第4話  友達

 あの日以来、彼は本を読むようになった。

 ただ、それは毎日というわけではなく、寝ている事も多々ある。

 まぁ、彼らしいと言えば彼らしいので、そっとしている。

 不思議と、最近は寝顔を見るのも楽しんでいる自分がいた。

 今日も彼と一緒で図書室にいる。

 彼は起きて小説を読んでいた。


 沈黙。


 私の呼吸や、時計の針、本をめくる音が部屋を支配する。

 静かなこの時間が愛おしい、そう思っていた。なのに――何故だろう?

 この沈黙が、怖いと感じてしまっていた。


「あの……」


 たまりかねて、隣で本を読んでいた彼に話しかける。

 読書を邪魔した私の話しかけにたいして、嫌な顔一つせず彼は本を伏せてこちらを向いてくれる。

 何? と私の次の言葉を待つ彼。

 話題を考えず話しかけてしまった。

 取り繕う言葉を必死に探し、考えて咄嗟に出た言葉が。


「柳くんは、友達はいないんですか?」


 何て質問をしてしまったんだろう。

 愚かな自分を責めた。もしかしたら、どことなく自分を重ねてしまったのかもしれない。


「あ、いや! 別に興味があったとかそういうことじゃなくて!」

「小宮さんはどっちだと思う?」

「……私は、いる、と思ってます」


 図書室(ここ)では昼行燈(ひるあんどん)のような彼ではあるが、クラスでもそんな態度であるとは思えない。私が言うのもあれだけど、彼は容姿は悪くない。普通に接したとのであれば放っておく人間はいないだろう。

 人を惹きつける光がある。

 私も、もしかしたらその虫の一つなのかもしれない。


「一応、数は少ないけど友達と呼べる人はいるかな」

「そうですか……そうですよね」

「小宮さんは、どうなの?」


 逆に質問されてしまう。

 普通の会話で考えたら、この流れは至極当然だろう。

 もう少し、話題を考えるべきだったと後悔している。


「どう……思いますか?」

「僕はいると思ってる」

「根拠は、なんですか?」

「可愛いから」


 その世辞が今はつらい。

 今までそんな事を言った異性はおろか同姓にすらいない。

 聞くこともなければ、言われることもない。


「いません。一人も私には」


 明るい声で言った。

 それが辛いと思ったことはなかったし、今もそれでいいと思ってる。


「あれ? 一人も?」

「当たり前じゃないですか。友達がいるならこうしてこんなところにいますか?」

「いるよ、ここに」


 自分を指さす彼。


「柳君が特殊なだけです。なんでここにいるのか分からないですよ」

「違う、違う。そういう意味じゃなくて」

「? 何ですか?」

「友達。僕がいるじゃない。僕は小宮さんの事友達と思ってるよ」


 考えたこともなかった。


「……私と柳君は友達なんですかね?」

「僕は思ってるよ。小宮さんは思ってなかったの?」


 問いに対して小さく頷いた。

 友達を作れた試しなんてない。そもそも、友達はどうなったら友達なのか。

 その線引きが私には分からなかった。


「そっか、それじゃあ」


 柳君は体をこちらに向けて片手を胸に、片手を私に向けてくる。

 その姿勢はまるで、求愛する者のようにも見えた。


「小宮さん、僕と友達になってくれない?」

「えっ?」

「もちろん、小宮さんが良ければの話だけど」


 どう、返事をすれば良いか分からなかった。

 とりあえず、差し出された手の上に自分の手をそっと乗せる。


「はい……お願いします」


 恥ずかしかった。けど、喜ぶ彼の顔に私は救われた。








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