した。その少しダサいくらいの感覚が、東さんには良く似合うのだと。

 その効果は目の前の聴衆を見て実感した。文字だけ見れば引いてしまいそうな言葉が、東さんの口から語られることによって希望に変わる。東さんが持つ力強さと信頼感がそうさせるのだ。

 私も自分自身が惹かれた東さんの人間としての魅力を、改めて再認識した。いろんなことを理詰めで計画していったとしても、最後に形にできるのはこうした人間力なのだと思い知らされる。


 私の心は決まった。これからは支援者三上修一として全力を尽くす。

 まずは膨大なコメントとの格闘だ。

 東さんと毬恵さんが、演説を終えて選挙カーに戻ってくる。

「さあ、頑張りましょう! 今夜が勝負だ」


 選挙カーの使える夜八時を回ったところで選挙事務所に戻った。

 事務所には電話による投票依頼の担当のボランティアが、必死で目標数に向かって頑張っていた。

「毬恵さん、このコメントへの答えなんだけど、FAQ方式でやろうと思う」

「どういうこと」

 さすがに毬恵さんも気になっているらしく、電話部隊の状況確認や明日の段取りで忙しい中で、私の提案に耳を傾ける。


「これから一晩かけて、コメントの中の質問内容を分類して、Q&Aを作り上げる。明日の朝、それを渡すから選挙カーで街を回っている中で、それでアップしていいか確認して欲しい」

「一晩かけてって、一人で全部やる気なの?」

「ボランティアの人たちに任せるわけにはいかないし、毬恵さんも今日はまだ仕事がたくさん残っている上、明日の朝は早い」

「でももうコメントは三千件超えてるのよ」

 毬恵さんは冷静に私の処理能力を疑っている。


「大丈夫だよ。ざっと見ただけでも、同じような質問はかなりたくさんある。分類してしまえば、答えの数は限定される」

「無茶だわ、それにコメントは今日だけじゃなく、明日も明後日も来るのよ」

「だからFAQを作る。明日以降はぐっと対応が楽になるよ」

 毬恵さんは黙って私の顔を見ている。私はどうしてもこの仕事を任せて欲しかった。


「いいわ。どちらにしろそれしか方法はなさそうだしね。あなたを信じるわ」

「ありがとう! 全力を尽くすよ」

「でも不思議ね。あなたならAIで自動回答とか、言い出すんじゃないかと思ってたけど、意外と普通の方法をとるのね」

 毬恵さんはそう言って、微笑みながら自分の仕事に戻って行った。

 私は少しだけ彼女の信頼が増したような気がして嬉しかった。


 早速コメントの分類に取り掛かる。機能的に質問のないコメントは読み飛ばしたいところだが、コメント主があのホームページを見て何を感じたのか知るために、あえて丁寧に読んだ。

 丁寧と言っても、ページ単位の視覚情報を、直接マイクロチップに送り込み文章化するページリード機能により、常人の百倍の速度で読み取ることができる。

 読み取った文章は適切なキーワードを付け、メモリーに格納する。格納した文章はいつでもキーワードでフィルターをかけて取り出すことができ、もちろん全文検索も可能だ。


 これらの作業を一コメント七秒で終了させる。私の作業する姿を見た人は、手も動かさずモニターだけを見る姿に、立ち往生していると感じただろう。

 それでも三千件超のコメントの整理は、六時間近くを要した。時計を見ると既に夜中の三時を超えている。マイクロチップに格納したキーワード付き文章を、今度はパソコンのハードディスクに流し込む。ちょっとしたテキストデータベースの出来上がりだ。

 コメントの七割は東さんの立候補に対する激励や、政策に対する感想だった。これらは別の意味で興味深いデータであったが、その分析はこの作業の目的とは一致しない。


 私は残り三割をさらに純粋な質問とネガティブな疑問に分けた。割合的には六対四といったところだ。

 まずは自分の提案に対する質問、約五五十件を再分析し、九十のFAQを作り上げた。この作業に二時間要したため、時計の針は既に五時を回っている。

 毬恵さんたちがここを出発するのは七時の予定だ。もうあまり時間がない。残りは質問を整理するだけにして、アンサーなしで渡すべきか迷った。

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