妖精博士バードの詩

水木レナ

しあわせの記憶

 ボクは普通の妖精より、ちょっとすばやい風精だ。

 人間と妖精との共栄を試みている最中。

 ボクは人間を観察、研究するため、妖精博士と生活をしている。


 今は比較的安定しているが、それまでには大変な道のりがあった。

 本当に人間は奇妙な生き物である。



「食べよう、パック」



 妖精博士のバード氏が、小鳥の餌みたいなナッツ入りフレークにミルクをかけてテーブルに用意してくれた。

 ちなみにパックというのは、妖精博士がボクを呼ぶときにつかう名前だ。

 聞いた話によると、大昔に実在したとてつもない作家先生の、著作に出てくる妖精の名前からとったらしい。

 真実の名は別にあるから、まあいいんだけどね。


 それでもやっぱり人間は理解しがたい生き物だ。

 天地あめつちはざまで生きる、もろもろの命に干渉しようとしてきたし、たぶんこれからもそうだ。


 このオリというやつは大昔からある。

 どうして人間はこんなものを使って命をへだて、かつ干渉しようとするのか。

 

 そのとき、ボクの破けた片羽根がふるえて、びーんとなった。



「メジロの群だ。春だなぁ」



 これはひとつ、気に入っている点なのだけど、妖精博士は他の生き物さえ理解しようとする。

 メジロというやつは、気候があたたかくなると木から木へと飛び移り、群になることもある。

 人間のそばで生きるものたちらしい、俗な生き方だ。


 博士も窓なんて開けて、食事をする時にまで動物と会話するのだから、奇矯ききょうな話だ。



「さて、そろそろ掃除をするか」



 そう言って席を立った博士が表への扉を開いたとたん、そちらの方から悲鳴が聞こえた。

 どうやら博士が昨日おやつをやっていた、黒猫がお礼をしに来たらしい。

 まったくボクには理解できない。



「くわえたものを放しなさい! クロベエ」



 博士がほうきをふりまわしている。

 ボクも檻から出てクロベエが置いていったものをのぞき見る。

 一羽のメジロが目をつぶって横たわっていた。



「え、さっきまで飛んでいた子じゃないのかね?」



 博士はあわててすくいあげて、部屋に運んだ。

 メジロは手厚い看護の末に、覚醒したようだった。

 それはさきほど山のように飛んでいた小鳥。

 

 木の花や蜜を食すという、白いくまどりのある緑色の小鳥。

 今は傷ついて満足に立っていられない。

 メジロは博士に言った。



「妖精博士とおみうけいたします。ここには風精がいますね」


「うん、パックっていうのだよ」


「彼は片羽根を……どうしたんですか?」


「見つけたときからああだったんだ。おそらく木の枝か何かにひっかけたんだね」


「哀れな」



 哀れとは。

 実に俗な発想をしてくれる。

 自分はつばさを傷つけられているというのに。


 博士は小動物の体に詳しい。

 それでなくても、見ただけでわかる傷だったようだ。



「折れてしまったな」


「突然のことだったので、何が何だかわかりませんでした」



 メジロは頭をうつむけて、暗くため息した。

 ボクは庭に出て、木の花をつんでメジロにあげた。

 少しでもなぐさめになったらと思ってさ。



「ありがとう、パックさん」



 砂糖水を口に含んで、メジロは少し回復したようだった。

 博士は丁寧に包帯を巻いてやっていた。

 これで大丈夫なんだろうか。


「まったく。クロベエにも困ったもんだよ。私はもうおやつをやらないことにするよ」


「博士はわたしにやさしいのですね」


「パックが風を入れてくれるから、ここは空気がいい。養生しておくれ」


「あの集団行動のせいで『エサ』って言われて、今朝はずっとあの黒いやつに追い回されていて、とうとうつかまってしまったのです」



 ふうん。

 いくらすばやくったって、群で行動してればそれがカセになるってこともあるんだな。

 目立つ上に、ちょっと鈍いだけで、標的だもの。



「わたしは本当にノロマで、群で行動するのは逆効果って言ったんです。兄さんもフォローしてくれるって言ってくれたのに、花や蜜ばかり食べてて……仲間の羽ばたきの音で気づいたときには、死角からいきなり! なんですよ」



 メジロは腹立たしそうに身をふるわせた。

 どうやら今は怒りで恐怖が凌駕りょうがされてるようだ。

 しかし、それも一時の事。



「からだがみしりと音を立て、わたしは思わず気を失っちゃったわけです……」



 メジロはため息をついた。

 そしてハッとして顔を上げ、ひと声鳴いた。



「あ! 今日は助かりました。おかげさまでこの通り、命も無事でしたし」



 博士は極上の笑顔で返した。



「翼はあれなんだけれど、元気が出たようならよかったよ」


「ハイ!」



 メジロは明るい調子で応えた。

 妙なやつだ。

 博士が席を立つと、ひとりしょんぼりして、うつろな目をしている。


 口をあけっぱなしにして、ぼうぜんとしているメジロ。

 しっぽのない白ヤモリのキーさんが、本棚のかげからそっと顔を出してささやいた。



「パックには風を呼ぶ羽根が片方ないけれど、あのメジロにはもう未来がないのだ」



 未来がない?

 飛べない風精。

 飛べない小鳥。


 ボクより未来がないなんて、どういうこと?



「あのつばさがもう、治らないってこと?」


「そうだよ。わがはいのように、地をはいずって生きるわけにもゆかず、死に絶えるのだ」



 聞こえたらしき博士が言った。



「こら、パック。無神経なことを言うな」


「よいのです」



 メジロはボクにほほえみかけた。



「あなたから、風の加護を感じます。気持ちがとてもいい」



 虚をつかれた。

 ドキッとして、ボクは気づいた。

 このメジロも、空に生き、風にはばたきたいのだ。


 という行為は、かの生命いのちが生きたいと言っているから成り立つんだ。

 ボクは知ってる。

 だから呼びかけた。



「おまえはボクを哀れだと言った」



 きょとんとしているメジロ。



「なあ、メジロ。今は目指すべき空にとどかなくなった、おまえの方がよっぽど哀れなんじゃないのか?」


「哀れまれるって、ひとによっちゃあ屈辱かもしれない。でもあなたのお慈悲とご理解はうれしくてよ」



 博士はボクらに、じっとじっと、慈愛の目を向けた。



「気づいたかい? パックはいい空気、いつもよどまぬ風を運んできてくれる気がするんだ。『自分は精一杯生きている』『おまえはどうなんだ』って」


「精一杯、か……」



 メジロの目に、たしかな光が灯る。

 メジロはもう一度顔を上げて、博士に言った。



「あきらめている場合じゃありませんね」


「そうかい? ずっとここで暮らしてもいいのだよ?」


「いえ、わたし、友だちが待っています。傷ついたくらいで、負けていられません!」



 メジロの無駄なあがきに、ボクはそっぽをむいた。



「ね! パックさん!」



 元気になったのか。

 博士のもとにくる生き物は、本当に奇妙なやつらばかりだ。






 広い空に陽の光がふりそそぎ、妖精博士の庭の木に、再びメジロがやってきた。



「メジロはうまくやったぞな、博士」


「やあ、この間のメジロか」


「はばたいておるわい」


「私には経験上わかる。これは純粋な奇跡だ」



 ヤモリのキーさんが、博士を横目で流し見ているのが、やっぱり風精のボクにはわかってしまうんだ。



「博士とパックが二人で助けたのだぞい」


「私はなにも……」



 庭木にメジロがとまると、博士はふしぎな表情をしてこちらを見ていた。



「弱ったり、力づけられたり、博士の身のまわりは予測不能な事件でいっぱいじゃて。実にゆかいだの!」


「私もまだまだ未熟だね。パックが彼女に羽根をあげるなんて、思いもよらぬことだったよ」



 ああ! ボクの片羽根と共にメジロは空に居場所を求めたんだ。

 空を飛ぶならこんな日がいい。

 そう思うのさ。


【了】

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