42.「人を爆弾みたいに言うんじゃねぇよ」

「……わりぃ、わりぃって――」

「……もういいよ、僕の方こそ、最近ようやく起爆スイッチの場所を把握できるようになってきたから、もう触らないように気を付けるから……」

「ひっ、人を爆弾みたいに言うんじゃねぇよ――」


 晴天の青空、カンカン照りの太陽は容赦なく、未だに頭の奥がガンガンと鳴り響いている僕は、とりあえず近くの木陰で休ませてもらうことにした。……いや、自分に非がない自負はあるんだけど。


「……ちなみに、焼きそばは無事?」

「……中身ぐちゃぐちゃだけど、地面に落ちたわけじゃないから、平気ダロ――」


 はぁっとタメ息が漏れて――



「ホタルはさ、なんで今日、来ようと思ったの?」

「――えっ……?」


 ポーンと、山なりに投げた僕のボール。ボーッとした顔で、不安げな表情で、雨の日の子猫みたいに縮こまっているホタルは、ボールを受け取る素振りすら見せなかった。コロコロと、白球がグラウンドの地面を音もなく転がっていき――


「……あっ、ゴメン。そういう意味じゃないんだ。ホタルには来てほしかったし……、っていうかちゃんと来てくれて嬉しかったくらいだよ」

「……なんだよ、じゃあなんでそんなこと聞くんだよ?」


 露骨に胸を撫で下ろしたホタルがようやく腰を曲げて、泥だらけのボールを僕に投げ返す。


「……こういうレジャーっていうか……、休みの日にクラスメートと遊びにでかけるなんて、基本的に誘われても行かないタイプじゃない。……いや僕もなんだけど、それに――」


 そこまで言って、一度言葉を切った。僕のことを覗き込んでいるホタルの顔は、よくよく見てみると高校生とは思えないほど幼くて、少し力を込めたら壊れてしまいそうだなって、人形みたいだなって思えるほどで――


「――今日の目的って、明日の『告白』のために、自分の気持ちに整理をつけるって、そういう趣旨じゃない……、でも、ホタルって既に僕に告白してるし、僕もそれに対して返事してるし――」


 ……踏み込みすぎてる……、かもしれないな。


 ちょっとだけ逡巡して、僕はチラッと、ホタルの顔に目を向けた。

 ホタルは……、僕の顔を窺う様に覗き込んでいる彼女は――



 今まで見たことがないくらいに、真剣な表情をしていた。



 ドキッと、心臓を揺り動かされたのは『僕の方』で――


 ……壊れちゃうかも……、なんて、杞憂だったかな。



 ――ホタルが、そんなに弱っちいわけないもんね。



 心の中で、何かを確かめるようにつぶやいて、

 意を決した僕は、徐に口を開く。


「――だったらさ、ホタルは今何を考えていて、何のために海に来たのかなって――」



 沈黙が、そよいだ。



 カンカン照りの太陽は容赦なく、ガヤガヤと人々の喧騒が遠くで聴こえて、

 幾ばくかの静寂が流れて、フッと息を漏らしたのは、『ホタル』で――



「……大した理由なんて、ねぇよ」


 ポリポリと頬をかきながら、彼女がスッと、僕から視線を外して――


「……前も、言ったろ? フツウに、クジラと一緒に居たかっただけだよ。クジラと海、来たかったんだよ。……別に、恋人同士じゃなくても、いいからさ――」


 なにかを慈しむような、でもどこかとても寂しいような、

 目を細めて笑う彼女は、いつもの、子供みたいなホタルとは同一人物とは思えない。


 ――思えないくらいに……、大人っぽかった。



 ……やばい、カモ――


 バクバクと、高鳴る心臓が鳴りやまない。上昇する体温を収める方法が、わからない。たぶん、僕は今、齢十七年間の人生の中で、最高潮に『ドキドキ』している。



 ……このままだと、まずいな――


 ムクっと、出し抜けに起き上がった僕は、ひょいと近くのビニール袋を手に取って、よいしょっと漏らしながら立ち上がった。


「……そろそろ行こっか、お腹、すいてるし」

「――はっ? ……お、オイッ!? 急にどうしたんだよ、人に言わせるだけ言わせて――」


 ザシザシと砂浜を踏み歩く音、スタスタと先行く僕の背中を、ホタルが慌てて追いかける。心の中で、ゴメンねって、七回くらい謝って……、でも、今振り返るのは、ちょっと難しいと思うんだ。



 たぶん、ホタルの顔見たら、そのまま抱きしめたくなっちゃうと思うから。

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