ゾンビのいる町で

古新野 ま~ち

ゾンビのいる町で

 我々の町に現れたゾンビは単独だった。

 男か女かの見分けはつかないほど身体はただれていた。

 だがこのゾンビと生殖行為に及ぶ者がいないはずなので区別をつける必要はなかった。

 ゾンビは我々を当然のように襲った。

 その時点で、我々とゾンビの関係が決まったといえる。

 生者の肉を喰うためか、体液を啜るためかは、我々の理解できることではない。

 確実に言えることは、蝿ですら寄り付かない腐敗臭の口から覗かせる腐葉土のような色をした舌から垂れた黄土色の涎は町の住人を見つめて興奮して分泌されていた。

 毒蛇めいた体温だったという証言がある。

 ゾンビの出現が確認されて間もなく襲われた人物の証言であった。

 我々のプライバシーから誰が最初に襲われたのか秘匿させて頂くが、その人物はひどく苦しんでいることは周知されるべきである。

 出現後、ゾンビの手による怪我をしたのは後にも先にもこの方だけである。

 ゾンビの汚臭まみれの手で触れられたことがよほどショックなのだろう。

 我々はこの方の心の傷に寄り添わねばならない。

 ゾンビは何者よりも弱く何者よりも生命力に富んだ存在であったため、我々の町は少しずつ変化をしていくことになった。

 まず我々の町はゾンビの存在を認めつつ、このような唾棄すべき神にすら棄てられたような汚物を取り囲むことからであった。

 怪我をした者がその肘を公衆トイレの洗面台で洗浄している間にカタがついた。

 我々は近くにあった石礫をゾンビに投擲した。

 怯むとすかさず背後から蹴り倒れたところを踏みしめた。

 ゾンビの顔が割れて低俗な虫すら出さぬような血もどきを流した。

 動かなくなったことを確認すると我々は町の責任者の同意のもとで隣町の道に棄てることにした。

 ゾンビなんて要らないという住民の満場一致であった。

 ただし何人かがせめて隣町に埋めてやろうと言った。

 それ以上の住人が面倒だと言った。隣町に棄てる担当は、我々のなかでも好奇心の強い住人が手をあげた。

 棄てる前に試したいことがあると言った。

 我々の大部分は既にゾンビに興味を失せていたため責任者は好きにすればよいと言って解散をした。

 責任者はこのことを後になって謝罪した。

 好奇心の強い者たちはゾンビの内臓を引っ張りだして潰してと、幼稚な遊びをしはじめた。

 幼い子供も見ているという子育て世帯の意見を無視した。楽しい時あるいは酷く教育に悪い見世物は、我々の町に耐え難い悪臭が充満したことにより終わった。

 乾いた骨と皮膚だけのゾンビを隣町の道路に棄てた後は、住人たちは過剰なほど清掃する必要にかられた。

 臭いの原因がなにか分かるほど脳のある者は我々の中におらず、とにかく強力な洗剤でゾンビの血がついた路上や返り血を浴びた服を清潔にした。

 隣町の住人の代表が一人で我々の町に文句を言いに来たときにも血で汚してしまったため美化に大分時間を費やした。

 翌日、何事もなかった。しかしその翌日、ゾンビがまたしても現れた。

 我々のうち若干名が今度のゾンビはフィクションでみかけるゾンビかもしれないと怯えた。

 しかし今度のゾンビも当然のように雑魚。

 雑魚すぎてうちの娘ですら木の枝で始末できると言う者まで現れた。

 今度のゾンビは隣町まで囮で誘導した。囮は町の責任者が担った。

 責任者は隣町の住人で歩くのが遅かった者の首を折りゾンビに与えた。ゾンビは死体に夢中になったらしい。

 翌日もその翌日も我々の町にゾンビは現れなかった。

 次にゾンビが現れたとき、我々の町でゾンビのことを覚えている人はほとんどいなかった。

 だから、我々はゾンビをまた潰してしまった。

 悲惨極まりない悪臭が飛散、と当時の責任者が言った。

 我々は息ができないほど笑った。

 我々は他に笑うべきことがなかった。

 笑いすぎた住人の一人が息絶えた。

 潰れたゾンビと住人一人を隣町に棄てた。

 鴉や鳩が住人だけを食べてゾンビには見向きもしなかった。

 翌日もゾンビが現れた。

 この時代の我々は臭気に慣れていた。

 我々の町に侵略した宇宙人たちが途轍もない悪臭を放つ謎の工場を建設したことと、我々の町のUMAがちょうど繁殖期だったようで見えないところからメスのフェロモンとオスの精液がグチョグチョになったものが絶えず充満していたからだ。

 我々は臭いことこそむしろ良いのかもしれないという価値観を得ることにも成功していた。

 なんなら我々自身が臭くなることで宇宙人様の深謀である謎の工場からはなたれる地獄の亡者ですら嗅ぐことのできない香りすら堪えることができる。

 故にゾンビが臭いことが好都合であった。

 ゾンビの悪臭を身体に塗る。

 今まで糞を身体に塗っていたがそれよりも臭いなら我々にとって願ったり叶ったり。

 ゾンビと出合い頭、手にした金属の塊で頭を割る。

 するとゾンビの頭の中身がまるでマグマのように流れるから顔に塗る。

 侵略される前の時代の記憶がある高齢者はまるでDHCやわと言って笑顔になった。

 ある者はゾンビを車で曳きずり町を駆ける。

 道にゾンビの残す体液の跡が蒸発すると我々の町は活気づく。

 子供たちは川でゾンビを使って遊ぶ。

 川の中の岩でゾンビの頭を潰す。

 ゾンビの肉片と工場の排水と混じり合う下流には我々の生活用の水がある。

 流れる水は全て我々の飲み水である。

 我々は昔からおおむね満足のいく生活を送っている。


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ゾンビのいる町で 古新野 ま~ち @obakabanashi

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