第5話 椿の花

「ねぇ、椿の花って知ってる?」



一つの本を手に持って私に声をかけてきたのは柳君。

それは植物、花の図鑑であり、どういう経緯でその本を見たのかは知らないけど

彼の開いているページには椿の花が載っていた。



「知ってますけど、何ですか?」

「椿って、小宮さんの名前も椿だったよね? これって、椿の花からきたのかな?」

「まぁ、そうかもしれませんね」

「綺麗だよね、椿の花って」

「もしかして、知らなかったんですか椿の花」

「あんまり花に興味が無かったから」

「そうですか。ちなみに、私は椿の花が嫌いです」



椿の花。


ツバキ科の花で、主に冬に咲く花。色は赤、白、ピンクとある。

咲いた時の見映えはとても華やかで美しい。

同じ椿の名前を持っていても私とは全然違う。



「小宮さんはどうして嫌いなの?」

「色々ありますが、やっぱり最後が嫌だからですね」

「最後?」

「他の花は咲いた後少しずつ枯れてから萎れるのが一般的ですが、椿の花はそれと違います。花の根元から突然ポトリと落ちてその命を終えます」

「突然? 前触れもなく?」

「ええ。一般的な解釈で、椿の花はそのポトリと落ちる様子から縁起の悪い花とされます。実際の所は縁起が悪いどころか、良い花ではあるのですが、そっちのイメージが強いです。だから、病院などでは間違っても椿の花を持って行ってはいけません」



彼は私の言う事にへぇー、と感心している様子だった。

それから椿の写真が載っている本をまじまじと眺めていた。



「僕は良いと思うな、椿の花」

「何故ですか?」

「綺麗なのもあるけど、やっぱり最後かな」

「最後って……首からポトリと落ちる?」



そう、と彼は言う。

人の好みにどうこう言う気はないけれど、あれを見て好きというのは中々いないのではないのだろうか?



「最後が何時終わるか分からない。鮮やかに咲き誇ったその姿を維持してその命を全うする。なんか潔く感じて、好意が湧く」

「命を全うするのは他の花も一緒では?」

「他の花は分かるじゃない? 萎れて、ああ、もうこの花の命は終わるなって」



彼はやたら椿にご満悦の様子。

何がそこまで気に入るのかよくわからないけど、彼の趣味嗜好の問題だ。

未だに椿の写真を見て思いふける彼を放って私は本を読む。

静まり返る図書室内。その静けさだけが漂う空間の中。



「――好きだよ、椿」



ポツリ、と呟いた彼の声が耳に届く。

慌てて本を閉じて、彼の方向を見る。けど、彼は本から目を離した様子はない。

何故そんなことを言ったのか、彼を問いただしたかった。

けど、そんな勇気は私には無く、勘違いと思い込むしかなかった。


その日の読書は、一向に進むことは無かった。




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