第17話 遺伝学研究所



 アメノトリフネは静かに樹海を進む。樹海から敵が現れる可能性も考えると、あまり低く飛ぶのも危険だが、高く飛ぶと今度は目立つからな。選択肢が狭い。


 ムシコロンはというと満身創痍で格納庫に転がっている。二回目の縮退炉の起動で、ハードウェアもソフトウェアも色々おかしなことになっている。よく動いてんなというレベルである。はじめて会った時と同レベルの状況だ。動いてる核融合炉の数が多いが。


「それで、いつくらいに動くくらいにはなるんだ?」

『しばらくはムリだ』

「しばらくってどのくらいだよ」

『数日はかかるぞ』


 その間に蟲機が来たら詰むな。次から次から来る状況が当たり前になっているから、その状況になったらという不安しかない。とはいえ不安になったからといってムシコロンが直るわけでもなく、できることをやるしかない。


「アメノトリフネって武装はあるのか?」

『確かあるはずだ。もっとも我のような運動性があるわけではないから、必然的に命中率も低いだろうがな」

「固定の火器なら仕方ないだろ。でも攻めてこられたら困るな」


 ムシコロン単騎ではできることには限界はあるわな。船の護衛しながら敵殲滅とかムリだろ。護衛の機体とか必要なのではないか。


「それについては我々も考えていまして。強化歩兵パワートルーパーだけでは蟲機に対しては不足ですから」


 ククルカンが俺たちのところにやってきた。強化歩兵パワートルーパー以外になにかあるのか?せっかくだから話を聞かせてもらう。


「いい方法があるのか?」

「上位蟲機や核融合炉が手に入ったので、せっかくなので進めていた新機体の実用化をしています」

「新機体?」

「はい。人間が乗る上位蟲機といった性能になるかと思います。機動騎兵モビルドラグーンとでも呼びましょうか」


 それは心強いな。その戦闘力だと、ムシコロン程ではないにせよ並みの蟲機では歯が立たまい。


「そんなの作ってたのか」

「そうだ。蟲機の戦闘力を超える為には利用できるものは何でも利用しないといけないからな」


 そういうのはキンジョウだ。何か工具のようなものを片手で上げ下げながら、こちらにやってくる。


「ムシコロンは入院中だが、もう使えるのかその機動騎兵モビルドラグーン?」

「一応な。もっとも騎将キャリバーでないとまともに使えないこともわかったが。下手したら肋骨とか折れかねない」


 そんなこったろうと思った。ムシコロンも本気で機動したら、俺も訓練前なら肋骨全部折れてたかもしれん。とはいえ、上位蟲機に対抗できる機体があるならそれにこしたことはない。ミナもやってきたようだ。


「あとどれくらい行けばその遺伝学研究所に着けるの?」

「一時間もあればつけると思います。今は慣熟飛行中ですので、低速ではありますが」


 ククルカンの返答を聞きながら思う。低速で一時間で着けるって、すごくこの船が速いのかはたまた距離が近いのか。


「一時間とはいえ何があるか分からないからな。警戒するに越したことはない」


 ノジマがそう言い出す。たった一時間で敵が来るようだと、もう色々とまずいとは思うが、警戒しなくて敵が来るのは論外だしな。昔の言葉でフラグとかいうやつだったか?死んだ親父がよく言っていた。フラグはへし折ってなんぼ、と。


 船の上でユウナたちが警戒している。ムシコロンが持ってきたGAU-8ガトリングガンや57mm速射砲を装備して警戒している。上位蟲機でも外殻を貫ける火力であるが、機動騎兵モビルドラグーンでなければ持てなかっただろうがな。持てなければ当たることできないし。


 親父の加護フラグへしおりか警戒して出てこないのか、いずれにせよ蟲機は結局出てこなかった。一時間の飛行で出てこられるのも困るが。


 さてそろそろ一時間だが、その目的の遺伝学研究所が全然見えてこない。小高い丘の上にあるはずなので結構目立つはず、とムシコロンが言っているのだがそれっぽいもの全く見えない。


「ムシコロン、研究所なんてどこにも見当たらないんだが」

『そんなはずはない、大戦時にも三極(国際的遺伝情報データベースのDDBJ、Ensambl、NCBI)へのアクセスは普通に可能だったのだ!』

「蟲機にでもやられたんじゃねぇの?」

『馬鹿な。もしそうなら全て水の泡だぞ!?ミナの治療も最早できなくなるではないか!』


 それは困る。いずれにしてもなんとか探さないといけないだろうが。せめてデータの入っている記憶機器だけでも残ってたら全然違う。とにかく探さないと。機動騎兵モビルドラグーンで地上からも探しているうちに、キリュウが変なことを連絡してきた。


「あの樹が太すぎる」

「太すぎる?」

「あぁ。一本の巨大な樹がある。樹の周りをぐるぐる回ってもどこまでも続いて、果てがない」

「そんなの気にすんじゃないバカ……ちょっと待て今の取り消しだキリュウ!それかもしれん!!」

「どういうことだノジマ」

「とにかくすぐそちらへ行くぞ!先生!」

「おそらく、見つかりましたね」


 俺たちはその樹のそばにやってきた。船をそっと近くの広場に着陸させる。降りてその樹を遠目に見る。パッと見単なる森に見える。だがキリュウの言う通り、横から見ると全部樹だ。一本の巨大な樹だ。俺は思わず呆れてつぶやいた。


「これどれだけでかい樹なんだよ」

「一本の樹ではなく、大量の樹が融合していますね。もちろん自然にはこんなことはあり得ません。全部枯れてしまいますから」

「でも実際には枯れてない……先生、エネルギー供給しているのは核融合炉か!?」

「そうですツトム。おそらくセントラルと同じですね」


 ノジマとククルカンがそんな会話をしている。生きてる核融合炉があって、かつセントラルと同等の機構で維持されている建造物があるということになる。ここの可能性は高い。


「そうか。ここでよかったのか。それでノジマ……どこから入ればいい?」


 キリュウの発言で俺たちは言葉を失った。いやほんとどこから入ればいいんだこれ。周り一面超巨大な幹だぞ。完全にこれ入りようがないじゃん。


「……どうすんのこれ」

「あのぉ……私見てきます」


 そういうとユウナが新鋭機を駆り、周囲の木々をジャンプして入れるところを見回る。突然、木々の上に閃光が走った。弾かれるようにユウナの機体が樹から離れる。


「高電圧?侵入禁止みたいですぅ……」

「これじゃ入れないじゃないか……なんでこんなことになってんだよ……」


 途方に暮れている俺たちだが、不意に巨大な樹の中から黒い影が現れ、ユウナの機体の装甲を割るような一撃を喰らわせる。そのままその影は船に向かって突進してくる。


 影に向かってGAU-8を船上の機動騎兵モビルドラグーンが乱射するが、影の反応が高すぎてとてもじゃないが当たる気配はない。そのまま船の上に黒い影が飛び乗ったが、急に影は動きを止める。船上の機動騎兵モビルドラグーンも何故か動きを止める。キリュウが影に声をかける。


『まさか……ムラサメさんか!?』

「その声はマコトか!?何故こんなところに!?」


 ムラサメって、行方不明になってた最強の機将キャリバーじゃなかったか?お互いに驚いているが無理はない。生きてたのか。ユウナも戻ってきた。


「ひどいですぅ……ムラサメさん……」

「ユウナか。すまん、まさかお前たちがいるとは思っていなかった。我々を攻撃してくる敵かと思ってな……」

「ムラサメさん」


 真顔のキンジョウが近づいてきた。ムラサメも表情が硬くなる。


「最新鋭機、壊してくれましたね」

「はい」

「あとで修理、手伝ってください」

「……はい」


 ムラサメって人、最強なのかもしれないが、天然な所がありそうな気がする。それにしても我々を攻撃してくるってのはなんなんだ?ってことはムラサメ以外にこの遺伝学研究所に、誰かが、いる?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る