最終話 季節はまた巡る

 そして季節は巡った。夏が来て、秋が来て、冬が来て、司と桜が出逢ってから何度目かの春が来た。あれから学者として大成した司はいろいろな国を巡っていた。イギリス、フランス、イタリア……。しかし春になると彼は必ず帰って来た。いろいろな国の話を〝彼女〟に聞かせるために。

 その日も、彼は春の陽だまりの中、縁側でとある国の話をしていた。茶色い着物に黒の羽織を着た司の前には、あの桜の大木から植樹した小さな桜の木があった。そして彼の隣には、薄紅色の着物を着た天女のように美しい女性がいた。


「イギリスの大学で出会った教授がまたおもしろくてね」


「まあ、そうなんですか?」


 二人はとても楽しそうに話をしていた。あの日、司は桜という女性が春の間しか姿をみせられないことを知った。それでも彼は、彼女と一緒にいたいと願った。だから司はそれからも毎日桜の大木の下に通い詰めた。そして春の間は毎日桜と会った。それ以外の季節も欠かさず通った。そして彼が学問で食べていけるようになったとき、一軒の古い家を買った。そしてその庭に、あの桜の大木の枝を植えたのだ。その枝は驚くべき速さで成長し、次の春には美しい薄紅色の花を咲かせる木となった。

 そして桜は、司の家に姿を現すことができるようになった。そうして二人の同棲生活は始まった。朝は一緒に起きて、一緒に料理をして、一緒に食事をして、夕方には辺りを散歩して。幸せだった。例え春にしか会えないのだとしても。


「なあ、桜」


「なんですか? 司様」


「愛しているぞ」


「わたくしもです」


 愛を確かめ合った二人は静かに微笑みあった。そんな、春の日々はあたたかいひだまりのなかおだやかにすぎていった。


◆◆◆


 やがて時は流れ、いくつもの季節が巡り、司は重い病の床にあった。部屋に敷かれた布団に横たわった姿は年老い、やせ細っていた。そんな司を見守る桜は、昔と変わらず、ただただ美しかった。


「桜……」


「なんですか? 司様」


「お前は変わらず美しいな」


「ありがとうございます」


「ふふ……。なあ、桜」


「はい?」


「僕は幸せだったぞ」


「わたくしもですよ」


「そうか、それはよかった……」


 司は瞳を閉じ、桜と出逢ってからの日々を思い出した。そして静かに息を引き取った。


「司、様……」


 桜は物言わぬ骸と化した司の唇に、そっと自身の唇を落とした。


「またいつか、お会いしましょう」


 そう言い残して桜は、春風に舞う花びらとなった。


◆◆◆


 そして時は流れ、世は令和の時代となった。そして一人の少年が庭に咲く1本の大木の前で、美しい女性と出逢った。女性は少年の存在に気付くと、吹いていた笛から口を離し、優しく微笑んだ。


「またお逢いできましたね。……司様」

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永久の桜の恋物語 スナオ @sunaonaahiru

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