第12話 クリスマス ③

 店員さんからの提案に私は驚いた。

 なんで知り合ったばかりの私なんかと? という疑念が湧く。 


「七海さん、どうして小宮さんと話を?」

「興味があるから。ね? ほんの五分程度で良いから!」


 おねがーい、と猫なで声を出す店員さん。

 

「小宮さんと一体何を話すんですか?」

「それは小宮ちゃんと二人だけの秘密。悪いけど、宗ちゃんには外で待っててもらう事になるけど良いわよね?」

「僕は良いですけど……小宮さん次第です」


 どうする? と柳君が聞いてくる。

 ちらり、と店員さんを見る。店員さんは屈託のない笑みを浮かべて私を見ている。

 悪い人ではないのは間違いない。ただ、ちょっと一人で話すのは不安だった。

 でも、料理代金を無料にしてもらえるのなら、柳君にとっても良いこと。多少の会話なら、全然大丈夫。


「うん、私は良いよ」

「流石小宮ちゃん、話がわかるわね!」

「分かりました。では、外で待ってます。ただし……七海さん変な事言わないでくださいよ?」

「分かってるわよ、了解」

「くれぐれも小宮さんに失礼のないようにお願いしますね」

「はいはい。宗ちゃん、過保護にも程があるわよ。」


 ふぅ、と小さく息を吐く柳君。


「小宮さん、何かあったらすぐに連絡してくださいね」

「うん……分かった」

 

 一度釘を刺すように店員さんの方を見て、柳君は外に出た。

 

「じゃあ、立ち話もあれだから、テーブルの方で話しましょう」


 店員さんに勧められて先程までいた場所に戻り、同じように面と向かい合う。

 

「あの、話と言うのは?」

「ああ、簡単、簡単。小宮さんは、宗ちゃんの事好きなの?」


 世間話でもするかのように、さらっと店員さんは口にする。

 ストレートな物言い。かぁ、と血が一気に体中を駆け巡る。


「な、なんでそんな事を聞くんですか?」

「あの子、貴女に対して特別な感情を抱いているみたいだから」

「え?」

 

 店員さんの発言が信じられなかった。何を思ってそう感じているのだろうか。

 

「どうしてそう思うんですか?」

「あの子がこの店を他の子に紹介するなんてあり得ない事だからね。だから、予約受けた時は本当にびっくりしたんだから」

「そんなに珍しい事なんですか?」

「ご両親以外では、今まで一度も無いわ」

 

 そこまで、私の事を思ってくれている?

 

 「でも、えっと……店員さん」

 「藤崎で良いわよ。名前「藤崎(ふじさき)七海(ななみ)」って言うから」

 「あ、はい。藤崎さん、本当に彼は私の事をそこまで思ってくれているんでしょうか?」

 「どうしてそう思うの?」

 「彼からハッキリとした言葉を聞いてないんです」

 

 それを聞いた藤崎さんは神妙な面持ち。考えごとをしているようにも見える。


 「宗ちゃんから何か聞いてる?」

 「何か、というと?」

 「何も聞いてないなら良いわ」


 ああ、なるほど、そういう事か。ぶつぶつ、ボヤキにも似た呟きが聞こえる。

 

「それについては、私から首を突っ込むわけにはいかないわね。そうなると、やっぱり小宮ちゃんの純粋な気持ちをお姉さんは聞いておきたいなぁ」

「純粋な気持ち……」

「あ、ちなみに宗ちゃんには絶対言わないわ。約束する。貴女の気持ちがどうあれ、食事代は無料。だから、本心を教えてくれない?」


 にこっ、と小さく微笑む藤崎さん。ただ、その瞳にはどこか真剣な眼差しが宿っている。

 きっとこの人は遊び半分とか、そういう冗談などで聞いているわけじゃない。

 それぐらい、私にも分かる。

 だから、私も答える事にした。


 「好きです。純粋に、彼の事を愛しています」


 不思議と、吐き出した言葉には迷いや動揺はなく、驚くほど整然としていた。

 藤崎さんは、少し目を細めた。


 「小宮ちゃん、本当に中学生? そこまでハッキリ言える?」

 

 指摘されて今更羞恥心がこみあげてきた。

 

 「でも、ありがとう。おかげで私もクリスマスプレゼントもらえたわ」

 「え? プレゼント?」

 「ああ、こっちの話だから気にしないで。それより、待たせてるあの子に悪いからこれでお開きにしましょう」


 藤崎さんは満足したのだろうか? その表情から伺い知る事は出来ない。

 席を藤崎さんが立ち、私も続いて席を立つ。おもむろに藤崎さんが私の方に近づいてくると、藤崎さんは私の背中に手を回し、気づけば藤崎さんの胸の中に居た。


 「藤崎……さん?」


 ぎゅっと、少し痛くもあるけれど、それ以上に何か優しいものを感じる。

 そして、何度か頭をぽん、ぽんと撫でられる。

 それが終わると、藤崎さんは私を束縛から解放してくれた。


 「ごめんね。あんまり小宮ちゃんが可愛いからお姉さん、我慢できなかった」

 「藤崎さん、大丈夫ですか?」


  何故かその言葉が出た。

  表情がどことなく暗い影を落としていたから。

  大丈夫、と私の言葉を一笑して、表情に明るさが戻る。

  私と藤崎さんは店の入り口前で来ると、再度向き合う。


 「藤崎さん、今日はご馳走さまでした。とてもおいしかったです」

 「また良かったら来て頂戴。小宮ちゃんなら何時でも歓迎するわよ」

 「はい。また来ます」


  そして入口の扉に手をかけ、彼の待つ外へと出ようとした時。

 

 「ああ、ちょっと待って小宮ちゃん!」


 慌てた様子で藤崎さんが呼び止めてくる。

 何やら藤崎さんはエプロンのポケットから何かを取り出してくる。

 小さな紐がついたふじ色の小袋と白い紙だった。

 白い紙には電話番号が記されていた。


「これは?」

「うちの携帯番号。何かあったら連絡してね。小宮さんだけに渡してるから、どんな事でも受け付けるわよ」

「あ、ありがとうございます……」


 もう一つの藤色の小袋を見ると『恋愛成就』という文字が刺繍されていた。

 

 「ええ! 藤崎さん、これ……!」

 「私からのクリスマスプレゼント。来たら渡そうと思ってたのよ」

 「あ、ありがとうございます……」


 嬉しいけど、こんなの彼に見られたら何を言われるか。

 それを受け取り、コートのポケットに忍ばせる。


 「小宮ちゃん、最後にお姉さんから助言を授けてあげる」

 「助言、ですか?」

 「そう。ただ、これはあくまで助言だからね。どうするかは小宮ちゃんの気持ち次第」


 何なら気にしなくてもいい、と、藤崎さんは念入りに言う。

 

 「後悔するにしても、しないにしても、早い方が良いわよ」

 「それは……どういう意味ですか?」

 「まぁ、助言だから深い意味はないわ。さ、外であの子が待ってるわよ」


 くるり、と私を反転させて、トン、と軽く背中を押す藤崎さん。

 ちょっと前のめりに外に出てバランスを崩しそうになった時、誰かが私の体を支えてくれる。

 

 「大丈夫? 小宮さん」

 「あ、ありがとう……」

 

 両手でしっかりと私を柳君が支えてくれる。

 体制を立て直し、しっかりと地面に足をつける。

 

 「話はもう良いの?」

 「うん」

 「七海さんと何を話してたの?」

 「それは……秘密かな」


 柳君の事が好きかどうか、の話なんて本人に話せるわけないし。

 彼は気になる様子であるが、それ以上の追及は無かった。

 

 「それじゃあ、帰ろうか小宮さん」


 一緒に並んで帰ろうとした時。

 ちらり、と視界の隅に何かかが映る。

 気になって足を止めると、それは綿毛のように白く、ふわりと虚空を漂い、足元に落ちる。

 空に視線を移すと、次々と舞い降りてくる。

 

 「雪……」


 降り注ぐそれは、私の体に触れると、一瞬にして形を失う。

 降雪の量は少なく、積もる事はなさそう。

 ただ、ホワイトクリスマスを演出するには申し分ないもの。

 

 「今日はありがとう、小宮さん。付き合ってもらって」

 「ううん、感謝するのは私の方。素敵なクリスマスだった」

 「そう言ってもらえて嬉しいよ」

 「あ、そういえば」


 忘れていた。彼へのプレゼントはもう一つあったんだ。

 あの時は、急いで渡すのでマフラーの方しか渡せてなかった。

 バッグからラッピングされたもう一つのプレゼントを彼に手渡す。


 「これ、実は柳君にプレゼントがもう一つあって、さっき渡しそびれちゃった」

 「僕に二つも?」

 「その、大した奴じゃないから」

 「開けても大丈夫?」

 「良いよ。ただ、期待はしないでね」


 なんだろ? と期待に胸を膨らませた彼の言葉。

 綺麗にその包みを開けて、中の物が姿を現す。

 彼に贈ったプレゼントは『手帳』だ。

 以前、彼が図書室で手帳を使っていたことを覚えていて、かなり使い込まれていたから新しいものをプレゼントしようと思い立った。

 

 

 「ほら、前に手帳柳君が使っていたこと思い出して、良かったら……柳君?」


 新しい手帳を目にしてから、茫然と彼はそれを眺めていた。

 思ってもみなかった反応に、憂慮する。

 もしかして、気に障ったのだろうか? あの手帳でないとダメだったとか?

 色々な考えが脳内を巡るが、全て憶測にしか過ぎない。

 彼の次の反応を待つ。

 

 「あの、柳君。もし、気に入らない物だったら遠慮なく捨てても……」


 意見を進言した時、彼は私に抱き着いてきた。

 唐突で、彼の大胆な行動に、完全に私の思考は止まってしまう。

 何で、急に? 

 それだけが頭を埋め尽くす。

 ずっと抱きしめたまま一言も話さない彼。ふと、彼が震えていた。

 

 「あの、柳君?」


 スッと、手の力を彼は緩める。先ほどまで密着していたので、彼の顔が目と鼻の先にあった。

 少し顔を近づけるだけで、肌が触れてしまいそうなほどの距離。

 一瞬、彼と見つめ合う。

 私は、目をつむった。

 色々考えた。怖いのと同じぐらい、胸がドキドキしていた。

 それから数秒ぐらいだと思う。ただ、私には五分、十分の時間にも感じられた。

 暗い世界で待っていると、彼の手が肩に触れたのを感じてびくりと震わせる。

 

 「小宮さん……帰ろう」

 「え?」


 声に目を開けると、既に彼は私の肩から手を放して歩き出していた。

 肩すかしだった。

 どうも、私の独りよがりだったみたい。

 思い返せば恥ずかしい。何故、あんな事をしてしまったのか。

 彼は不快な思いをしたのかもしれない。


 そんな考えが大半を占める中、僅かに私の中で疑問があった。

 ――何故、してくれなかったのか。

 やっぱり自分には魅力がないんだろうか? ただ、彼がどこか避けている感じがしてしまう。

 卑しい考え。

 彼との仲を進展させるのはきっと時間が必要なのだろう。

 だからゆっくりと時間をかけて――――。



 ”――後悔するにしても、しないにしても、早い方が良いわよ”


 

 前に進もうとした足が、止まる。

 

 

 「小宮さん?」


 立ち止まった私を見て小首を傾げる柳君。

 忍ばせているお守りを握りしめる。

 時間を掛ければ、彼との仲が良くなるなんて保証はどこにもない。

 これから行う事は勇気か無謀か。

 彼と私は叩けば壊れるような関係ではないと、信じたい。


「柳君。聞かせてください」

「何を?」

「私の事、どう思っていますか?」


 誰も通っていない静かな小路では、私の声がとても明確に聞こえた。

 彼の耳に私の言葉が聞こえていないとは思えない。

 私の顔を見つめたまま、彼は何も答えない。

 互いに、魔法でもかかったように、見つめたままだった。


 

 

 

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