パズルピースみたいに


「これで何人目?」

 静かに眠る山の中、ザクザクと地面を掘る音に混ざって、僕の声が闇夜を揺らした。

「しばらく前に数えるのはやめちゃったからなあ。こういうのは、量より質なんだよ」

 綾野は手を止めて数本指折りするが、すぐに諦めて穴掘りに戻った。

 「そういうもんか」と続けて、僕も作業に戻る。

 彼女が殺人鬼であると知ったのは、つい先日のことだ。クラスで一番の人気者の彼女と、クラスで一番の日陰者の僕との間に、奇妙な協力関係が生まれたのも、それがきっかけだった。

「今回は子供だし、これくらいでいいかな」満足そうに呟く声が聞こえた。

 言うが早いか、身長の半分ほどはある金属製のシャベルを軽々穴の外へと放って、軽く両手を払う。手から砂埃が出なくなったのを確認すると、ぴょんと簡単に跳躍して、穴から出てしまった。華奢な見た目に反して力持ちなのは、やはり人殺しで鍛えているからなのだろうか。

「ほら、早く出て。それとも、生き埋めにされたい?」

「お前のそれは冗談にならない」

 楽しそうに「あはは」と笑う綾野の手を借りる。子供用の穴とはいえ簡単には出られず、かなり無様になってしまった。

 居心地が悪くなって、意味もなく服の裾を払っていると、いつの間にか綾野が大きめの麻袋を用意していた。中身は……。この場合は想像しない方が懸命だろう。綾野はそれを鼻歌まじりで足元に投げると、穴の中へと蹴り入れた。

「僕のことはさ」綾野の隣に立って、無造作に捨てられた袋を見つめる。「殺したくならないの?」

 綾野は、意外にも驚いたようだ。微かな光を湛えた瞳が、一瞬まん丸に見開いたかと思うと、いつも通りの余裕そうな表情へ戻る。

「『殺したい』にも色々あると思うんだよね」少しの間が空いて、そう呟いた。

「『好き』に色々あるみたいに」

 そう言うと綾野はシャベルを手に取って、袋に土をかけ始める。僕もシャベルを振るった。

「少なくとも、君のことを殺したいと思ったことがないと言うと嘘になっちゃうかなぁ」

「殺すことに相手の許可がいるってことじゃないんだろう?」

「それはもちろん。殺したいときに殺したい人を殺してる」

 そう言いながら、土をかけ終わってふかふかになった場所を、上から固め始める。僕も棒になった足に鞭を打って、後に続いた。

「尚更僕が殺されていない理由がわからない。口封じも含めて、真っ先に殺すべきだ」

 綾野は困ったように「ええと」と漏らす。

「どうしてなのかなあ……。私にもわかんないや」

 彼女なりにしばらく考えたようだが、結局、綾野は諦めたようにカラッといい声で答えた。

 荷物をまとめて一輪車に載せ、下山する。

「それにしても、綺麗な後処理だな」

 夜の暗さも合わさって、そこにあったはずの穴は素人目には跡形もなく消えたように見える。何度も繰り返した作業だからなのか、それとも殺しを含めてこの一連の作業に天賦の才があるのか。

「そうかな……。えへへ」

「乙女みたいな反応をするなよ。そういうところ、本当に歪んでるな」

「それは君も同じでしょ? 普通、同じクラスの女子が死体埋めてるところに遭遇しても『手伝わせてくれ』とは言わないよ。その上『次やる時は呼んでくれ』なんてさ」

 一輪車を押す僕の背中をバンバン叩いて、仕返しとばかりに言葉の矢を放つ。

「おい何すんだ」と、僕が文句を垂れる頃には、彼女は少し遠くに居た。

 下り坂を水平に見渡すと、夜景と星空が地続きに見渡せる。偽物の星があまりにも明るすぎて、本物の星が霞んでいた。

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戯言の上澄み 四百文寺 嘘築 @usotuki_suki

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