ぼっち根暗女子にわからされた

秘密基地少年団

ぼっち根暗女子にわからされた

「や~い、ブス! 今日もぼっちかよ!」


「……」



 俺はよく、隣の席にいる女子『鈴木杏樹』を揶揄っていた。

 鈴木は黒くて長い前髪で目元を隠していて、まともに顔を見たことが無い。

 いつも休み時間に教室で本を読んでいるだけの目立たない奴だ。



「おいブス、なんか言えって」


「……ブスじゃない」


「しゃ、しゃべったぁぁーーーー!」


「うるさい」


「んだよ、ノリ悪いな」


「……」


「ブスだから顔隠してるんだろ。俺にはお見通しだぜ」


「バカ」


「はぁあああ!? バカって言った方がバカなんですぅ。ヴァ~カ!」


「はぁ……」



 別に、鈴木のことが嫌いだからこんなことを言っているわけではない。

 クラスから浮いていて一人も友達がいないからかわいそうだと思い、少しちょっかいを出しているのだ。


 鈴木は昔から浮いていたわけじゃない。

 小学校低学年の頃は俺以外にも話しかける奴もいた。

 だが、6年生になる頃には誰も鈴木に話しかけなくなった。


 最初は愛想の悪い鈴木に飽きてしまったのかと思っていた。

 しかしよく観察してみると、皆は遠巻きに鈴木の陰口を言うようになっていた。


 なぜ本人がいないところでそんなことを言うのか、俺には分からなかった。

 何か反応があるわけでもないし、何も面白くない。


 だから、ある時俺はみんなに『何でそんなことしてるんだ?』と聞いた。


 クラスの女子たちは『あいつは"ウザい"からいいの』といっていた。

 クラスの男子たちは『女子たちがそうしているから』といっていた。


 きっと女子の誰かが鈴木のことを気に入らなくて、その女子の友達がそれに同調していくうちにこんなことになったんだと思う。


 具体的な理由もなく、目的も無い。

 俺は初めて"場の空気"という不気味な現象を目の当たりにした。


 だからといって『そんなのおかしい』なんて言う勇気もなくて、頭の悪い俺なりに考えた結果、鈴木に話しかけても不自然にならないよう揶揄っているのだ。



「お前、いっつも教室に引き籠ってるのに何でそんな日焼けしてんの?」


「……元々こういう肌なの」


「ヘンな奴だぜ。日陰にいたら黒すぎて見えねーかもな!」


「あんたは小さすぎて見えないかもね」



「――テメーは、俺を、怒らせた!」



 鈴木は褐色の肌で体も男子くらいに大きい。

 対して俺は男子の中でも背の順に並ぶと先頭にしかなったことがないほど小さい。

 だから前倣えでも腕を前に出したことも無いし、朝の校長先生の話を聞くときは先生たちの目に一番つきやすい位置で立ってなきゃいけない。

 チビは何かと不便で、だからこそチビと揶揄われるとムカーッとする。


 おまけに鈴木は何か運動している訳でも無さそうなのに力も強くて、男子の俺でも喧嘩で負けるかもしれないし、実際に負けたこともある。


 だが、それでも引けない。男のプライドを傷つけたこの女を"わからせて"やらなければ俺は明日からお天道様の下を歩けないのだ!



「で、またするの?」


「日本男児たるもの、"はっけよい"の一言に全身全霊を込めてぶつかり合い、雌雄を決するべきだ」


「……私、女の子なんだけど」


「相撲一本勝負! しょうぶ、しょ~ぶ!!」



 俺は秘かに相撲の技を研究した。

 具体的にはネットで珍しくてかっこいい技は無いか探し、"特殊技"という分類の中に一つだけ体格で劣る俺でも使えそうな技があった。


 それを今日、試すときが来たようだ。



「おい、はやく構えろ! 誇り高い俺が無抵抗の奴と勝負すると思うか?」


「女子相手に相撲するのはいいの?」


「……はっけよ~い、のこったぁぁあああ!」



 油断大敵! 先手必勝!

 男子たるもの常在戦場の心構えでなければいけない。

 何かゴチャゴチャと言い訳して警戒しない鈴木が悪いのだ。

 だからこれは立派な勝負。卑怯なんかじゃない。



「えっ、はぁ⁉」


「どっすこーい!!」



 呆気にとられる鈴木に躊躇なく突進する俺。

 鈴木は咄嗟に両手を前に出し、俺の突進を正面から受けようと構えを取った。


(フッ、やはり正面から受けるか。浅はかなり!)


 俺は鈴木と衝突する寸前に斜め後ろに避ける。


 そうすると鈴木は衝突するはずだった力が無くなったことによりバランスを崩してよろける。

 俺はすぐさま背後に廻り、鈴木を背中から押し倒した。



「フ、フハハハ! 決まったぞ、"送り倒し"が! どうだ、"わかった"か!」


「っぐ、卑怯よ」


「ふぅ、やれやれ……これだから根暗は。いいか? 勝てば官軍! 勝てば正義! これ常識」


「んぐっ――いい加減、どきなさいよ!」


「こら、ジタバタ暴れるな! ったく、俺に歯向かったことを反省し、生涯忠誠を誓うなら許してやらんことも無いぞ」


「死んでも嫌。誰がチビで卑怯者のあんたなんかに……」



 鈴木は予想以上に抵抗してきて、うつぶせの状態から仰向けになった。


 馬乗りになって鈴木を見下ろす俺と、見上げる鈴木。


 暴れたことで前髪が乱れ、初めて鈴木の素顔が露わになる。



「――ぉ、お前! スゲーな、その眼! めっちゃ緑じゃん!」


「――ッ!」



 顔を見られたのが恥ずかしいのか、顔を逸らしながら両手で隠す鈴木。



「おい、もっと見せろよ、ビー玉みたいだったぞ! スゲー綺麗じゃん!」


「……――え? 気持ち悪くないの?」


「はぁ? 何でだよ」


「だって、みんなと違うから……」


「いつの時代の人間だよお前。外人はみんな目玉の色ちげーんだぜ!」


「……」



 顔を隠していた腕の力が抜けたのか、再び露わになる鈴木の素顔。

 そのとき鈴木の表情は、なぜか呆然としながら眼を見開いて俺を見ていた。

 俺も、鈴木の緑色の眼があまりにも綺麗だったので引き込まれるように見つめる。


 クラスのみんなは校庭で遊んでいて、教室には二人きり。

 先ほどまで二人で賑わかしていた教室が、静まり返った。


 無言で見つめ合いながら数分が経ち、そろそろ飽きてきたのと微妙に気まずい雰囲気になったので俺は立ち上がることにした。



「ぁ……」


「な、なんだよ」


「……べつに」


「……お前、顔隠すのやめろよ。だってもったいねーじゃんか」


「――うん」


「あと、俺に忠誠を誓うんだな」


「それはヤ。勝負する前に聞いてなかったもん」


「チッ、じゃあ次相撲で決着がついたときは生涯奴隷な! 首を洗って待っとけ!」


「……」




 翌日、鈴木は前髪を上げて顔が見えるような髪型で登校してきた。

 クラス中が騒然となり、これまで誰も話しかけなかったのに急に鈴木の周りに人が集まりだす。

 鈴木は少し困惑したような顔をしていたが、以前よりもずっと楽しそうだ。


 聞こえてきた話によると、鈴木のお祖父ちゃんが外国人で鈴木自身はクォーターだが日本生まれの日本人だという。

 だから眼や肌の色がみんなと違っていて、それを本人は今まで気にしていたのだと恥ずかしそうに話していた。


 何はともあれ、鈴木のクラスにおける立ち位置は根暗から一気に人気者へと変わった。

 俺もこれまでのように"ブス"だの"根暗"だのと揶揄う必要がなくなり、かといってわざわざあいつの周りにいる人垣をかきわけてまで話すようなことも無く、自然と鈴木とは接点が無くなっていった。







 そんな感じで小学校を卒業し、中学に上がる頃。

 

 大半は同じ小学校の顔なじみばかりだったが、少しみんな大人び始めていた。

 特に男子は女子を意識するようになり、小学校では女子にも気軽に話しかけていたのに中学校では男女別れて行動するようになった。


 鈴木とは偶然同じクラスになったものの、特に何の変化もなく他人同然の距離感を保ちながらそれぞれに中学校生活を送っていた。



 そんな中1の春を経て、だいたい友達のグループが出来上がりつつある夏休み前。


 友達の次は恋人探しってことなのかチラホラと恋愛話を耳にするようになる。

 その一つには相変わらず人気者の鈴木の話もあって、他の小学校から来た男子に告白されたとかされなかったとか。

 みんな青春を試行錯誤しているんだな、と思いながらも俺にはまだ恋愛だとかよく分かんないし、縁のない話だと聞き流していた。




 ある日の放課後、日直だった俺は教室に残って黒板の掃除をしていた。



「あっちー。令和だってのに冷房効いてない教室とか考えらんねーよ」



 ブツブツ独り言を垂らし、先に帰った友人たちを恨めしく思いながら黒板を雑巾がけしていたとき、教室の扉が開く。


 扉の先を見ると、そこには鈴木杏樹が立っていた。


(げっ、なんか気まずいなぁ。あいつと最後に話したのいつだよ……)


 そんなことを思いながら、一応挨拶はしておこうと声をかける。



「よ、よう。忘れ物?」


「……えぇ」



 少し低い声での返答。

 クラスの奴らと話しているときはもう少し明るかったのに何て愛想の悪い奴だ。


 俺はすでに義務は終えたとばかりに再び黒板拭きに専念することにした。


 そうして黙々と黒板を拭き続け、黒板の下半分がピカピカに磨きあがってきた頃。



「ねぇ」



 もうとっくに忘れ物を持って教室から出ていったと思っていた鈴木が急に声を掛けてきて俺は驚いた。



「うわぁ! えっ、お前まだいたの?」


「チビだと拭くの大変そうね」


「……はぁ!? 誰がチビだ! このノッポ! エッフェル塔! 国に帰れ!」


「バカ」


「はぁあああ!? バカって言った方がバカなんですぅ。ヴァ~カ!」



 どこか懐かしいやり取り。

 思わず俺と鈴木は笑ってしまう。



「……――ねぇ、なんで私と距離とるの?」


「……べつに、なんとなくだよ。場の空気ってやつだ」



 そう、特に理由は無い。

 強いて言うなら、もう鈴木はぼっちのかわいそうな奴ではなくなったのと、少し賢くなってしまった俺がそうさせているのかも。



「……久しぶりに、しようよ」


「……? 何をだよ」


「日本男児たるもの、することは一つでしょ?」


「お前女じゃんか」


「逃げるの? やっぱりチビで卑怯者ね」



「――テメーは、俺を、怒らせた!」



 思わず鈴木の口車に乗せられた形で相撲をすることになった。


 しかし、以前と違い困ったことがある。

 それは鈴木の体がより大きくなったことと、女らしくなったことだ。


 特に胸と尻。同級生の女子を見てもこんなに発育がいい奴はいない。

 これが異国の血。おのれ外人め。



「どうしたの? そっちが来ないなら私からいくよ」


「……っ!」



 大胆不敵とはこのことか。

 腕を横に広げてゆっくり歩いて距離を詰める鈴木。

 

 どうする、俺。

 間違いなく正面でぶつかると奴の胸が当たる。

 かといって背後を取ると、今度はあのデカい尻に当たる。


 ぐぬぬ、卑怯だぞ。



「えいっ」


「んごぉ」



 いつの間にか目の前まで来た鈴木が俺の頭を両腕で抱きかかえる。

 身長差が大きすぎるため、当然のように俺の顔は鈴木の胸に埋もれた。


 俺はそこから抜け出そうと体を動かすが、上手くいかない。

 それは鈴木の力が強いというのもあるが、女子特有の柔らかさを顔で感じて俺の体が硬直してしまっているのも原因として多分にあるだろう。


 鈴木はそのまま俺の足を掛けて、圧し掛かるように押し倒してくる。



「ぶへぇ! お、重い!」


「重くないわよ、バカ」


「いや重いって! それに卑怯だぞ、女を武器にしやがって!」


「知らないの? 勝てば官軍。勝てば正義。これ常識よ」


「世知辛い世の中だぜ」


「……約束、守ってね」



 約束。たぶん、俺が言ってしまった生涯奴隷の件だ。

 


「な、なんのこと? あんた誰? ここはどこ?」



 何とかしらばっくれようと顔を逸らし、都合のいい記憶喪失を試みる。

 テレビで芸能人や政治家もよくやっているし、きっと効果があるんだろう。


 そんな風に逃げる俺の顔を、鈴木は両手で掴み無理やり向き合わせる。

 

 あの時以来、じっくりと見ていなかった緑色の綺麗な眼が真っ直ぐ俺を見ている。



「ぱ、ぱわはら! せくはら! あと……、えっと……」



 俺の戯言にも一切反応せず、顔をどんどん近づけてくる鈴木。

 次第に俺は鈴木の眼よりもその唇に視線が釘付けになった。


 そして俺の口に触れるかどうかのところで止まる。



「……どうしてもっていうなら、今回は許してあげる。ただ、一つだけ条件ね」


「条件……?」


「――もう私を避けないで」



 そう言った鈴木の眼は、間近でなければ分からないほど僅かに潤んでいた。

 


「わかった?」


「お、おう……」


「フフ」



 俺は緑色の眼に引き込まれるよう呆然となりながら鈴木を見る。

 鈴木も馬乗りになったまま、目を僅かに細めて俺を見つめている。


 一般の生徒はみんな下校していて、夕方の教室には二人きり。

 先ほどまで二人で賑わかしていた教室が、今は別の音で満たされる。


 それは俺のものなのか、それとも鈴木のものなのか。

 胸を強く叩く鼓動がやけに耳に残る音だ。



「あなたがもう少し大人になったら、もう一度勝負してあげる」


「……お、おとな?」



 鈴木は唇を俺の耳元に近づけ、湿っぽい声色でいう。



「そう。男と女が平等に体だけで勝負するの。そのときに、どっちが生涯奴隷になるのか"わからせて"あげる。それまで……待ってて」



 鈴木は顔を上げ、立ち上がる。


 夕日に照らされる彼女の姿は、緑色の瞳にも負けないほど美しかった。




 ――あぁ、これは勝てない




 そのとき感じた俺の直感は、数年後、彼女に"わからされた"ことで実感することとなるのだが、それはまた別の話だ。


 

 

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