最終章 17.旅立ち

「太陽神……!?」


『我は火の精霊サラマンダーでもあり、太陽を司る神スヴァローグ。太陽の力により、この先も見通せる』


 その深く力強い声に、荒々しさと神々しさを持ち合わせていた。


「先が見える……?」


『そなた瀬戸敬介はこの神地リスターンの可能性の世界、ここから二千三百年先の地球からここへ連れて来られているのだ』


 今、目の前で燃え盛る神は唐突で驚くべきその真実を語った。

 

 ここがもう一つの過去の地球とでも言うのか。


 あまりにも信じがたいその事実に言葉さえ出てこないまま、堂々と出で立つ太陽神スヴァローグを時が止まったかのように見つめ続けた。


「アイツがもう一つの可能性の世界の者……? 異世界の者じゃなかったって言うのか……?」


「ケイスケ様が数千年先にその世界で生まれた……?」


「そんな先からここへ来たって言うの……?」


 エダーやグダン、リラ達は唖然とし、動揺を隠せないままこちらを見つめている。


『セーレを解き放てば、そなたが生きたもう一つの世界は大きく変わるであろう。この並行世界は同じ時空に同時に存在し、相互に影響し合っている。今が先へ繋がっているこの事実を変えることは決して許されない』


「……だから、黒神チェルノボーグに味方してたというのか」


『そなたにこの先を変えられるわけにはいかないのだ』


 ここへ向かう途中、船の上で起こったセーレとの出来事、そして今聞いているこの声。

 あの時と同じ声だった事を思い出し、妨害され続けていたその理由にどうしようもなくいたたまれない気持ちに包まれた。

 だが、喉に何かが引っ掛かったかのような違和感を覚える。


「それで、セーレを連れて行くのかよ……!」


『それがこの世界の秩序なのだ』


 決められた世界へ進む事が道理だと言うのか。

 

「……違う! またこの残酷な歴史が繰り返されるだけだ……!」


『そうだ、歴史は繰り返す。何も間違いではない。そうやって人々は学び、生きていくのだ』


 その通りだ。

 太陽神スヴァローグが言うことは何も間違ってはいない。

 人間は過ちを繰り返しながら、学び、生き続ける。


 だが――



「その歴史を選ぶことは出来る。今、ここで……!」

 


 太陽神スヴァローグのその燃えるような瞳を強く見つめ、きつく握りしめたこのヒビだらけのホリスト鋼の剣を真っ直ぐに突き出した。

 


 ――手から離した。

 


 目の前で落ちていくこの剣で、前世の事、無我夢中に戦ってきた事が次々に浮かび上がる。

 そんな中、雪のように白い鋼は足元に落ち、儚く地面で弾けると、瞬く間もなく粉々になり、ふわりとその粒子が空中へ舞い上がる。


『その選択をしたのだな』


「ああ……、先は誰にでも訪れる。どう足掻いたって……。だから、自分で選択し、作っていくんだ……、望むその先を……!」


 太陽神スヴァローグの姿がどんどんと薄れていく。


『そなたの突き進む道を、しっかり見ておくことにしよう……』


 最後に自分の顔をその燃える眼差しで真っすぐに見つめると、その熱く燃え盛る神は次第に姿を消した。

 

 すると、足元から強い光を感じ、思わず目を細めた。

 粉々になった剣の一部が強い輝きを放っていたのだ。


 それはセーレがティスタの為に剣へ埋めたという小さなクリスタルからだった。

 そっと指先で拾うとその小さなクリスタルは段々と光量を増し始め、自分の手のひらから白い光があっという間に皆を包んだ。

 

 そしてその光の中から現れたのだ。

 穏やかに微笑む小さな女の子が――



「いおりっ……!」


 妹の元へ急いで駆け寄ると膝を地面で汚しながら強く、強く、その小さな体を抱き締めた。


「お兄ちゃん……、ずっと見てたよ」


 妹は微笑みながら優しく投げ掛ける。


「いおりっ、オレは、オレは……」


「お兄ちゃんは一人じゃないよ。いおりもいる。いおりはお兄ちゃんに幸せになってほしいから。正直に生きて。……その気持ちを大事にしていいんだよ」

 

 妹は満面の笑みを自分に与えてくれた。

 そんな妹を見て、頰に何かが伝うのが分かった。


「……ありがとう」


 いおりのほっそりとした体に腕を回したまま、その小さな肩の上でこれまでの思いをその言葉にぶつけた。


 秘めるものを押し殺す必要はない。

 今まで幾度となく、捨て去った自分自身。

 だが、例えそれが困難で険しい道であったとしても、諦める必要は決してなかった。

 今、あの頃の自分へ伝えた。



『私達の願い、ティスタの願いを叶えてくださったのですね』

 

 透き通るような女性の声が上空から響いた。

 途端に粉々になったホリスト鋼の粒子が地面からゆっくりと宙へ浮き、この洞窟全体に儚い輝きを持つ雪の結晶のように舞い踊る。


白神ベロボーグ、なのか……?」


 そのきらめく輝きがゆっくりとセーレの眠るクリスタルにふわりと降り注ぐとその透明の塊からビシっという音が響いた。


 見る見るうちにそのヒビがどんどんと音を立てながら広がっていき、その間から次々に白く輝く光が飛び出してきたのだ。


 圧倒する光にこの洞窟内は包まれ、次に目にしたもの、それはこの不条理な百年間の終焉を途方もなく待ち続け、耐え続けたあの二人だった。


「ティスタ、セーレ……」


「敬介……」


 まだ眠っているセーレを優しく抱き抱えるティスタは、その真っすぐな瞳で自分を見つめていた。

 するとセーレはティスタの腕の中でゆっくりと目を覚ましたのだ。


「……ティスタ……なの?」


「セーレ様……!」


 もう決して離さぬように強く強く、ティスタはセーレを抱き寄せた。


「よく……これまで……耐えて……、オレは、オレは……守りきれずに……」


「ティスタ……、ずっと守ってくれて、ありがとね」


 涙ながらに微笑む彼女にその言葉をもらったティスタは、彼女を強く抱き締めたまま今まで流せなかった百年分の涙をこぼすように、その場に泣き崩れた。



「ティスタ様……セーレ様……うぅぅ……ひーじぃちゃん、やったよ……ひーじいちゃん……うっ」


 そんな二人を見ながらグダンが泣きじゃくり、その顔はめちゃくちゃだ。

 

 エダーやリラ、他の兵士達もそれぞれの思いを、感情を、表情に表していた。

 そして彼らを潤んだ瞳で真剣に見つめるキリア女王もそこにいた。

 皆はついにここまでやってきたのだ。


『セーレはこの約百年、黒神チェルノボーグの力を封印し続けたその代償を償わなくてはなりません』


 上空から清らかな声が響く。

 ヒードからあの時刺されたセーレの胸元には、残酷にもあの稲妻のような黒い刻印がしっかりと刻まれていた。


「セーレ様……、オレはずっと悔やんでた……。あの時の選択を……。オレは何もせず、決めつけてたんだ……その先を……。でも、もし、オレにもう一度この機会が訪れるなら……言えるなら……! その胸の代償をオレに……、預けてください……! その苦難を共に乗り越えたい……! オレと一緒に……来てくれ……!!」


 ティスタは顔を真っ赤にしながら、目の前のセーレの肩を両手で掴み、強い意志のこもった眼差しで見つめていた。


「ええ! もちろんよ……!」


 ――セーレはティスタの胸に勢いよく飛び込んだ。


「セーレ様……今度こそ、もう……二度と……離しませんから……」


 ティスタはセーレを強く抱き締めたまま、その百年越しの言葉を口にすると、セーレは幸せに満ち溢れた笑顔で彼の胸に顔を埋めた。


「……敬介様、そして皆様、本当にありがとうございます……。私は上へ参ります。……ティスタと共に」


「敬介……、ありがとう……。ほんとに……」


 二人はこちらへ向き合いそれぞれの思いを皆へ伝えた。ティスタはいつものようにその目を潤ませている。


「……ああ、また泣くなよ、ティスタ」


「うう……分かってる……」


 どうにも分かっていなさそうな、そんな涙目の彼を見つめ、最後にお互いの体をきつく抱きしめた。



 ――お前のせいで、今まで散々だったよ。


 だけど、お前のせいで――



 ティスタは自分の体からゆっくりと離れると、微笑むセーレの隣に立ち、彼女の小さな肩を優しく包み込むように抱き寄せた。

 そんな幸せそうにお互いを見つめ合う二人は、永遠に続くかのように思えた果てしない苦しみの時間から解き放たれ、安堵した表情で微笑みながら柔らかな光の中へゆっくりと消えていく。


 そんな薄れ行くティスタとセーレを見つめながら、二人が今までに失った多くの時間が取り戻せるようにと、心からそう願った。



『敬介、そなたもあるべき場所に帰る時が来たのです。さぁ、敬介は敬介の人生を、いおりはいおりの人生を歩み始めるのです』


 ――戦いは終わった。


 この途方もなく長い時と時空を超えた『過去の選択』を終わらせたのだ。


 真っ白な髪を持つイデアだった妹の髪色が段々といおりが本来持つ黒髪へ変化していく。

 そんな妹を見つめると、微笑みながらそのあどけない顔をこちらへ向けた。


 上空に舞っていたホリスト鋼の粒子から白い光が段々と降り注ぎ始め、四方八方から風が吹き荒れ始めた。

 それはまさしく最初にこの世界へ来た時と同じ光景だった。


『さぁ、お行きなさい。あなた達自身の人生を歩むのです』


 目の前にオーロラのような揺らめく光が一気に広がる。それはまるで未知なる世界への扉のようだった。


 今度は己自身の人生を全うしなくてはならない。



 ――例えどんな世界になっていようとも。



 彼女を真っ直ぐに見つめ、右手をゆっくりと差し出した。


「リラ……、オレと来てくれ」


 リラは瞬きを忘れたかのようにその澄んだ瞳で自分を見つめ続け、胸に右手をそっと当てると、大きく肩で息をして吐き出すかのように肩をゆっくりと落とす。


 そして、そのほっそりとした右手を胸から離した。


「もちろんよ……! ケイスケ」


 柔らかくてその暖かな彼女の手をしっかりと今、この右手は掴んでいた。


「リラ……! ありがとう……!」


 その温もりと共にふわりと彼女を抱き寄せた。

 それは自分の気持ちと向き合い続けた答えだった。


「お母さま、エダー、それにみんな……! 私のこの選択を許してくれますか……?」


 リラは自分の右手を強く握り続けたまま、いつものように凛としたその瞳で皆へ向き合った。


「リラ……、あなたは己の道をどこまでも突き進むのですね……」

 

 キリア女王は娘のリラを優しく見つめ、頬を濡らす。


「お前はどこまでわがままなんだよ……」

 

 強面こわもてなエダーの顔があの無垢な雫で溢れる。


「ケイスケ様、リラ様……! ぼくっ、ぼくっ忘れませんから、これまでの事……ぜったい……!!」


 号泣して泣きじゃくるグダンになぜだか心底ほっとした。


「私、どこまでも貫いて見せるわ……!」

 

 リラの華やかな笑顔が弾けると、優しい雫が彼女の頬を伝う。

 そんなリラの手から感じる暖かさを噛み締めながら、隣で柔らかく微笑む妹の小さな手を優しく掴み、改めて誓う。

 

「オレは……リラといおりと……どんな世界でも生き抜いてやる……!」



 三人で目の前の未知なる光へ飛び込んだ。



 それはあの時あの自分が出来なかった選択だった。



 どれが正しいかだなんて分からない。



 だが、その上で人生は成り立っている。



 一つの選択が自分の先、誰かの先へ繋がっている。

 


 もちろん迷うこともある。



 だけど、もしそれが、つらく悲しい事になったとしても、自分が望んだ道だ。



 この思いがあれば、どんな道でも足掻いて突き進むことが出来る。



 例えそれが、不条理な世界であったとしても。



 今から『敬介』の人生を歩む。



 この気持ちと共に。

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