第6話 パーティ

「目が覚めたら、私に仲間ができていた……」


 解せぬ、という表情のイングリド。


「よろしく。道化師のオーギュストだ」


「あ、ご丁寧に」


 俺とイングリドは握手を交わす。

 力強い手だ。


「いや、そうじゃない。いきなり君のペースに呑まれた」


 イングリドが真顔になる。


「知っているのか? 私は死神だぞ。君も私とパーティなど組んだら死ぬことになる」


「ああ、知っている。だが、それは間違った知識だ。君は死神ではない!」


 俺は断言する。

 イングリドが目を見開いた。


「なぜそうも力強く断言できるのだ……?」


「君が酔って寝ている間にスキルを見た」


「マナー違反では?」


「こうして仲間になったので結果オーライということにしてくれると嬉しい……! 君の持つユニークスキル、幸運の成果がきちんと発揮されているからこそ、犠牲者が出たんだ」


「幸運スキルが、犠牲者を……? いや、それじゃあまるで悪運ではないか」


 イングリドが口をへの字にした。

 そして、カウンター席の横に座る俺が、何も注文していないことに気付いたようだ。


「何か飲まないのか?」


「入国税で一文無しになってね……」


 すると、イングリドが哀れなものを見るような目を向けてきた。

 うーん、ハートにグサッと来るな。


「仕方ない、私が建て替えておこう……。道化師なのだから、芸でも見せて稼げばいいではないか」


「広場の使用許可を申請して、降りるまでは半日掛かるんだよ。それまでに私の腹がもたない」


「仕方ない、私が料理も建て替えておこう……」


「恩に着る! この礼は、君の汚名をそそぐことで応えようじゃないか!」


 俺の言葉に、イングリドはきょとんとした。


「汚名をそそぐ? 私の? 死神の名を? ハハハ」


 虚ろに笑うイングリド。

 これはいけない、重症だ。

 俺は彼女の奢りである、パンとミートシチューとぶどう酒をたらふく食いながら、いかにして恩を返すべきか考え始めた。


「仕事で受けた不名誉なあだ名は、仕事で返すべきだ。そう思わないか、イングリド」


「そう思わないかって、まあ、そうかも知れない。だが、私は冒険に出るたびに死神の呼び名を証明してきたからな……。はあ……私は死神だあ……。酒、呑まずにはいられない……」


「もう酒はよすんだ。仕事を受けられなくなる。それに、酒は味わって飲むものだよ。料理も然り。やけになって胃に注ぎ込むなんて、食事に対する冒涜だ」


「私の奢りを本当に美味そうに食う男だな……」


「他人の金で得た食事と酒がこんなに美味いとは思わなかったよ。それはそれとして。早速仕事を受けようと思うんだ」


 俺はシチューを食べきり、皿についた残りをパンで拭って食べ、ぶどう酒を飲み尽くしてから、食後のお茶を頼んだ。これをゆっくりと味わってから立ち上がる。


「早速……?」


「誰しもリズムというものがあるんだよ、イングリド。お茶は香りを楽しみながらゆっくり呑まないと、茶葉に対する冒涜だ」


「君は口だけは回るなあ……」


 半分呆れながら、しかし彼女は俺の提案に反対する気は無いようだった。

 他でもない。

 イングリド自身、死神という汚名を返上したいと思っているのだ。


 そうは思っていても、自分ではどうしたらいいか分からない、ということはよくある。

 どん詰まりな状況を打開する時に必要なのは、第三者視点からの手助けである。


 これは俺にとっても、得になるしね。


 依頼が貼られた掲示板にやってくる。

 コルクのボードを埋め尽くすように、仕事の内容がびっしり書き込まれた紙、紙、紙。


 冒険者たちは掲示板の前に立ち、目を細めて依頼書を読んでいる。


 冒険者は、文字が読めない者も珍しくない。

 その中で、魔術師や上位の盗賊と言ったクラスを持つものは、大抵が読み書きできた。

 なので、彼らが掲示板から仕事を持ってくる担当になる。


 イングリドはどうだろう。

 どうも、口ぶりも装備も、そして酒を口に運ぶ身のこなしも、どれもが教育を受けた人間のそれだ。

 過去を詮索するものではないが、それなりの階級の生まれであろう。


 そんな事を考えつつ。

 俺の頭は、別のことを考える。

 そう、報酬だ。


 とにかく今は金が欲しい。

 今の俺とイングリドは、頭数が二人。

 報酬が高ければ、二人で山分け。


 では、狙い目の依頼はなんだ?


 速読のスキルを使ってざっと依頼書を見回す。

 俺はすぐさま目星をつけた。


「これだ!」


 剥ぎ取ったのは、一枚の依頼。


『緊急! ジョノーキン村が毒の霧に沈んだ。原因究明と生存者の救出。50ゴールド 依頼人:アキンドー商会』


 金額、そして依頼内容の意味不明さ。

 毒の霧という物騒さに、誰もが手を出しあぐねていた。

 それでも、依頼の重要度は緊急依頼。


 これならば、すぐさま旅立つことができ、イングリドの実力を見つつ、高額の報酬を得た上で、ギルドと商会に恩と顔を売ることができる。


「これにしよう、イングリド」


 彼女は俺が手にした依頼書をちらりと見てから、ため息をついた。


「なんで君は、そんな凄く死にそうな依頼を選んでくるんだ……。ああ、もうだめ。絶対死ぬ。君が死ぬ。だって私、死神だから」


「なに、こういう絶対的に死にそうな依頼を無事にこなして生還するのが受けるんじゃないか。頼りにしてるよイングリド。そして俺に任せておけ」


「君、どっちだよそれは」


 さすがのイングリドも、少し笑うのだった。


 


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