第9話遺跡発掘記〜前編っ!〜

 午後の街道は人もまばらで、行き交う顔触れも焦りを見せている。

「雨降りそうね」

 あたしの旅の連れ。アリシアも泣き出しそうな空に不満顔だ。


「───っ!」

 っ!

「何? 今の」

「女の叫び声?」

 街道に沿った林の中から聞こえてきた。

 アリシアが口の中で小さく呪文を唱える。

『誰かっ! 誰か助けてぇ!』

 風に乗って聞こえてくる声に顔を見合わせた。


「トラブルっぽいわね」

 アリシアの面倒くさそうな物言いに

「なんで声を増幅させたのよ」

 あたしも突っ込まざるを得ない。

『……』

「助けに来なさいよぉぉっ!」

 林から女が飛び出して来た。



「で、何があったのよ」

 年は20代後半かな。猫を思わせるちょいつり目の黒い瞳。黒髪のショートヘアは振り乱れている。

 アリシアがヘタリ込む女に声をかけた。

「とにかく、来てもらえないかしら?

 あなた達そんな格好で街道歩いてるなんて、そこそこ腕が立つんでしよ?」


 アリシアと顔を見合わせる。

 あたしはショートヘアの赤栗毛。

 ロングソードに黒竜アイアンドラゴンの鱗で造った胸当てブレストアーマーの剣士姿。

 アリシアは金に近い榛色はしばみいろの長い髪、エメラルドの瞳に愛らしい顔立ち。

 黙って立っていると変なヤツによく声をかけられるが、至って普通の魔道士姿。


「遺跡の調査をしてたら中からアンデッドが出てきてっ」

 アンデッドかぁ。

 今更説明するまでもないくらい有名な部類の魔物モンスター

 スケルトン以外はほぼぐちゃぐちゃしてる。

「お礼はさせてもらうわ。

 他にも仲間がいるの。助けてっ」

「困っている方を放ってはおけないわ。

 行きましょう!」

 最近身入りのいい仕事にありつけて無かったからなぁ。

 即答するアリシアのまなこには、もう金貨しか映ってない。


 街道から林に入ると、すぐに開けた場所にでた。

 開けた。というより、開いたのか。

 樹々が伐採された跡が見える。

「あそこよ」

 彼女が指差す洞窟の入り口はガッチリと氷に閉ざされている。


「えーと。三人ほど氷漬けになっているようだけど」

 あたしの見た限りだと、アンデッドではない男が三人氷漬けになっている。

「うん。仲間よ。

 アンデッドに驚いて逃げてきたんだけど、アンデッドが外に出たらまずいかと思って。

 あたしが出てすぐに氷結壁アイス・ウォールふさいだの」

 いるんだなぁ。アリシアみたいな女。

「あんた、仲間に対してエゲツないわねー」

 あたしはアリシアあんたに氷の弾丸で撃たれそうになったり、放つ雷撃に打たれそうになったりしてますけど……。


「そんなに急いでどうこうって程じゃないじゃない。

 救出より先に、依頼料の確認よ」

 アリシアの目が光る。

「あっあたしは下っ端調査員だから、値段交渉は調査団の団長として頂戴。

 ここの調査はそこそこの規模でやってるの。依頼料とか、中の調査の為にも護衛が必要そうだし」

「で、団長はどこ?」

 あたしの問いかけに彼女は黙って氷の壁を指差した。

 だよね。


「じゃあ、とりあえず解凍して、アンデッドが出たら狩る方向で」

 アリシアが口の中で呪文を唱える。

「こんな街道に近いところに遺跡があるなんてね。

 ここは何を発掘してるの?」

 何となく。

 アリシアの仕事が済むまでの世間話程度のつもりだったんだけど。


「え。あー、うん。

 魔道具とか、権力者のお墓的な感じの」

 なんとも歯切れの悪い感じ。

「そ、んなことよりさ。

 旅をするってどんな感じ?」

「んー」

 乗せられたんじゃなく、乗ってやったの。

 なんか、あからさまに話題そらされたよね。

 


「死ぬかと思った」

 アリシアの魔法で解凍された三人の男は、冷えた身体をさすりつつ思い思いの格好で地面にヘタリ込んでいる。


「団長。この子達が遺跡の発掘作業中の護衛をしてくれるって」

 女が一番歳上と思われる男に声をかけた。

 学者って言うよりかは肉体労働系のオヤジ。多分40は超えてるかな。

 ボサボサ髪とボサボサ髭が繋がっている。

「それは助かる。

 わたしはドガーだ」

 差し出してくる手はまだ握らない。

「待って、依頼を受けるかどうかは依頼料の話をしてからよ」

 アリシアが釘をさした。


「そんな事より、とりあえずお礼をさせてくれるかい?」

 立ち上がった男は20代前半ってとこ、調査団の中ではおそらく一番若いかな。

 柔らかそうな金髪に金の瞳。そこそこ整った顔から、微笑んだ口元に白い歯が光る。


 んー。

 俺、カッコイイ。って思ってるタイプだな。

「助かったよ。可愛らしいお嬢さん」

 そっとアリシアの手を取り、その甲に口づけする。

 アリシアも慣れたもので、特別な反応はしない。


「僕はロッド。

 アンデットに追われるし、氷漬けにされるし、ついてないなんて思ってたけど。

 君に会えたことで帳消しだよ」

 氷漬けはお前の仲間の仕業だよ。

 太陽の光が届いていたら、反射してもっと光り輝いていたであろう白い歯がそこそこ輝いた。


 あたし達の視線が最後の一人、痩せすぎで猫背気味の黒髪、黒装束の男を見る。

 彼は何も発さずに視線も上げない。

「ごめんね。

 彼のことはブラックって呼んで。

 紹介がまだだったよね。あたしはリタ」

 随分と個性の強い少人数調査団に、あたしとアリシアは視線を合わせる。

「とりあえずは依頼料よ」


 リタはそこそこの規模でやっている。

 なんて言っていたけど、ドガーの示した額は護衛の相場から見てももう一声欲しいところ。

「アンデットだって出たっていうし、もう少し出してくれてもいいじゃない」

 引き下がらないアリシアに

「ここの発掘で成果が出れば、上乗せできなくもない」

 と、一点張りのドガー。

 お互い譲らずにらみ合う。


「あ。降り出したわ」

 リタに言われるまでもなく、ネズミ色の空はついに大粒の雨を落とし始めた。

 全員がさして広くもない遺跡の入り口で雨をしのぐ。


「ね。

 雨も降り出したし、ここは一旦依頼を受けて一緒に中に入らない?

 ここで止むのを待っていても、銅貨一枚にもならないわけだしさ」

 肩を抱こうとしたロッドから、するりとアリシアが逃げてきた。


「確かに、行かないよりかは金になるけど……」

 あたしだけには聞こえるような小声でつぶやく。

 そこまで悩むかってくらいに顔が深刻。

「ちゃんと成果が出たら上乗せしてもらいますからね」

 アリシアの差し出した細い手を、ドガーの大きな手が握った。

 交渉(渋々)成立。

 暗く先の見えない遺跡の闇が、あたしたちを出迎える。


 ロッドの生み出した二つの光球ライティングが、一行の前後を照らす。

 リタも氷の魔法を使っていたし、洞窟に潜る最低限の装備や攻撃魔法は使えるみたいね。

 先頭にあたし、その後ドガー、リタ、ブラックと続き最後尾はロッドとアリシア。


「次の分かれ道は左だ」

 ドガーの指示で綺麗に整備された通路を左に折れる。

 その途端、辺りの空気が淀んで感じた。

 いる・・

「ど、どうした?」

 急に足を止めたあたしにドガーが怯えた声を出す。

 全く、熊みたいな図体ずうたいして肝が小さい。

 剣の柄に手をかけ、ドガー達を下がらせる。

「洞窟って、下手に大きな術を使うと崩落するから嫌なのよね」

 あたしの隣に移動してきたアリシアは、大きく髪をかけ上げると利き手を振り上げた。

「それがわかってくれてるなら良かったわ」


 暗闇の奥から何かを引きずるような音に、うめき声が重なる。

光球ライティング

 アリシアの投げた小さな魔法の光が音の正体を照らし出した。

「ゾンビか」

 背後にリタとロッドの悲鳴を聴きつつ、アリシアの口からは苛立ちを含んだやる気のない声が漏れた。

 こいつらは多少の切り刻んだところで意にもかいさないし、何よりその見た目のインパクトが強烈。

 そしてくさい。

 その数ざっと十数匹。


氷結鞭アイス・ウィップ

 振り上げたアリシアの細い指先から、はらりと氷の結晶がこぼれ落ちる。

 と、パキパキと音を立て辺りの空気を凍らせながら氷の帯が突き進み、

拡散スプレッド

 ギイィィン!

 辺りの空気が収縮し、悲鳴をあげると四方に分かれた氷の帯がゾンビ達を氷の彫刻へと仕上げていく。

 いろいろ飛び散らず、臭いも抑えられて一石二鳥。


爆風弾ブラスト・ブリッドっ!」

 トドメとばかりに衝撃波が通路を塞いだゾンビの彫刻を微塵に砕いた。

 剣の出番は一切なし。

 ま、ゾンビなんて切りたくないけど。

「何も砕かなくてもいいのに」

 剣を納めて振り向くアリシアの横顔に陰りが降りる。



【後編っ!に続く】

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