21.「じゃあ、お言葉に、甘えようかな」


「…………はっ?」


 ――思わずマヌケな声をあげたのは『僕』で、

 はにかむように、ぎこちなく笑ったのは、『柳さん』で――


「……その、や、やっぱり着替えたいのと……、葵くんにお礼がいしたいので、よかったらお茶でも……、ど、どうですか――」


 ――お礼……?


 彼女は何を言っているんだろう。クエスチョンマークが僕の頭上で交通渋滞を起こしており、僕は絵にかいたようなバカ面を薄汚い都会に晒していた。


 ――僕があんなことをしたのは、別に柳さんのためじゃない。……まぁ、柳さんを無下に扱われてカッとなったっていうのは、そうなんだけど。……どっちかっていうと、僕が個人的に『ああいう奴を許せない』っていう、言うなれば自分の『エゴ』のために起こした行動ってだけで――


 ……お礼を言われる筋合いは、ないと思うんだけどなぁ……。それに、柳さんは――


「――柳さんは、ライブハウスに戻った方がいいと思うよ。……柳さん、雷のこと好きなんでしょ? アイツの頑張ってる姿、見たいんじゃない?」


 シンプルな疑問を、口に出す。



「――そ、それは、もちろん、そうなんですけど……」


 数秒間の沈黙が流れて、目を伏せた柳さんが言葉をこぼして――


「……でも、私のために怒ってくれた葵くんを置いて、私だけ戻るのは……、やっぱり、違うと思うので……」


 ほつれた糸を結ぶように、再び彼女は僕を見る。

 街灯の光に、都会の景色に溶け込む彼女の表情は、コンクリートの地面に咲く野花のように、凛としていた。



 ――ぶぉぉぉぉぉん……



 無機質な車のエンジン音が耳を過ぎ去り、道行く人々の喧騒がガヤガヤと遠慮がちに響く。

 僕は、僕の人生の中で、あまり従うことのない『行動原理』。

 ――『人の好意を素直に受け取る』という選択肢を以て、彼女に返答することにした。



「……じゃあ、お言葉に、甘えようかな――」

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