第11話 クリスマス ②

 大きな通りと交わる小路へと彼は進んでいく。

 小路に入ると、通りの活気はまるで幻想のように消え、静寂だけが残る。

 別の世界に迷い込んだような感覚に、少し不安が募る。

 ただ、その不安は直ぐに消えた。

 小路を歩き出して直ぐ、彼は足を止める。

 目の前には一軒の小さなお店があった。

 緑色を基調とした、外国にありそうなお洒落な外観に、玄関先はガーデニングされた色とりどりの小さな花が私たちを出迎えてくれる。

 店頭にメニューボードが置いてあり、そこには「本日のメニュー」と綺麗な字で手書きされていた。

 そのボードに目を通すと、気になる一文があった。



 「予約しないと入店できません……?」

 「ここは完全予約制のお店なんだよ」



 思わず口に出ていた言葉を、彼が汲み取ってくれる。

 そんなお店に来た事が無いので、私はへー、と感嘆の声を挙げる。



 「ちょっと店長さんが変わった人だけどね」



 そう、一言彼が付け加えた。

 店の扉の把手に彼が手をかけ、中に入っていく。それに私も続いた。

 ガラン、と鈴の音が店内に響く。

 店内は外とは打って変わって暖かい。それは温度的なものもあるが、店内が暖色系の明かりを多用している為、一層それを感じる。店の壁には絵画が掛けてあったり、ワインのボトルなどが棚に整列されている。

 店内は外観から感じていたけれど、狭い。入って直ぐ横にテーブル席が一つあり、奥には厨房らしき場所が見える。

 そのテーブル席で、黒いエプロンを着用した長い黒髪の女性が食器などの配置をしていた。



 「こんばんは、七海(ななみ)さん」



 彼が店員に向かって言うと、エプロン姿の女性は、おー! と驚きの声。

 


 「宗ちゃん、まってたよ」



 快活な笑顔を見せる七海と呼ばれた女性店員さん。

 綺麗な顔立ち、意思が強そうな目。服の袖をまくり上げ、細い腕が露わになっていた。

 店員さんはこちらに寄ってくると、柳君の背中を通して肩に腕を回してじゃれ合う。

 そのあまりにフレンドリーな対応に私はどうすればいいか分からず、傍観する。

 ふと、その店員さんと目があってしまった。

 すると、店員さんの目が新しい玩具を見つけた子供のように活き活きする。

 柳君から私に目標を変え、あらあら、と私を観察する。



 「こちらの可愛い女性は?」

 「あ、えっと……私は……その」



 緊張から、言葉がしどろもどろになる。頭が真っ白で言葉に詰まっていると。



 「その人は小宮さん。電話で伝えた一緒に食事をする相手の人」



 助け舟を柳君が出してくれる。

 小宮です、と私は告げて深々と一礼をする。店員さんは何故か悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 


 「あー、確かに言われてたわね。ごめん、ごめん。一か月前からの予約でちょっと頭から抜けてたわ。いやー、まさかこんな可愛い子と一緒にうちで食事するなんて……」

 「な、七海さん! 何言ってるんですか!」



 明らかに焦る彼を見て、面白そうにニタニタと笑う店員さん。

 彼は私の視線に気づくと、気まずそうに顔を赤らめて視線を逸らす。

 純粋に嬉しかった。

 私なんかよりも、彼はこの日をきちんと考えていてくれたことに。



 「だ、大体! 七海さんのお店は一ヵ月前から予約しないと取れないでしょ!」

 「そうだったわね。別にそんなムキにならなくてもいいのに」



 ねぇ? と私に意見を求める店員さん。

 突然話を振られて、私は恥ずかしくなって俯くしかなかった。



 「まぁ、話はこれくらいにしときましょう。それじゃあ料理用意するから、座ってて。上着は椅子に掛けるか、壁にかけてあるハンガーを利用してちょうだい」



 パン、と一度店員さんは柏手かしわでを打って仕切り直す。

 店員さんは店の奥へと去っていき、私と柳君は言われた通り上着をハンガーにかける。

 柳君がコートを脱ぐと、下から黒色のニットが現れる。

 テーブルの上にナイフとフォークが向き合う形で置かれており、それに従って私と柳君も向かい合って座る。

 店の客は私と柳君以外いない。テーブルも一つしかない事から、もしかして。



 「柳君、ここってひょっとして……お客さんの制限とかあるの?」

 「そうだよ。見て分かる通り、ここは七海さん一人で切り盛りしてるから、あまりお客さんが多いと捌けないからね」

 「じゃあ、私たち以外にこれから新しいお客さんが入ってくる事は?」

 「無いよ。小宮さんは賑やかなクリスマスの方がよかった?」

 「ううん、そんな事無いよ。あんまり多いと気が気じゃないから」



 それを聞いて、少しホッとする。

 あまりこういうお店で食事をしたことが無いので、作法とかそういうのがあれば分からず、自分だけでなく、彼にも恥をかかせる心配をしていたから。



 「そうだ。七海さんの料理ができるまでに……」



 彼はそう言ってショルダーバックの中から箱を取り出す。

 長方形の箱で、クリスマスカラーの赤と緑のラッピング。それをテーブルの上に置いて、私に渡してくれる。

 


 「これは……?」

 「クリスマスプレゼント。喜んでもらえるか分からないけど」

 「あ、あの! 私も、プレゼントあるの!」



 手提げ鞄の中から、昨日購入しておいたプレゼントを柳君に手渡す。

 彼は物珍しげな表情でそれを見ていた。

 


 「小宮さん、良かったらお互いのプレゼント、一緒に開けてみない?」

 「え? あ、うん、いいよ」



 少し躊躇した。

 彼のプレゼントがもし、高価なものだったら私が送ったプレゼントにガッカリさせてしまうかもしれないからだ。

 ただ、ここで断るのもおかしな話になってしまう。

 せーの、で私と柳君は貰ったプレゼントを開封する。中から出てきたのは……。



 「え?」



 その声はお互いの口から出たものだった。

 何故なら、彼からもらったプレゼントの中身はマフラー。それは奇しくも、私が送ったプレゼントと同じだからだ。

 色やメーカーなどの違いはあれど、同じ中身のプレゼントに驚く。

 こういう時、どういう反応をしたらいいのか分からず硬直する。

 すると、彼は不思議な事に笑い出す。

 


 「お互い、気が合うね」



 それを聞いて、私もつられて笑ってしまう。

 交換したプレゼントを鞄にしまうと、タイミングよく店員さんが、料理をトレイに乗せて運んできた。



 「さっき、なんか楽しそうに笑い声がしたけど、どうしたの?」

 


 料理を置きながら、私と彼の顔を交互に見比べる店員さん。



 「七海さんには内緒です。今日は店員さんなんですから」

 「いいじゃない、別に。宗ちゃんと私の仲なんだから」

 「ダメです」



 仲睦まじく話す二人。

 そういえば、店員さんはさっきも柳君と親し気だったけど、どういう関係なんだろ?



 「まぁ仕方ないか。それじゃあ、どうぞ召し上がれ」

 


 目の前にある皿には、趣向を凝らした野菜の盛り合わせが乗っていた。

 外の看板でチラッと見たけど、料理はコース仕立てのようで、これは前菜なのだろう。

 置いてあるナイフとフォークを手にして、しばし料理と睨めっこ。

 その不可思議な私を見た店員さんは、直ぐに察してくれたのか。



 「大丈夫よ。うちはそんな作法とかそういうの気にしない店だから。フォークだけで食べてもいいし、何だったら手掴みでもいいわよ」



 親指を立てて、スマイルを見せてくれる店員さん。

 私が慣れてないのが一瞬で露呈してしまったけど、店員さんからそう言ってもらえると、気が楽になった。

 


 「それじゃあ、私はまた奥に戻るけど、何かあったら呼んで頂戴」



 じゃあね、と手をひらひらさせて店員さんは帰っていく。

 あまりに陽気で、打ち解けやすそうな明るい性格の店員さん。

 


 「店員さん、良い人だね柳君」

 「そうだね。さばさばしてて少しいい加減な所もあるけど、気さくでいい人だよ」

 「そういえば、宗ちゃんって……」

 「あれは子供の頃から言われてて、ね。七海さんとうちの両親が仲良くて、それで小さい頃から僕も七海さんには色々お世話になってるんだ」

 「お世話に?」

 「お祝いの時とか、何かあるときはこのお店を利用してるんだ」



 学校では普段聞けない事が聞けて得した気分。

 彼の知らない意外な一面を垣間見た気がした。


 ――それから私たちは、運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、話で盛り上がる。



 「柳君は冬休みはどうするの?」

 「今の所家族旅行の予定があるかな。小宮さんは?」

 「私は何もないかな。お正月に初詣行くぐらい」

 「良かったら、一緒に行こうよ。初詣」

 「……うん!」

 

 終始、いい雰囲気での会話と食事を堪能していると。



 「お待ちどう。本日のメインディッシュはこちらです」



 店員さんの上機嫌な声と共に置かれた皿は大きな皿の中央に、こじんまりとした牛肉のステーキ。ソースや彩の野菜が上品さを謳っているが、海に浮かぶ孤島のような印象だった。

 運ばれてきた料理を見て、柳君が意外そうな顔をしていた。



 「え? これって、七海さん?」

 「今日はサービスだよ。宗ちゃん」

 「嬉しいです。ありがとう、七海さん」



 どうやら、聞いてる感じだと、柳君の好物のようだ。

 見た目、正直に言うと明らかに物足りないお肉のステーキという印象。

 おそるおそる、ナイフを肉に刺すと、驚くほど柔らかい。ナイフの重さでスッと肉が切れる。

 口に入れると、上品な甘さと肉の旨味が広がり、その柔らかさは口内で肉が勝手にほどけるように感じる。



「美味しい!」



 絶品。それ以外の表現はこの料理に対して似つかわしくない程の料理だった。

 店員さんはその言葉にふふん、と鼻を鳴らす。



 「でしょ? この料理は子供の時から宗ちゃんが好きな料理だからね」

 「そうなんですか?」

 「子供の頃は――」



 途端に、柳君が咳払いを一度した。店員さんは言いかけた言葉を飲み込んで、黙ってしまう。

 少し、残念ではあるけど、きっと恥ずかしい事なのかもしれない。


 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 料理のコースも終わり、私も柳君も満足していた。

 


 「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」 



 柳君が切り出す。それに対して私も相槌を打つ。

 入口前にある会計レジに立つ柳君。ベルを鳴らすと、はいはい、というやる気のない声と

 共に店員さんがやってくる。



 「七海さん、お会計おねがいします」

 「あ、柳君、私出すよ?」

 「ううん、ここに誘ったのは僕だし、僕に払わせてよ」

 「いや、でも……」

 「ちょっと、ちょっと。イチャイチャしているお二人には悪いんだけど」

 


 ばつが悪そうに私と柳君の会話に割り込んでくる店員さん。

 


 「今日の食事代、無料で良いよ」

 


 え? と私と柳君が驚きの声。

 


 「七海さん、それは流石に悪いですよ」

 「良いわよ、今日だけは。但し……」



 店員さんの人差し指が、私に向けて突き出される。

 


 「ちょっと小宮さんとお話させてもらえたら、の話だけどね」



 

 



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