第9話 ジョーズ対新聞記者

「さて、これでいいデスね」


 ゼーニッツは凪義から受け取った物……ダイナマイトの導火線に点火し、連結部に置いてドアを閉め、そこから離れた。

 爆音とともに列車の連結部は破壊され、後方の車両が切り離される。凪義が彼に託したことはそれであった。

 

「……本当によかったデスか? 記者の方」

「ええ……これが私の仕事だから」


 当初、ゼーニッツは芳子を後方の車両へと行かせた上で連結を切り離そうとした。一般人を巻き込むわけにはいかないというのが一つ、これ以上サメと鮫滅隊のことを報道屋に握られたくないというのが二つ、それらの理由から、凪義がゼーニッツに彼女を後方へ送るよう指示したのであった。

 しかし、芳子は頑なに車両を動かなかった。性情的に他者に強く出られないゼーニッツは、彼女を自分のいる車両に残したまま連結部を爆破してしまったのだ。


 ゼーニッツと芳子は足早に先頭車両へと向かった。前者は仲間を助けるため、後者はスクープを得るためである。


 先頭車両では、凪義がサメと真帆の両者を相手に苦戦していた。真帆のハンマーを避けた凪義は、鞭のように振るわれたサメの触手に打ちすえられ、隊服の胸元を裂かれてしまった。

 息を止めていても、目や鼻の粘膜から催眠ガスは少しずつ吸収されている。その上、凪義はもう、呼吸を止めたまま戦っていられなかった。少しずつ肺が空気を取り込み始めるが、そうなれば当然、車内の催眠ガスも吸い込んでしまうことになる。凪義の瞼は、どんどん重みを増していっていた。

 

「さぁ、やっちゃえサメくん!」


 サメの触手が大きく広げられ、凪義の体を巻き取った。凪義は眠気への抵抗で精一杯で成す術がない。


「あんた好みの顔してるんだけどね……でもやっぱり許せないわ」

 

 凪義の美しい長髪と、性別という概念すら嘲笑うかのな美貌は、真帆にとって好むところであった。しかしやはり、彼女の中ではあくまで凪義は仇であり、許すまじき敵でしかない。

 サメの左側の口が大きく開く。触手に巻かれた凪義の体が、ずるずると引きずられて口へと運ばれる。


 ……しかし、サメの触手は、途中でぶっつりと断ち切られてしまった。


「あっ……」


 その時、真帆はまたしても邪魔が入ったことを知った。助けに来たゼーニッツが思い切りガスを吸い込んで眠ってしまっていたのだ。眠り状態の彼は強い。素早く踏み込み、一太刀で触手を切り取ってしまったのだ。


「ありがとう、ゼーニッツ」


 眠っているゼーニッツは、凪義の感謝に答えない。

 凪義は懐からナイフを取り出し、それを腕の甲側に突き立てた。流れ出す血と、骨身にしみる激痛。しかしその激痛こそが、深淵へと落ちかけた凪義の意識をすくい上げる唯一のものであった。

 

 これで、二対二。サメと真帆側に、数の優位はなくなった。


「お前たちを許さない」


 凪義は触手を無くしたサメに向かって踏み込んだ。サメはまたも水色のガスを吐くが、同じ芸当がそう何度も通用するはずがない。呼吸を止めた状態でガスの中を突っ切った凪義が、縦にチェーンソーを振るう。触手を失ったサメにはもう、回避も防御もできなかった。

 チェーンソーの刃が、ちょうど二つ頭の分かれ目に食い込む。回転する刃が肉を裂き、骨を断ち切り、鮮血を噴出させる。刃を食い込ませ続けること数秒、サメの目からは光が失われた。


「何で! 何であんた動けるのよ!」


 一方その頃、真帆は力任せにハンマーを振るってゼーニッツに襲い掛かっていた。しかし、ゼーニッツの聴覚は鋭い。足音を頼りに全て攻撃をかわし切ってしまった。

 一旦後方に飛びのいたゼーニッツが、腰の刀に手を添えて鯉口を切る。居合の構えだ。

 もう後がない……そう悟った真帆は、イチかバチか、ハンマーを放り投げた。


 さて同じ頃、鮫滅隊でもサメでも鮫人間でもない、この場で唯一のイレギュラーである芳子はどうしていたか。

 芳子はガスを吸い込まないように左手に持ったハンカチで口と鼻を覆いつつ、右手でカメラのシャッターを切り続けた。未知の怪生物と、武装した美貌の少年たちの戦い。これはスクープであり、危険を冒すに値するものだ。彼女のシャッターを切る手は止まらない。


 ……しかし、彼女は不運な女であった。好奇心は猫を殺すというが、まさにその訓戒の通り、彼女の方には、真帆が投擲し、ゼーニッツが体を傾けて避けたハンマーが、回転しながら飛来していた。

 ハンマーは、芳子の頭部を直撃した。顔面が大きくひしゃげ、細身な体がそのまま後ろに倒れる。真帆の最後の賭けは、目下最大の敵であるゼーニッツではなく、その後方でシャッターを切っていた新米記者の命を奪ったのであった。


 

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